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冬に咲く花
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しおりを挟むその後、二つ目の太陽が沈みゆく中、二人は寒さに身を震わせながら家に帰った。
カウルはずぶ濡れの上に、衣服がボロボロになった孝宏にシャツを貸し、自身は素肌に直接雨具を羽織った。
孝宏は冷え切った体にカウルの上着を着て、さらに雨具を羽織る。
今日の出来事を思い返せば、互いに気まずくもあり、無言で歩いた。
その内カウルがポツリと言った。
「帰ったらソコトラに帰る準備をしようかと思ってる」
カウルの横顔が夕日に照らされ、陰った左顔が寂しそうに微笑む。
「今からじゃ、カダンに追いつけないけど……早い方が良いだろうし」
獣になったカダンの足は速く、一日も待たずに辿り着くはずだ。
早ければ晩遅くか、明日の朝には連絡が来るかもしれない。
しかしそれはあくまでも最短距離を行くならばだ。
かの地方がどれだけ被害を受けたのか、原因となった獣たちはどうなったのか。状況によってはもっと遅い可能性もある。
例えば日本では、被災地に行く場合どうだったろうか。孝宏は思い出そうと首をひねった。
「許可とかいるのかなぁ。必要な物をそろえるので時間がかかるだろうし。ソコトラには何もないだろうから食料とかたくさん持って行った方が良いのかな……あっ……」
孝宏は脳裏に浮かんだニュース映像の、印象そのままを素直に口して後悔した。
故郷を思ってカウルが胸を痛めるのも気が付かず、あまりにも配慮にかけていたと後悔する。
小さく謝罪を口にする孝宏に対し、カウルはやはり寂しげに微笑む。
「別に良いよ。たぶん本当に何もないだろうから、必要になりそうな物を、なるだけ持って行こう。車に積めばいい」
「それでも数日分くらいしか詰めないか」
「魔法で荷物を小さくするし、それに車は見たより中を広くするのが普通だ。かなりの量を持って行けると思う。幸いにも金ならそれなりにある」
途中、どれだけ待っても帰ってこない二人を探しに来たマリーと合流し、歩きながら孝宏が見舞われた事件について話した。
町から外れ、もちろん街灯などなく、視界は急速に暗くなってく。
興味深げに頷くマリーの表情も、安堵から笑みを零すカウルの表情も、暗くて孝宏からはよく見えていない。だが、雨の中一人で逃げていたあの時の方が、闇を濃く感じていたと思い返す。
孝宏が闇を身近に感じたのはこれで三度目だが、今はもう怖くないのは、きっと一人じゃないからだ。
「ルイは?」
尋ねた孝宏は俯きかげんで前を歩くマリーの踵を見ている。
「家で留守番してる。行こうって誘ったんだけど、スズキを一人にできないって残ったの」
カウルが大げさに空を仰いだ。既に空には一際明るい星が輝いている。
「じゃあ、急いで帰らんとな」
きっと今は心細くとも、虚勢を張りながら兄弟の帰りを待っているだろう。三人は歩く速度を早め家路を急いだ。
家に着いた孝宏を、真っ先に出迎えたのは、鈴木からの説教だった。
心配しただの、帰りが遅いだの、間がもたないだの、愚痴っぽいのもあったのは、孝宏だけに向けられたのではないはずだ。
三人は顔を見合わせ、こらえきれ失笑が漏れる。
孝宏をずぶ濡れのまま立たせる程、鈴木も鬼畜ではない。孝宏は早々に鈴木の説教から開放され、すでに用意されていた風呂に入った。
今時見た目だけは古めかしい、かまどで湯を沸かすタイプの風呂だが、実態はかまどに掘られた術式をなぞるだけで湯が沸く。なので薪で火をおこす必要も水を運ぶ必要もない。
だが今回はカダンの言いつけを破ったルイが、魔術で湯を沸かそうとして、魔力を暴走させた結果、刻まれていた術式がつぶれてしまっていた。
その為、ルイ自らの手で薪をくべ、竈に火を焚き、お湯を沸かし用意した風呂だ。
慣れぬ作業にくたびれ煤だらけになっているルイを、カウル以外はこの時初めて見たかもしれない。面白がる面々をルイは一瞥し、孝宏を睨み付けた。
「笑いすぎ」
「仕方ないだろ。面倒くさがって畑仕事どころか、朝の支度まで魔法で済ます奴がそんな格好って……」
「仕方ないじゃないか。壊れたんだから。僕は今から術式を直すから、じゃあ」
ルイはニコリとも笑わない。
しかしそれがルイの精いっぱいの虚勢であることは、孝宏から見ても明らかだ。ひょっとすると前のような関係に戻れるのかもと期待もする。
「俺もゆっくり入ろうかな」
今日の風呂の湯は、いつもよりも少々熱かった。
夕飯を食べながら、皆で今後のことを、ソコトラへ行くかどうかを話し合った。
マリーとルイはすんなりと頷き、鈴木だけが反対した。それもカウルが説得して、何とか承諾を得たのだが、鈴木は二つだけ条件を付けた。
《危なくなりそうだと思ったら、迷わず逃げること》
《期間はどんなに長くても二ヶ月。二ヶ月経ったら、一度家に戻ること》
もちろんカウルはその条件をのんだ。
その日の夜、孝宏は怪我の手当を済まして、鈴木と共同の部屋に戻った。
元は物置に使っていた場所で、今でも様々な道具やらが壁際に積まれている。
家具も多くは置けない。元からあったタンスと、手作りのベッドが二つ。干し草ではなく、ちゃんとしたやつだ。
寝巻きに着替えず、ベッドに仰向けに寝転んだ。すると今日に限って今まで気づきもしなかった、シミだらけの天井が目に入る。
「そうか、現実になっちまったから……」
昨日までなら目を閉じれば、地球の自室を鮮明に思い浮かべることが出来た。今、目を閉じて思い浮かぶものは、脳裏に焼き付いた戦慄の光景だ。
実際に見たわけでないのに、情景が細部まで瞼の裏に浮かび、聞いたはずのない叫び声が耳から離れない。
「皆どうしてるかな。心配してるだろうな」
(家に帰りたいな)
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