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夢に咲く花
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しおりを挟む結局、孝宏の治療はそれから一時間もかかった。カダンの回復を待ったのも大きかった。
だがそのおかげでみぞおちの痣はなくなり、痛みはもうすっかりない。
あれだけ苦しんだのが嘘のようだ。
「じゃあ、俺は先に帰ってるから」
「ああ……」
孝宏はカダンより先に、岩陰で着替えを済ませた。
カダンは温泉に足を入れ、地面に仰向けになっている。
片手をあげて返事を返すが言葉に力はなく、空気が抜けたような声。
「本当に大丈夫か?やっぱり俺カウル呼んでくるよ」
「いいよ。しばらく休んだら、回復するから大丈夫……先戻ってて」
何度も繰り返したやり取りに、カダンは片手をヒラヒラ振って孝宏を追い返した。
孝宏は渋々了承したものの、何度も振り返った。その度カダンは笑った。
それから孝宏が見えなくなると、カダンは自分もお湯から上がった。
だがカダンは持ってきた着替えを手に取るのではなく、両手を左右に広げ、近くの茂みに向かう。
「ルイ、病み上がりで頼むのも悪いんだけど、俺の服乾かしてくれない?」
すると、どこからともなく暖かな風が沸き起こり、カダンに絡みつき、あっという間に服を乾かした。
それからやや間があって、茂みからルイとマリーの二人が姿を現した。
「いつから気が付いていたの?」
マリーはルイの後ろから顔だけ出して尋ねると、カダンはにやりと笑って首を傾げた。
「な?絶対気付かれるって言ったろ?」
ルイが肩を竦める。マリーは悪戯を見つかった子供みたいに、ごめんなさいと言った。
「もう休んでなくていいの?」
林を抜けて村へ戻る途中、カダンがルイに尋ねた。
「ずっと寝てる方が逆に病気になってしまうよ。それよりさ、タカヒロはどうだった?確認したんだろう?」
ルイは自分が十分に回復しているつもりらしい。
彼が目を覚ましてから、まだ一日しか経っていないなのにも関わらず、困ったことに病人扱いをするなという。
思っていたより元気なのを喜ぶべきか。それとも無理をするなと、叱るべきなのか。
カダンとしては悩みどころである。
「たぶん凶鳥の兆しと同化はかなり進んでると思う。でも完全じゃない。魔法も簡単にかかる時もあったし、逆に中々かからなかった時もあった」
「あら、そうなの?ルイの時はまったくだめだったって言ってなかったっけ?」
マリーの悪気のなき言葉に、ルイは眉間にしわ寄せ低く唸った。
「悔しいけど魔力は僕よりカダンの方が強いんだ。回復系の魔法も得意だし」
たんなる偶然か、もしかすると、ルイ程度の魔力では魔法をかけられない所まで、同化が進んでいるのかもしれない。
「悔しいって……俺はルイが羨ましいよ。魔力なんて訓練しだいでどうにでもなるじゃないか。話を戻すけど六眼、あれもたぶん兆しの影響だと思う。見えたり、見えなかったりしてるみたいで、タイミングも一緒だったから」
そうなると気になるのは、マリーだ。
マリーの中に吸い込まれたという玉は、凶鳥の兆しと一緒にあったからと、竜人達が持ってきたものだ。
ルイがマリーに体調の変化を訊ねた。
「それが少しだけ水に敏感になったくらい。タカヒロのようにはなってないの」
二人は同じような条件に見えて、どうやら力の性質はまったく違っているらしいかった。
孝宏に起きた異変は、マリーにはまったく見られなかったし、彼女は孝宏と違って自在に魔力操り、完全に魔法を使いこなしている。
孝宏とはすべてが違っていた。
「どうなってるのかわからないけど、もっとしっかり調べてみないといけないね」
カダンの表情は厳しい。
マリーは俯き自分の足元を見つめた。
ルイはそんなマリーにそっと視線を向ける。
林を抜けようという所で、木々の間から車が見えた。孝宏とカウルの話声が聞こえてきた。
「私先に行ってるね」
マリーが待ちきれず、走って先に行ってしまった。
マリーの後ろ姿が茂みの向こうに消え、一瞬、木々が二人を周囲から隠した。
誰にも聞かれない状況で、ルイがカダンに尋ねた。
「なあ、カダンはタカヒロをどう思ってる?好きなのか?」
唐突な切り出しに、カダンは一度足を止め、無言で振り返った。
カダンは一瞬だけルイと視線と合わせるが、何も言わず前を向いた。
「バカだなあ、ルイは」
カダンは普段通りにそれだけ言って、ゆっくり歩き出した。
ルイにはそれが本当に呆れているような、もしくはお道化ているようにも聞こえた。
景色が開け、林の終わりが見えた。
腕をめくり、自慢げにカウルに見せる孝宏。そこにマリーが加わわる。
魔法で治ったのだと、みぞおちに手を当てマリーに話している。
魔法だ何だと子供らしくはしゃぐ孝宏を見て、カダンは思わずククッと喉の奥で笑い、口元を隠した。
しかしすぐに表情は崩れ、カダンは唇をキュッと噛みしめた。
「バカだよ」
語尾は強く、しかし声は潜めて言った。
「タカヒロは地球に……帰るんだぞ………………想っていてもしょうがないじゃないか」
最後は押えて小さく震える声。視線はまっすぐ前を見て、孝宏から離れない。
カダンは歩く速度を上げ、わざとらしく三人に向かって手を振った。
(そんなの関係ないよ……僕だって……)
ルイはカダンの背中に向かって、音にならない言葉を呟いた。
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