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冬に咲く花

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 凶鳥の兆しは何者かによって作られた魔法で、単純に言ってしまえば意志を持った魔力の塊と言えるわね。


 精霊と呼ばれる存在にとてもよく似ているわ。これは術式を骨に魔力を肉として、人工的に作られた精霊と言えばわかりやすいかしら。


 ある程度の実力を持った魔術師なら、誰でも人工的精霊を作り出して使役する。だから、存在自体は珍しくないの。

 通常、自然界に存在する、どれだけ強力な精霊でも、自身を構成するのが魔力のみでは、魔力が離散してしまい自身を保てないの。

 人だって、肉体と言う器を持っているでしょう?だから精霊たちは何かに寄生し、自身を保つ必要があるのよ。


 それは人工物だって同じ。術式だけではもろくて保っていられないの。凶鳥の兆しはあなたを依り代としたのね。


 普通人工物は製作者が手放してしまえば消滅するのが常なのに、これは消滅するどころか、自分で新たな依り代を見つけ出した。


 信じられないけど……これを作った人は天才ね。


 でも術式が古過ぎて、かけている部分も多いの。あなたと同化し欠落部分を補っているようだけど、おかげでよくわからない部分が多いのよね。


 あと読み解けるのは、依り代とされたあなたが、凶鳥の兆しを構成する火に支配さているという点。


 おそらく今のままでは、火の魔法以外は使うのは難しいでしょうね。


 それから外部からの魔法を受け付けないみたい。これは推測だけれども、依り代であるあなたを守る為じゃないかしら。

 さっきもすごかったわ。

 腹を殴ったらあなたから炎が噴き出して、私を攻撃し始めるし、焼かれそうになるしで、少しも触れなかったのよ。

 あなたに手出ししないって、何度も言ってようやく大人しくなったの。おかげでここにあなたを連れてくるだけなのに、ハラハラしたわ。


 ただ、私の手当てが有効だったし、今は多少魔法が効くようだけど、同化が進めばどんな魔法もあなたには効かなくなるでしょうね。


 でもそう悲観しなくても大丈夫。

 凶鳥の兆しには、火の属性魔法には通常ないはずの、再生の力があるの。

 たぶん大丈夫でしょうけど、でも、極力危険は避けるのね。大怪我をしても、治癒魔法が効かないって事態も今度は出てくるでしょうね。

 その時凶鳥の兆しがあなたを見捨てず、助けてくれれば良いのでしょうけど、そんな確証はないのでね。





 これらの情報がすべて、一つの術式の中に納まっている情報らしい。

 素人の孝宏には見ただけで、さっぱりなのだが、それを生業としている彼女には、読み解くなど造作もないのだろう。


「これほど強力な力は、普通の人間だと耐えきれず、死んでしまいそうなものよ。だけど今の所あなたには何の影響もないみたい。よほど相性が良いのね」


 孝宏は体を起こした。

 ストーブには火が焚かれ、部屋は十分に暖められている。裸でいても寒くはないが、毛布を前から肩に掛けた。服は枕元に畳んで置いてあり、右手で掴んで、乱暴に毛布の中に引きいれた。


――カシャンー……――


 孝宏の壊れた携帯電話が、服を引き込んだ勢いで床に飛ばされた。携帯はクルクル回りながら、都合よく魔術師の足元へ滑っていく。

 魔術師は携帯電話を拾った。二つ折りの携帯電話を開いて、閉じた。


「そういえば助けて欲しいのよね?」


 どうしてほしいのか、魔術師が尋ねてきた。


「あ……」


 孝宏は一度言いかけた言葉を飲み込んだ。口に手を当て、指で頬をさすり、視線を毛布の上に落とした。


「化け物を倒せる、すごい力が欲しい」


 視線は毛布に注がれたまま、孝宏はピクリとも動かない。魔術師に向いているのは右耳だけ。のど仏が上下する。


「そうじゃなきゃ、村を元に戻したい。前の姿のままに戻したい」


 孝宏の右耳以外の全神経は、毛布に注がれていた。視界もじわじわ狭くなり、自身のプレッシャーに左右から押しつぶされそうだ。


「どちらも無理よ。出来るのなら、事態はもっと簡単に済んでる」


 なんでも願いを聞いてくれると言ったのに、孝宏は裏切られた気分になった。

 正確には私に出来ることなら何でもと言ったのだが、人の記憶が都合よく改ざんされるのは良くあることだ。


「何でだよ!?あんた達すごいんだろう?宮廷魔術師なんだろう?だったら何とかしてくれよ!?」


 孝宏は魔術師を睨んだ。魔術師は椅子から立ち上がり、手に持ってた携帯電話をテーブルの上に置いた。


「皆が化け物を何とかしようと、村の人を助けようと必死になっているの。あなたもそうでしょう?だからここにいる。それで十分じゃない」


「……俺は何もできない。燃やすしかできない、役に立たない……ただの子供だ」


「何もできないと言うのは、無知な人かやる気のない愚かな人の言うことよ。あれだけの力があるのにできないというのは、ただの臆病者と言うのよ」


 魔術師の怒気を孕んだ言葉に、孝宏は顔がさっと熱くなった。


「あなたは誰を、何の為に助けて欲しいの?自分が苦しいだけなら、さっさと家に帰りなさい。迷いがあるやつは、いくら力があろうと足手まといでしかないわ。」


「俺が臆病者だって?……知ってるよ。だから頼んでるじゃないか」


 魔術師を睨む孝宏の目に涙が溢れていた。零すまいと開かれた瞳に力がこもる。


「怖くてたまらない。検問所での出来事を思い出すだけで、体が震えて止まらない。安全だった家に帰りたいし、大切な人達に会いたい……それはそんなに悪いことか?」


 検問所で獣に押し倒され、胸にやつの鋭い爪が食い込み血が流れた。

 息を感じるほどの至近距離でむき出した牙と、自分など丸のみできる大きな口。

 それらは死を覚悟するには十分だった。


「いいえ、悪い事ではないわよ。生き物である以上、自分を守ろうとするのは当然だわ。でも怖いだけなら邪魔よ。この場にはふさわしくない。言ったでしょう?取り返しがつかなくなる前に帰るのね」


「怖いよ!帰れるのなら帰りたい!それでも!あんな思いをするのは嫌だ!何もしなかったことを後悔するのは、もう二度と嫌なんだ。だから力が欲しい。何がいけないんだよ!?」


「無いものねだりは見苦しいわ。誰もが自分のできることを、できる範囲でするのよ」


「やったけど、化け物だって言われた。きっと今のままじゃあ、駄目なんだ」


「なら諦めなさい。他人に何かを求めるには、あなたは幼すぎるわ」

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