上 下
77 / 180
夢に咲く花

4

しおりを挟む
 
 結局、孝宏の治療はそれから一時間もかかった。カダンの回復を待ったのも大きかった。

 だがそのおかげでみぞおちの痣はなくなり、痛みはもうすっかりない。

 あれだけ苦しんだのが嘘のようだ。


「じゃあ、俺は先に帰ってるから」


「ああ……」


 孝宏はカダンより先に、岩陰で着替えを済ませた。

 カダンは温泉に足を入れ、地面に仰向けになっている。

 片手をあげて返事を返すが言葉に力はなく、空気が抜けたような声。


「本当に大丈夫か?やっぱり俺カウル呼んでくるよ」


「いいよ。しばらく休んだら、回復するから大丈夫……先戻ってて」


 何度も繰り返したやり取りに、カダンは片手をヒラヒラ振って孝宏を追い返した。

 孝宏は渋々了承したものの、何度も振り返った。その度カダンは笑った。

 それから孝宏が見えなくなると、カダンは自分もお湯から上がった。

 だがカダンは持ってきた着替えを手に取るのではなく、両手を左右に広げ、近くの茂みに向かう。


「ルイ、病み上がりで頼むのも悪いんだけど、俺の服乾かしてくれない?」


 すると、どこからともなく暖かな風が沸き起こり、カダンに絡みつき、あっという間に服を乾かした。

 それからやや間があって、茂みからルイとマリーの二人が姿を現した。


「いつから気が付いていたの?」


 マリーはルイの後ろから顔だけ出して尋ねると、カダンはにやりと笑って首を傾げた。


「な?絶対気付かれるって言ったろ?」


 ルイが肩を竦める。マリーは悪戯を見つかった子供みたいに、ごめんなさいと言った。




「もう休んでなくていいの?」


 林を抜けて村へ戻る途中、カダンがルイに尋ねた。


「ずっと寝てる方が逆に病気になってしまうよ。それよりさ、タカヒロはどうだった?確認したんだろう?」


 ルイは自分が十分に回復しているつもりらしい。

 彼が目を覚ましてから、まだ一日しか経っていないなのにも関わらず、困ったことに病人扱いをするなという。

 思っていたより元気なのを喜ぶべきか。それとも無理をするなと、叱るべきなのか。

 カダンとしては悩みどころである。


「たぶん凶鳥の兆しと同化はかなり進んでると思う。でも完全じゃない。魔法も簡単にかかる時もあったし、逆に中々かからなかった時もあった」


「あら、そうなの?ルイの時はまったくだめだったって言ってなかったっけ?」


 マリーの悪気のなき言葉に、ルイは眉間にしわ寄せ低く唸った。


「悔しいけど魔力は僕よりカダンの方が強いんだ。回復系の魔法も得意だし」


 たんなる偶然か、もしかすると、ルイ程度の魔力では魔法をかけられない所まで、同化が進んでいるのかもしれない。


「悔しいって……俺はルイが羨ましいよ。魔力なんて訓練しだいでどうにでもなるじゃないか。話を戻すけど六眼、あれもたぶん兆しの影響だと思う。見えたり、見えなかったりしてるみたいで、タイミングも一緒だったから」
 

 そうなると気になるのは、マリーだ。

 マリーの中に吸い込まれたという玉は、凶鳥の兆しと一緒にあったからと、竜人達が持ってきたものだ。

 ルイがマリーに体調の変化を訊ねた。


「それが少しだけ水に敏感になったくらい。タカヒロのようにはなってないの」


 二人は同じような条件に見えて、どうやら力の性質はまったく違っているらしいかった。

 孝宏に起きた異変は、マリーにはまったく見られなかったし、彼女は孝宏と違って自在に魔力操り、完全に魔法を使いこなしている。

 孝宏とはすべてが違っていた。


「どうなってるのかわからないけど、もっとしっかり調べてみないといけないね」


 カダンの表情は厳しい。

 マリーは俯き自分の足元を見つめた。

 ルイはそんなマリーにそっと視線を向ける。


 林を抜けようという所で、木々の間から車が見えた。孝宏とカウルの話声が聞こえてきた。


「私先に行ってるね」


 マリーが待ちきれず、走って先に行ってしまった。

 マリーの後ろ姿が茂みの向こうに消え、一瞬、木々が二人を周囲から隠した。


 誰にも聞かれない状況で、ルイがカダンに尋ねた。


「なあ、カダンはタカヒロをどう思ってる?好きなのか?」


 唐突な切り出しに、カダンは一度足を止め、無言で振り返った。

 カダンは一瞬だけルイと視線と合わせるが、何も言わず前を向いた。


「バカだなあ、ルイは」


 カダンは普段通りにそれだけ言って、ゆっくり歩き出した。

 ルイにはそれが本当に呆れているような、もしくはお道化ているようにも聞こえた。


 景色が開け、林の終わりが見えた。

 腕をめくり、自慢げにカウルに見せる孝宏。そこにマリーが加わわる。

 魔法で治ったのだと、みぞおちに手を当てマリーに話している。

 魔法だ何だと子供らしくはしゃぐ孝宏を見て、カダンは思わずククッと喉の奥で笑い、口元を隠した。

 しかしすぐに表情は崩れ、カダンは唇をキュッと噛みしめた。


「バカだよ」


 語尾は強く、しかし声は潜めて言った。


「タカヒロは地球に……帰るんだぞ………………想っていてもしょうがないじゃないか」


 最後は押えて小さく震える声。視線はまっすぐ前を見て、孝宏から離れない。


 カダンは歩く速度を上げ、わざとらしく三人に向かって手を振った。


(そんなの関係ないよ……僕だって……)


 ルイはカダンの背中に向かって、音にならない言葉を呟いた。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ひだまりを求めて

空野セピ
ファンタジー
惑星「フォルン」 星の誕生と共に精霊が宿り、精霊が世界を創り上げたと言い伝えられている。 精霊達は、世界中の万物に宿り、人間を見守っていると言われている。 しかし、その人間達が長年争い、精霊達は傷付いていき、世界は天変地異と異常気象に包まれていく──。 平凡で長閑な村でいつも通りの生活をするマッドとティミー。 ある日、謎の男「レン」により村が襲撃され、村は甚大な被害が出てしまう。 その男は、ティミーの持つ「あるもの」を狙っていた。 このままだと再びレンが村を襲ってくると考えたマッドとティミーは、レンを追う為に旅に出る決意をする。 世界が天変地異によって、崩壊していく事を知らずに───。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

処理中です...