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第24話
しおりを挟むこの家と庭が高い壁で囲われ、一つの巨大な宮殿として扱われているのだ。
奥にはまた別な大きな建物がある。
あれが世話係や城に使える給仕たちの寮なのだという。
それを教えられたところでヒオリに活かせる事などないのに、白髪の世話係が指を指して教えてくれた。
そうして、色々教わりながら中を見回す。
自分が住んでいたところなのに、こんな風になっている事さえ知らない。
仕方のない事だが、なんとも言えない気持ちになる。
「さあ、馬車の方へ」
「はい」
東の国『エイラン』までは箱型の馬車で向かう。
およそ二週間ほどの旅となる。
途中、いくつかの国や村や町を経由する。
数あるそれらも帝国の一部ではあるが、統治は元の国の王に任されている場合がほとんどだ。
王を統括する者——……。
そう考えると、やはり皇帝とは途方もない存在だ。
馬車の窓から外を見る。
白い石造りの壁がただ続く。
時折壁と壁の合間に木や花が植わった花壇はあるが、基本的にそのような光景ばかりだった。
そんなやや退屈な光景のあと、一際豪華な色彩にの壁が現れる。
皇宮だ。
皇帝の住まいであり、政治の中枢。
これまで走ってきた道を思い浮かべると、この派手な壁の裏手に人質宮があるようだった。
(こんなに近かったんだ……)
話には聞いていたが思ったよりも近い。
などと思っていると、馬車は一度停車し、なにやら御者が表の者と会話してから動き始める。
……合流のようだ。
「……皇都から出るのですね」
横に座る白髪の世話係が「そうです」と頷く。
皇帝の乗る馬車は中央。
先頭は食糧が積まれたに馬車。
ヒオリたちの乗る馬車の後ろは、武装した兵たちを乗せた馬車のようだ。
「皇帝陛下は拗ねておられそうですね」
「それはもう……」
「?」
くすくすと笑う赤毛の世話係。
それに頭を抱えた白髪の世話係。
白髪の世話係は最近頭を抱えてばかりだ。
ガラガラと延々馬車の車輪の音が鳴り、時折揺れる。
しかし、存外退屈などしないもので、ヒオリは外の風景に夢中になった。
皇都を出たあとは、大きな畑が延々と続いていたのだ。
時折風車や小屋、畑を管理する農家が煙を出しているのが見える。
それでもまだ、畑は続いた。
どこまで続くのか。
なにが植えられているのか。
興味は尽きず、ある箇所に葡萄畑が見えて心が弾む。
ヒオリの家にも葡萄畑があったのを思い出す。
(お父様もワインが好きだったな)
ワイン好きの父が、なんとか国境沿いに特産品を……と、作った葡萄畑。
試行錯誤して、ようやく形になり始めた時に前帝の侵攻が差し迫った。
父は前帝にワインを試飲してもらい、助言を求め、それを実践するので戦はしたくないと突っぱねたらしい。
前帝は一度飲んで、しかもこれをどうしたらより美味くする事が出来るか……その話をしてしまった手前、領地を燃やす事をやめてしまった。
それどころかヒオリの父に随分肩入れするようになり、故郷の小国は無傷で残された、と……半ばお伽話のように聞かされたものだ。
だが、前帝との関係はそうだとしてもスェラド様……現帝がヒオリの父に強い恩義を感じる理由まではやはり分からない。
どんなに剣や勉学を学んだのだと言われても、師なのだと聞かされても、理由が弱いものと感じるのだ。
(……陛下が僕を連れ出した理由と関係あるのだろうか?)
ヒオリが東の国を案じるから、東の国を救うところを見せると言う。
直接言われたわけではないが、白髪の世話係はそう言っていた。
なぜそこまで?
立ち戻る。
(他にも理由がある? 陛下はなぜ僕を……お父様は陛下になにをしたのだろう? 聞いてみたら答えてくれるだろうか?)
ただとても……普通では考えられないほどあからさまに——贔屓されている。
ここまで来るとさすがにヒオリにも理解出来るほどだ。
現帝がヒオリの父に受けたという恩が関係しているのか。
それほどの恩とはなんなのか。
(それがあるから、陛下は僕を……)
特別扱いするのだろう。
確信めいたもの。
だんだんと気分が落ち込んでくる。
その理由もあやふやだ。
なぜかとても悲しくなってきた。
「!」
がたん、と馬車が止まる。
周りは木や畑に囲まれた村のようだった。
赤毛の世話係が「今日はこちらで一泊でしょう」と教えてくれる。
白髪の世話係が先に降りて「ヒオリ様はテントを張るまで馬車の中でお待ちください」と言い去っていく。
テント……その中で休むのだろう。
日がな走り続けた馬たちは、兵たちに水や食事を与えられ、体を拭われたりしている。
それを見て、ヒオリもやってみたい、という好奇心に駆られた。
もちろんそれは茶髪の世話係に「ダメですよ」と即釘を刺されたが。
「残念ですね」
「はい、馬の世話を……やってみたかったです……」
心底残念に思いながら、赤毛の世話係に返事をする。
馬の世話は故郷にいた頃もやった事があるので、出来ない事はないはずだ。
久しぶりに動物と触れ合う機会だと思ったのだが……。
しかし、なにやらくすくす笑われてしまう。
「馬の話ではなく、夜の話です。せっかく陛下がお側にいるのに……ヒオリ様は呼んでもらえないんでしょう? 溜まっておられるのでは?」
「おい」
「? ……っ」
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