上 下
158 / 180
夢に咲く花

84

しおりを挟む

「ぎゃあ!」


 孝宏が階段を見上げると男が一人立っていた。長い棒のような物を構えているが完全に腰が引けている。派手な物音が気になって部屋から出てきた、この家の住人だろう。


「あ……に、逃げて」


 孝宏は震える声でやっとそれだけ言った。


(早くカダンに武器を渡さないと……)

(まて、その前に穴を塞がないとまた蜘蛛が入ってくる……)

(どうやって塞いだら……そうだ、タンスを使って)

(でもそれじゃあ俺が出れなくなるから……いや玄関から出ればいいのか)


 しかし、穴を塞げるほどの大きな家具がこの部屋に見当たらない。穴の前に倒れているダンスは小さく、上の方に隙間が空いてしまう。

 どうすれば良いのか、孝宏は部屋を見渡した。


 この国の一般家庭では玄関を入ってすぐ、大きな机を配置するのが一般的だった。

 国土の大部分を山岳に覆われ、人が住める地域が限られており、必然的に面積は狭いがその代わり階層を増やすことで土地の狭さを解消するようになった。

 その為、台所と食卓を1階に配置する家が多く、大抵は玄関を入ってすぐの居間に大きな食卓が置かれていた。ただし、食卓といえども、いわば家の顔ともいうべき場所に置く物であるから、どの家庭も凝った造りの重厚な机を好んで置いていた。


 孝宏は扉の真ん前に置かれたテーブルが大きくて厚みがあることに気がついた。一枚板の四人がけのテーブルだ。


(あれなら塞げるかもしれない)


 とりあえず孝宏はテーブルを引いてみた。


──ズ……ズズ……ズ……──

 
 見た目以上に重いが、動かせないほどでもない。やってやれないことはないだろう。
 孝宏は回り込んでテーブルを懸命に押した。時折顔を上げ穴を確認し、また引っ張った。


──ぎぃ……ぎぃ……──


 気が軋む音がして見ると、階段の上から男がゆっくりと降りてきており、男は部屋の中で動かない巨大蜘蛛を気にして、棒きれをぎゅっと握りこんだ。

 男が何をするつもりか孝宏には分からなかったが、今は一秒だって惜しい。悪いと思いつつも孝宏は男を無視してテーブルを引きずり続けた。

 男は不気味な蜘蛛が動いていないのを確認すると、階段を一気に下り、そして孝宏のそばまで跳ねながら駆け寄ると一緒にテーブルを押し始めたのだ。

 男はこのテーブルがどれだけ重いのか知っていたし、とても一人で運べる代物でないこともよく知っていた。男は元より孝宏よりは力があり、それに加え、防衛の為に予め肉体強化の魔術を施して来ていた。

 テーブルは男が押し始めると軽やかに動き出し、あっという間に穴の前まで移動した。

 穴の前のタンスは上には高さが足りなかったが横には余っており、両端が壁に引っかかりそうだった。


(しまった、タンスを退かさないといけないじゃないか)


 孝宏がタンスを退かそうと穴に近づくと、kiikii鳴く蜘蛛の声が嫌でも大きく聞こえる。


(早く塞がないと……)


 ダンスはさほど重くなく、孝宏でも難なく押せる。
 脇に寄せると穴の前から障害物障害物がなくなり外がよく見え、残念なことに外からも孝宏がよく見えた。

 孝宏はテーブルを押すために、一旦穴に背を向けたが、この状態は酷く落ち着かない。いつ襲われるともしれない中で無防備にならざる得ない。


──giiiikikikikiki──


 孝宏は勢いよく外を振り返った。しかしそこに巨大蜘蛛の姿はなく、結局孝宏はテーブルをまた引き始めた。穴の手前まで引いて、あとは回り込んで押す方が良いだろう。しかしその時、男の顔が恐怖に引きつらせた。


──kiiiiiikikikikikiiiii──


 今度こそすぐ後ろで鳴き声が聞こえ、同時に、孝宏はふくらはぎと腹に強烈な圧迫感と衝撃を覚えた。

 防具はメキメキ音を立て、腹部分はどれほども持ちそうにない。鋭く折れ曲がった防具が、今度は孝宏の腹に突き刺ささる。


「このっ……」


 孝宏は短剣を取り出し、腹に噛みつく一匹の眉間に突き立て、縦に切り裂き横に引いた。しかし動きを止めた巨大蜘蛛が孝宏の腹から牙を離す前に、再び現れた別の巨大蜘蛛が仲間を押しのけ孝宏の腹に噛みついた。


──バキッ──


 防具は今度こそ割れ、巨大蜘蛛の牙が孝宏の柔らかい脇腹に食い込んだ。


「…………!!!」


 孝宏の叫びは声にならない。
 周囲から苦痛に歪む顔は見えておらず、助けもなく、孝宏は短剣を闇雲に振り回した。狙いの定まらない短剣は巨大蜘蛛の頭をかすめ、前足をかすめ、背中をわずかに裂いたが、とれも急所に当たらなかった。


──バキッ──


 すね当てが割られ、今度こそ孝宏は悲鳴を上げた。

 床に倒れながらも孝宏は、引き離そうと巨大蜘蛛を足で蹴った。だが、巨大蜘蛛はものともせず牙で肉を引き裂き骨を削り、孝宏は情けない悲鳴を上げながら夢中で短剣を振り下ろした。

 短剣は足に食らい付く巨大蜘蛛の頭を潰すだけでなく、孝宏の足にもいくつかの傷をつけたが、短剣の殺傷能力をみれば、足が落ちなかっただけマシといえる。


「ぐぁっ」


 一匹仕留めたと思ったとたん、別の巨大蜘蛛が同じふくらはぎに食らいついてきた。

 わざわざ仲間を押しのけ同じ箇所を攻撃してくるあたり、もしかすると狙ってやっているのかも知れない。

 孝宏がそれが何を意味するのか考える前に、短剣を握る二の腕に痛みが走った。もがくほどに骨がミシミシ音を立てる。次第に体は熱くなり、しかし痛みも苦しさもよくわからなくなっていった。


──kiiiikiiikiiiikiiii──
「あ゛……あ゛……あ゛っ……あ゛っ……あ゛……」
──giikikikikigigiiiikikikiki──
「あああああああ!来るな!来るな!くっ来るな!」
──kiiikkikkikkikiiiiiiii──
──kikikikikikkikkikiiiiiikikkiiii──


(やっぱりギチギチ聞こえる)


 さっきと同じ鳴き声、様々な音に混じって一つだけ遠くに聞こえる。

 孝宏の脳裏に映像が目まぐるしく巡った。


(あぁ…………そうか……)


「あ……ぃつ、がっ仲間、っ呼んでる…………の、か」 








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。 生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。 夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。 なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。 きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。 お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。 やっと、私は『私』をやり直せる。 死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。

孤悲纏綿──こひてんめん

Arakane
ホラー
ある日、一人の男の元に友人から日記帳が届く。その日記帳は、先ごろ亡くなったある女性高校教師のもので、そこには約四十年前に彼女が経験した出来事が事細かく書き記されていた。たった二日間の出来事が、その後の彼女の人生を大きく変えることになった経緯が……。

追放から始まる新婚生活 【追放された2人が出会って結婚したら大陸有数の有名人夫婦になっていきました】

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
 役に立たないと言われて、血盟を追放された男性アベル。 同じく役に立たないと言われて、血盟を解雇された女性ルナ。  そんな2人が出会って結婚をする。 【2024年9月9日~9月15日】まで、ホットランキング1位に居座ってしまった作者もビックリの作品。  結婚した事で、役に立たないスキルだと思っていた、家事手伝いと、錬金術師。 実は、トンデモなく便利なスキルでした。  最底辺、大陸商業組合ライセンス所持者から。 一転して、大陸有数の有名人に。 これは、不幸な2人が出会って幸せになっていく物語。 極度の、ざまぁ展開はありません。

異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。

桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。 だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。 そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。

自宅アパート一棟と共に異世界へ 蔑まれていた令嬢に転生(?)しましたが、自由に生きることにしました

如月 雪名
ファンタジー
★2024年9月19日に2巻発売&コミカライズ化決定!(web版とは設定が異なる部分があります) 🔷第16回ファンタジー小説大賞。5/3207位で『特別賞』を受賞しました!!応援ありがとうございます(*^_^*) 💛小説家になろう累計PV1,830万以上達成!! ※感想欄を読まれる方は、申し訳ありませんがネタバレが多いのでご注意下さい<m(__)m>    スーパーの帰り道、突然異世界へ転移させられた、椎名 沙良(しいな さら)48歳。  残された封筒には【詫び状】と書かれており、自分がカルドサリ王国のハンフリー公爵家、リーシャ・ハンフリー、第一令嬢12歳となっているのを知る。  いきなり異世界で他人とし生きる事になったが、現状が非常によろしくない。  リーシャの母親は既に亡くなっており、後妻に虐待され納屋で監禁生活を送っていたからだ。  どうにか家庭環境を改善しようと、与えられた4つの能力(ホーム・アイテムBOX・マッピング・召喚)を使用し、早々に公爵家を出て冒険者となる。  虐待されていたため貧弱な体と体力しかないが、冒険者となり自由を手にし頑張っていく。  F級冒険者となった初日の稼ぎは、肉(角ウサギ)の配達料・鉄貨2枚(200円)。  それでもE級に上がるため200回頑張る。  同じ年頃の子供達に、からかわれたりしながらも着実に依頼をこなす日々。  チートな能力(ホームで自宅に帰れる)を隠しながら、町で路上生活をしている子供達を助けていく事に。  冒険者で稼いだお金で家を購入し、住む所を与え子供達を笑顔にする。  そんな彼女の行いを見守っていた冒険者や町人達は……。  やがて支援は町中から届くようになった。  F級冒険者からC級冒険者へと、地球から勝手に召喚した兄の椎名 賢也(しいな けんや)50歳と共に頑張り続け、4年半後ダンジョンへと進む。  ダンジョンの最終深部。  ダンジョンマスターとして再会した兄の親友(享年45)旭 尚人(あさひ なおと)も加わり、ついに3人で迷宮都市へ。  テイムした仲間のシルバー(シルバーウルフ)・ハニー(ハニービー)・フォレスト(迷宮タイガー)と一緒に楽しくダンジョン攻略中。  どこか気が抜けて心温まる? そんな冒険です。  残念ながら恋愛要素は皆無です。

何度も死に戻りした悪役貴族〜自殺したらなんかストーリーが変わったんだが〜

琥珀のアリス
ファンタジー
悪役貴族であるルイス・ヴァレンタイン。彼にはある目的がある。 それは、永遠の眠りにつくこと。 ルイスはこれまで何度も死に戻りをしていた。 死因は様々だが、一つだけ変わらないことがあるとすれば、死ねば決まった年齢に戻るということ。 何度も生きては死んでを繰り返したルイスは、いつしか生きるのではなく死ぬことを目的として生きるようになった。 そして、一つ前の人生で、彼は何となくした自殺。 期待はしていなかったが、案の定ルイスはいつものように死に戻りをする。 「自殺もだめか。ならいつもみたいに好きなことやって死のう」 いつものように好きなことだけをやって死ぬことに決めたルイスだったが、何故か新たな人生はこれまでと違った。 婚約者を含めたルイスにとっての死神たちが、何故か彼のことを構ってくる。 「なんかおかしくね?」 これは、自殺したことでこれまでのストーリーから外れ、ルイスのことを気にかけてくる人たちと、永遠の死を手に入れるために生きる少年の物語。 ☆第16回ファンタジー小説大賞に応募しました!応援していただけると嬉しいです!! カクヨムにて、270万PV達成!

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

処理中です...