超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

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夢に咲く花

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「決まりっていうか……何と言うか……そもそもこの世界に魔王なんているのか?」


「そんな恐ろしいものはいないよ。勇者がいないのに魔王がいるはずがないじゃないか」


「じゃあ、何で魔王とか知ってんの?」


「もちろん夢で見たんだよ。現にほら、勇者は来たじゃないか」


(またこれだ。何度否定してもこいつらは、カダンは俺を勇者にしたいらしい。期待されても困る。だって俺は帰るんだから。この世界を救ったりしない)


「だから俺は勇者じゃないって」


 もう何度目かもわからないやり取りを交わす。これ以上は不毛だろう。孝宏は話題を変えた。


「それより、コレー地方ってどんな所か分かる?カダンは他の村に行ったことあんの?」


「他の?国境超えなきゃ行けないし、手続き面倒だから行ったことないよ」


「え!?違う国?コレ―地方なのに?え?は?……この国の一地方じゃねぇの?」


「この国の地方とは限らないね。確かにソコトラはアノ国に属する村だけど、襲われた村はそれぞれ国が違ってて……」


 カダンがハタと止まった。口を開いたまま数回瞬きをする。時間にしてほんの一秒かそこらだ。それからフッと息を吐き、続きを口にする。


「でも、あそこは昔からコレ―地方を呼ばれてる」


 島国で生まれ育った故か、国を跨いでも尚ひとくくりにされる感覚が分からない。これがもしも、地名や山川などの名称であったなら孝宏にも理解できただろうが、生憎”地方”と付く以上ただの名称であるというところには気付かなかった。


「何で?もしかして同盟国?連邦制?」


「それも違う。数十年前は、アノ国はカノ国はコノ国と戦争してたし。俺も詳しくは覚えていないけど、よくカイおじさんに話を聞いてて……」


 カダンはそれっきり黙り込んでしまった。ぼんやりと水面に視線を落とす。

 孝宏はまた町を眺めるようにしてカダンから視線を逸らすと、こっそりため息を吐いた。
 
 三つの村は国が違っており、しかも数十年前までは戦争をしていた関係。今も良好な関係とは言い難いのだろう。
 ならばその三国をいっぺんに攻撃してきた敵とはいったいどういう立場なのか。世界征服か、乗っ取りだろうか。

 それとも全く別の、重要な何かがあるのだろうか。


(いっその事、ここが俺がしたことのあるゲームの世界だったらなぁ。ずるくても何でもチートで速攻解決なのに。そしたらすくに帰れるはずなのに)


 解らないというのは実に恐ろしい。孝宏は最近その事を身に染みて感じている。


(せめて、いっそこの状況を楽しめるくらいの精神鋼になりたい)


 カダンが今度こそ風呂から上がろうと立ち上がった。ぼんやりとしていた孝宏も慌てて声をかける。一つ最も重要な事を言い忘れていたのを思い出したのだ。


「待ってあと一つ!町で助けてくれてありがと!」


 思ったよりも大きくなってしまった孝宏の声が風呂場に反響する。


「お礼なんて良いよ。大刀は投げたけどその後は特に何かできたわけでもないし。マリーたちが来てくれなかったらどうなっていたか……」


「そんなことない」


 カダンは言葉を濁したが、孝宏にも解っていた。あそこでカダンが大刀を投げていなければ、孝宏の死は早まっていただろうことも、きちんと理解していた。


「おかげで寿命が延びた。それだけじゃなくて、カダンの呼びかけがなかったら、俺はきっとあそこで竦んだままだった」


「呼びかけ?何のこと?」


 孝宏はカダンがとぼけているのだと思った。カダンはこのような謙遜をするのかと、孝宏は意外に思ったが、カダンの訝し気な様子に胸がざわついた。


「俺がビルの上から落ちた後。頭に直接話しかけている的なやつ。ほら、山賊に拘束されてる時にも呼び掛けてくれただろ?おかげで拘束を破れたし。ずっと礼を言わなきゃって思ってたんだ」


「勘違いじゃないの?本当に何のことかわからない」


 カダンは首を傾げ一瞬記憶を探る仕草も見せるも、それも一瞬だけ。すぐに首を横に振った。


「え……でも確かに火の蝶が出た時声を聴いたんだけど。山賊の時にも聞いた声。え?カダンじゃない?」


 戸惑う孝宏を他所に、数秒の沈黙の後カダンはこともなさげに言った。


「少なくとも俺じゃない。案外自分の声なんじゃない?それか……つきまといがいるのかも」 


 カダンは最後にニヤリと笑うと、戸惑いの中に怯えを滲ませる孝宏を残しさっさと出ていってしまった。


「つきまとい?…………ああ、ストーカーってことか」


 孝宏が思い当たる言葉をポツリと呟く。命を助けくれるストーカーを歓迎できるだろうか、などと呑気なことを考えながら、頭の先までお湯に浸かる。


 孝宏は一人になってからもしばらく考えていた。体を洗うのも忘れてぼんやりと。

 カダンたちが強いのはやはり自主練でもしていたからなのかもしれない。そうでなければ村を出てからの四年あまり、ブランクがあるのにも関わらず戦闘に長けている説明がつかない。訓練内容は一切変えずに、ずっと。

 ただ考えている内に問題はそこにないと気が付いた。

 なぜそうまでして戦う必要があったのか。

 特にカダンの夢の話が本当になるとは思いもしなかったカウルとルイが、魔王がいるわけでもなく戦争をしているわけでもない世界で、何故。

 ルイは魔術師の夢へ向けて時間と労力の殆どを費やしていたし、カウルは牛飼いとしてどうすべきか真剣に悩んでいた。

 そこに兵士への憧れは見えない。本人たちに尋ねれば答えてくれるかもしれないが、孝宏に聞く勇気はない。


「わからないといえば、さっきのカダンは……何かイメージと違ったなぁ」


 地球の事となるとカダンが子供の様に振舞う場面は多々あった。仮に魔王がいたとして、それは双子の両親の仇であるが、目を輝かせるのはどうしても納得がいかない。


(カダンはもっとルイとカウルを大切していると思ってた)


 孝宏にとって命の恩人である彼らを信じたい気持ちは変わらない。だが自身の中で違和感が大きくなっていくのも止められそうにない。

 孝宏はもう一度、頭の先までお湯に身を沈めて水面を見上げた。

 天井の明かりが水中からだといくらか和らぎ優しく感じる。同時に、世界から隔絶された気分になり、嫌に遠く感じ、少しだけ寂しさを覚えた。

 一人とはきっとこんな感じだろう。

 孝宏が息を止めてられるのはせいぜい十数秒だ。孝宏は水面に顔を出し息を荒げながら、凪を知らない川のうねりを眺めた。対岸の町は夜を知らないかのように、煌々と輝いている。


「随分と遠くまで来たもんだ……」


 たとえ彼らを信じられなくても頼るしかないのだ。


 それから孝宏がどうしたかというと、風呂に入った事を激しく後悔した。なまじ真面目な性格が災いしたとしか言いうようない。

 孝宏は十分に湯に浸かってから上がったのだが、風呂のスイッチを切ろうにもそれらしき場所が見つからないし、だからと言って自動で止まるでもない。

 誰か起こして聞いてみようかとも思ったが、疲れてぐっすり眠っているだろうにそれは申し訳なかった。

 そうこう迷っている内に窓の外が明るくなり始めた。

 星の光が弱く、日の光が強くなり朝を迎えようとしている。

 孝宏はそれほどの時間を悩んでいたのだろうか。

 否、そうではない。
 孝宏が目を覚ました時には深夜を通り過ぎ朝へ向かっており、それに加え孝宏自身が考えている以上に、僅かだが長湯だっただけの話だ。

 実際には、孝宏は十二分に休んだし目が覚めたのもそれ故だ。

 それでも孝宏は酷く損をした気分になった。
 不思議なもので、朝を迎える空を見たとたん、まるで一晩中起きていたかのような疲労が彼を襲ったのだ。

 そしてどうしたかと言うと、気分を落ち着かせるためにもう一度風呂場に向かったのである。

 朝起き出してきた皆に呆れを通り越して感心されたのは言うまでもない。



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