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夢に咲く花

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 孝宏がカダンを蹴り飛ばしたのは、より少し遅かった。

 孝宏の中で弾けた火が噴き出し、カダンの体が浮き上がった瞬間、孝宏は互いの体の隙間に足を滑り込ませ、カダンの腹を思いっきり蹴った。

 後は巻き起こった風がカダンを孝宏から引きはがしてくれる。

 孝宏の視界がオレンジ色に染まり、その向こうで呆然と立ち尽くすカダンの輪郭を炎が歪ませた。


「我慢しろって言ったろう?なんて堪え性がないんだ……」


「限界ってものがある!それに無理だって言ったのに、続ける方が悪いんだろう!?」


「それは……悪かったけど、俺にも事情があるの…………はぁ……」


 カダンが地球の言葉を知るはずのない。

 孝宏が何を言っていたかなど理解できるはずもなく、言い返そうとも思ったが、結局、それらをすべて飲み込み、大げさにため息を吐いた。

 孝宏をじろりとにらみ、もう一度小さくため息を吐いた。


「そう警戒しなくても、しばらくは魔法が使えないから……何もしないよ」


 したくともできない、カダンは言い直して、また溜息を吐いた。


「そうなの?何で?」


 孝宏を包んでいた火の勢いが弱まっていく。

 やがて火が消えると、孝宏は温泉の淵に腰かけ、足でお湯を軽く蹴った。

 カダンは孝宏が沈めた石の上に座り、淵にもたれかかる。濡れて顔に張り付く前髪をかき上げて言った。 


「俺、一度集中力切れると駄目なの。飲んでる薬の副作用なんだよ」


「どこか悪いのか?」


「そんなんじゃないよ」


 カダンが体の向きを変え、温泉の淵に向き合い肘を付いた。頭手の上に乗せ首を横に、孝宏に向けた。


「もう気付いていると思うけど、親が人魚と狼人なんだ。人魚の血はちょっと厄介で、人里で暮らしにくいから、その血を封印して、人魚の特性だけを出ないようにしてんの」


 血の特性を抑える薬は、同時に魔力も制限してしまう副作用を持っている。

 その為魔術を使うと体の負担になり、カダンは魔術を限られた時間の中でしか使わない。

 確かにカダンは疲れているようだった。

 淵にもたれて目を閉じ、身動き一つない。寝てしまったのではないかと思ってしまう。


「それってどう厄介なんだよ?」


 孝宏が遠慮がちに声をかけると、カダンが重そうに瞼を持ち上げる。


「それは……まあいいじゃないか。それより、時間がたったら続きするからね」


「げっ!俺はもう平気だから止めよう?な?」


「バカだな。傷ってのは見た目だけじゃないの。腹の痛み、引かないんだろう?」


 カダンが指先で、孝宏の痣を突いた。


「う゛……」


 あれから三日たったが痛みは引かず、今も鈍い痛みが残る。孝宏は痣を摩りながら目を細めた。


「なあ、一発で全部終わる方法ないのか?あれはちょっと恥ずかしいよ」


 誰かに見られているわけではないが、行為そのものが、別のものを連想させる。

 異世界では普通の行為であっても、孝宏には拷問に近しい。


「一発でって?………ある、には、ある、けど……」


 カダンは言葉を切り、言いにくそうに孝宏から目を反らした。

 それがそういう意味を持つかも考えず、孝宏は目を輝かせて飛びついた。

 孝宏が肩を掴んで揺らすと、カダンは嫌そうに、孝宏の手を払った。


「まあ、タカヒロがどうしてもって言うなら、しないこともないけど。でも、さすがの俺にも心の準備があるっていうか、急には困るっているっていうか、やり辛いっていうか……」


 はっきりしないカダンをせかすと、彼は顔を赤らめて言った。


「一回で全部終わらすなら、俺の口から、タカヒロのへ直接……するんだ。さすがに俺も照れるけど、タカヒロがどうしても、我慢できないっていうなら…………しない、ことも……ないけど」


「やっぱり遠慮しておく。そのままで良いや」


 真顔で即答する孝宏を横目で見て、カダンは視線だけを滑らせて空を仰いだ。


「…………だよねぇ」



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