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夢に咲く花

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 それから、孝宏はいろいろ考えている内に、いつのまにか眠ってしまっていた。

 目を覚ました時にはまた夜になっており、ベッドにはルイ、カウルが寝ている。マリーは別室が用意されいるのできっとそちらで寝ているだろう。


 (カダンがいない)


 探しに行くべきか、いや、トイレにでも行っているのかもしれない。

 孝宏は、一度はそのまま寝なおそうとした。
 しかし一度目が覚めてしまったのと、汗で肌がべた付き不快感でとても眠れそうになかった。

 そこでマリーが、部屋についている浴室がすごいと言っていたのを思い出し、孝宏は真夜中だが汗を流す事にした。

 着替えを持って浴室へと続く扉を開く。当然だが静かで、蝶番が擦れる音が嫌に大きく響く。孝宏はゆっくりとドアノブを回したまま扉を閉めた。

 脱衣所の電気は消えている。しかし風呂場と隔てるすりガラスにわずかな明かりが漏れ、闇に慣れた目で周囲が判断できる程度には明るい。その為、孝宏も電気を付けようとしなかった。


(カダンか?)


 孝宏は耳を澄ましたが、水の音一つしない。静寂を壊すのははばかれて、孝宏は静かに慎重に服を脱ぎ備え付けの籠へ入れた。着替えは床の上にタオルと共に無造作に放り投げる。

 取っ手を探すのが面倒で掌で押すようにして強引にすりガラスの引き戸を開くと、想像以上の世界が文字通り広がっていた。


「……っそだろ……」


 浴室は部屋ではなかった。

 地面があり壁がない。頭上は雲一つない星空が、足元は白濁とした大河が流れ、対岸に広がる町並みが望めるのは川がぼんやりと光っているからだ。


「明かりの正体はこれか……」


「人が入ってる時に、突然入ってくるのも地球では普通か?」 


「ぅわっ!?」


 孝宏は文字通り跳ね上がり心臓を抑えた。

 どこから声がしたのかときょきょろ辺りを見渡していると、抑えた笑い声が聞こえてくる。

 良く目を凝らしてみると、川の中の大きな岩にカダンがもたれ掛かっていた。


「驚かすなよ。心臓が飛び出るかと思った……」


「驚かすなんてまさか。先に入っていたのは俺なんだから、文句を言うのは筋違いじゃないか?」


「うっ……確かにそうだ。ゴメン」


「もう出るところだからいいよ」


 そう言いながらも目を閉じて岩にもたれかかるカダン。気持ち良さそうだ。


「なあ、これどうやって風呂入るの?水浴びする以外思いつかない」


「それであってるよ。この入浴剤は頭から足先まで綺麗に汚れを落としてくれし、水で洗い流す必要もない。お湯は常に循環して、綺麗してるから汚れも気にしなくていい」


「入浴剤?この川がか!?」


 カダンはまた笑った。

 この国では割と一般的な風呂の楽しみ方なのだが、カダンたちの家はとても古くそういった設備はなかった。
 ルイが少しずつ改装していったのだが、必要のない物は設置しなかったことあり、孝宏が驚くのも当然なのだが、カダンは予想通りの反応が楽しかったのだ。


「川も幻覚。少しずつ深くなっていて、この岩の辺りが壁になっているから流される心配もないよ」


 初めて見た子供は大体同じ反応をする。カダンには孝宏が何を考えているのか想像に容易かった。


(笑われた……くそっはずい)


 孝宏はそろりと足を進めた。
 川底の感触は固く平らで、滑らないようざらざらしているが砂利や苔の感触は一切ない。カダンの言うとおり壁もある。孝宏は壁を伝い奥まで進んだ。見た目は立派な川なのに、ここは確かに風呂場だ。


「な、なあ、上がる前に一つ聞いても良いか?」


 風呂からあがろうと立ち上がったカダンを、孝宏が呼び止める。カダンは面倒そうにため息を吐き、また同じ場所に座り直した。


「別に良いよ。何?」


(出切るだけ自然に、不自然にならないような尋ね方で……)


「カダンたちって強いよな。どうやったらあんなに強くなれるんだ?」


「どうして急に……」


(失敗した……くそ……)


「だって皆あの蜘蛛相手にあんなに立ち回れるから……俺も憧れるというか……そいう感じ」


 それは決して嘘ではない。カダンが小さく息を吐いた。


「子供の頃からそういうことばかりしてると自然に身につくんだよ。ルイとカウルの父親が元兵士で……」


 カダンは目を閉じて天を仰いだ。


「……憧れたんだ。それでよく訓練をつけてもらって、あの二人とかは将来兵士になるんだって言って……」


「カダンも?」


 カダンは泣きそう顔で笑った。


「あぁ。そうだよ」


 孝宏は酷い事を聞いた気がして、対岸の町に顔を向けた。そして視線を逸らした孝宏をガンと睨み付けるカダンに気づかず、別のことを考え始めた。

 なぜソコトラを含むコレ―地方が襲わたのか。

 なぜ一斉に襲わなければならなったのか。

 なぜ検問など置いて行き来を制限したのか。考えれば考える程、孝宏にはおかしなことに思えた。


「そもそも敵は何だっけ?」


 考えている内に漏れてしまった独り言だった。孝宏は相変わらず町を向いているが、カダンが流れで答える。


「何って、勇者の敵は魔王でしょ?地球にはそんな決まりがあるんだよね?」


 孝宏はカダンの方を向いた。


(目が輝いている?)


 カダンの曇りない瞳の輝きは魔力でもなんでもなく、純粋な興味から現れるまさに少年の目だ。

 地球にも魔王はいないと言ったら、どんな顔をするのだろう。孝宏はふと疑問に思い、小さく呻いた。
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