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夢に咲く花
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しおりを挟むハルマが術をかけてから、孝宏が目を覚ますまで多少の時間を要した。
孝宏が目を覚ますまでの間に幾人もの人が毒から回復し、歩けるまでそう時間を要しないところを見ると、ルイの仮説は正しかったのかもしれない。
そのルイも目を覚ましてから一時間が経つ頃には、支えなしで立って歩けるまでに回復していた。
孝宏が目を覚ましたのは、その日の太陽が沈み、夕焼け空が暗くなり始めた頃だった。
孝宏は闇の中からゆっくりと浮上する。目を開けて初めに明るい緑の天井が目に入る。
(ここはどこだ)
思い出そうにも、吐き気だとか頭痛だとかが邪魔をして真面に考えるのも難しい。
目だけを左右に動かすと、部屋全体が緑が勝っており、ベッドのすぐ脇で椅子に座って本を読んでいる人物も緑色だった。
緑のフイルムを通して見るのと同じ景色に孝宏はすぐに心当たり腑に落ちた。
(ああ、あれか)
ルイを包んでいた緑色のホログラムのような医療用の、おそらくは魔術であろう物を思い出す。
今自分もそれに包まれているのだろう。だとするとここはあのままの病院いるのかも知れない。
ベッドの脇で無言で読書をするその人物は、丸刈りに近い、真っ赤と思われる短髪に、暗い色の瞳。顔にケロイドもひっかき傷もない。こうして見ると、本当にこの双子はよく似ていた。
「ぁっ………」
孝宏が声をかけようとしたが、かすれてうまく声が出なかった。掠れて殆ど音になっていない小さな声では、集中している為か全く気が付いてもらえず、では仕方ないと、孝宏は腹筋に力を入れて声をかけた。
「ルイ、も……だい、じょうぶ……のか?」
今度は声が出た。
孝宏の声は通常と比べても、腹筋に力を入れても震えているようにも聞こえるし滑舌も悪い。目は浮腫んで半分しか開かないし、顔じゅうの筋肉が緩み切り口も閉まらない。
「まあな。そっちはまだ寝ていた方が良いらしいな。いつもよりひどい顔をしてる」
孝宏が他人よりも怪我が早く治ったり治らなかったり、マリーや鈴木と比べても異様であることから、凶鳥の兆しの影響の可能性は非常に高い。
孝宏は皆に、凶鳥の兆し自体に癒しの効果があるらしいと伝えていた。
宮廷魔術師が言いうのだからそうなのだろうが、魔術も効きにくいのでは、凶鳥の兆しが安定するまで孝宏の調子はこれからも悩みの種になろうだろう。
「中々面倒な体質になったな。凶鳥の兆しの力でアッという間に治るもんでもないんだな」
「それは………どう……なてるか……し、らん」
直接説明を受けたのは孝宏だが、これの性質は良く分かっていない。
確かに魔術が効きにくくなったかもしれない、という自覚はあるがそれだけだった。
怪我が早めに治っているかもしれない。だがあくまでもかもしれないという程度だ。
これだけ面倒ならばもっと詳しく聞いておくべきだったと、孝宏は今になって後悔していた。
「それ、よ、りも…………ルイは……どこ?………いない……」
「なんだ、気付いていたのか」
カウルは目をパチクリさせて、一拍置いてからにやりと笑って読んでいた本を閉じた。
まったく同じ姿の双子を身内以外に見分けられたのは、村を出て以来では初めてだった。
ましてや目を覚ましたばかりの孝宏が混乱して間違うのを、カウルは期待していたので残念に思ったが悪い気はしなかった。
「ルイは作戦会議に呼ばれて行ってる。母さんの魔法の事でな。どうもあの化け物に有効な魔法があるとかで説明しに行っている」
「かい、ぎ?だい……じょ、ぶ……なの、かっらっだ、は……」
孝宏が最後に見たルイは目を覚ましてすらいなかった。
その時の彼は見るからに具合は良くなっていたが、果たしてそんなすぐに出歩いて良いものか。
孝宏がきちんと確認しないと安心できないのは、一度はルイの死を色濃く感じた為だ。カウルはそんな孝宏の気持ちを汲んだのか、優しく笑みを浮かべ頷いた。
「ああ、もうほぼ完全回復している。心配ない」
カウルが言うのだから間違いないだろう。ある意味自分の目より信頼できる。
孝宏は安心して体の力をどっと抜いた。同時に大きく息を吐き出す。
孝宏は改めて部屋を見渡した。
緑がかっているがおそらくは白い壁と天井。窓はなくベッドが二つあるが、現在ベッドを使用しているのは孝宏一人。後はカウルが椅子に座っているくらいだ。
目線だけで部屋を見渡す孝宏に、カウルが思い出したように掌を拳で打った。その仕草を見た孝宏は、異世界でもそれをするのかと妙に感動する。
「ああ、マリーとカダンもルイと一緒だから心配ないさ。お前の付き添いは俺だけだ。まあ、俺が行った所で良く分からんしな。そう言うのは得意な奴に任せる事にしてるんだ」
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