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夢に咲く花
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しおりを挟む「ぎゃあ!」
孝宏が階段を見上げると男が一人立っていた。長い棒のような物を構えているが完全に腰が引けている。派手な物音が気になって部屋から出てきた、この家の住人だろう。
「あ……に、逃げて」
孝宏は震える声でやっとそれだけ言った。
(早くカダンに武器を渡さないと……)
(まて、その前に穴を塞がないとまた蜘蛛が入ってくる……)
(どうやって塞いだら……そうだ、タンスを使って)
(でもそれじゃあ俺が出れなくなるから……いや玄関から出ればいいのか)
しかし、穴を塞げるほどの大きな家具がこの部屋に見当たらない。穴の前に倒れているダンスは小さく、上の方に隙間が空いてしまう。
どうすれば良いのか、孝宏は部屋を見渡した。
この国の一般家庭では玄関を入ってすぐ、大きな机を配置するのが一般的だった。
国土の大部分を山岳に覆われ、人が住める地域が限られており、必然的に面積は狭いがその代わり階層を増やすことで土地の狭さを解消するようになった。
その為、台所と食卓を1階に配置する家が多く、大抵は玄関を入ってすぐの居間に大きな食卓が置かれていた。ただし、食卓といえども、いわば家の顔ともいうべき場所に置く物であるから、どの家庭も凝った造りの重厚な机を好んで置いていた。
孝宏は扉の真ん前に置かれたテーブルが大きくて厚みがあることに気がついた。一枚板の四人がけのテーブルだ。
(あれなら塞げるかもしれない)
とりあえず孝宏はテーブルを引いてみた。
──ズ……ズズ……ズ……──
見た目以上に重いが、動かせないほどでもない。やってやれないことはないだろう。
孝宏は回り込んでテーブルを懸命に押した。時折顔を上げ穴を確認し、また引っ張った。
──ぎぃ……ぎぃ……──
気が軋む音がして見ると、階段の上から男がゆっくりと降りてきており、男は部屋の中で動かない巨大蜘蛛を気にして、棒きれをぎゅっと握りこんだ。
男が何をするつもりか孝宏には分からなかったが、今は一秒だって惜しい。悪いと思いつつも孝宏は男を無視してテーブルを引きずり続けた。
男は不気味な蜘蛛が動いていないのを確認すると、階段を一気に下り、そして孝宏のそばまで跳ねながら駆け寄ると一緒にテーブルを押し始めたのだ。
男はこのテーブルがどれだけ重いのか知っていたし、とても一人で運べる代物でないこともよく知っていた。男は元より孝宏よりは力があり、それに加え、防衛の為に予め肉体強化の魔術を施して来ていた。
テーブルは男が押し始めると軽やかに動き出し、あっという間に穴の前まで移動した。
穴の前のタンスは上には高さが足りなかったが横には余っており、両端が壁に引っかかりそうだった。
(しまった、タンスを退かさないといけないじゃないか)
孝宏がタンスを退かそうと穴に近づくと、kiikii鳴く蜘蛛の声が嫌でも大きく聞こえる。
(早く塞がないと……)
ダンスはさほど重くなく、孝宏でも難なく押せる。
脇に寄せると穴の前から障害物障害物がなくなり外がよく見え、残念なことに外からも孝宏がよく見えた。
孝宏はテーブルを押すために、一旦穴に背を向けたが、この状態は酷く落ち着かない。いつ襲われるともしれない中で無防備にならざる得ない。
──giiiikikikikiki──
孝宏は勢いよく外を振り返った。しかしそこに巨大蜘蛛の姿はなく、結局孝宏はテーブルをまた引き始めた。穴の手前まで引いて、あとは回り込んで押す方が良いだろう。しかしその時、男の顔が恐怖に引きつらせた。
──kiiiiiikikikikikiiiii──
今度こそすぐ後ろで鳴き声が聞こえ、同時に、孝宏はふくらはぎと腹に強烈な圧迫感と衝撃を覚えた。
防具はメキメキ音を立て、腹部分はどれほども持ちそうにない。鋭く折れ曲がった防具が、今度は孝宏の腹に突き刺ささる。
「このっ……」
孝宏は短剣を取り出し、腹に噛みつく一匹の眉間に突き立て、縦に切り裂き横に引いた。しかし動きを止めた巨大蜘蛛が孝宏の腹から牙を離す前に、再び現れた別の巨大蜘蛛が仲間を押しのけ孝宏の腹に噛みついた。
──バキッ──
防具は今度こそ割れ、巨大蜘蛛の牙が孝宏の柔らかい脇腹に食い込んだ。
「…………!!!」
孝宏の叫びは声にならない。
周囲から苦痛に歪む顔は見えておらず、助けもなく、孝宏は短剣を闇雲に振り回した。狙いの定まらない短剣は巨大蜘蛛の頭をかすめ、前足をかすめ、背中をわずかに裂いたが、とれも急所に当たらなかった。
──バキッ──
すね当てが割られ、今度こそ孝宏は悲鳴を上げた。
床に倒れながらも孝宏は、引き離そうと巨大蜘蛛を足で蹴った。だが、巨大蜘蛛はものともせず牙で肉を引き裂き骨を削り、孝宏は情けない悲鳴を上げながら夢中で短剣を振り下ろした。
短剣は足に食らい付く巨大蜘蛛の頭を潰すだけでなく、孝宏の足にもいくつかの傷をつけたが、短剣の殺傷能力をみれば、足が落ちなかっただけマシといえる。
「ぐぁっ」
一匹仕留めたと思ったとたん、別の巨大蜘蛛が同じふくらはぎに食らいついてきた。
わざわざ仲間を押しのけ同じ箇所を攻撃してくるあたり、もしかすると狙ってやっているのかも知れない。
孝宏がそれが何を意味するのか考える前に、短剣を握る二の腕に痛みが走った。もがくほどに骨がミシミシ音を立てる。次第に体は熱くなり、しかし痛みも苦しさもよくわからなくなっていった。
──kiiiikiiikiiiikiiii──
「あ゛……あ゛……あ゛っ……あ゛っ……あ゛……」
──giikikikikigigiiiikikikiki──
「あああああああ!来るな!来るな!くっ来るな!」
──kiiikkikkikkikiiiiiiii──
──kikikikikikkikkikiiiiiikikkiiii──
(やっぱりギチギチ聞こえる)
さっきと同じ鳴き声、様々な音に混じって一つだけ遠くに聞こえる。
孝宏の脳裏に映像が目まぐるしく巡った。
(あぁ…………そうか……)
「あ……ぃつ、がっ仲間、っ呼んでる…………の、か」
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