「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです

四馬㋟

文字の大きさ
40 / 44
連載

甘い新婚生活④

しおりを挟む



 異変に気づいたのは、ある朝の出来事だった。



「アキレス様、どうなさったの?」



 その日、目覚めるといつも隣で眠っている夫の姿がなく、捜しに外へ出たところ、血まみれで歩いているアキレスを見つけた。彼はメアリに気づくと、なぜか近寄りもせず、慌てたように逃げ出してしまう。



「アキレス様、待って」



『追いかけちゃダメだよ、メアリ』

『狩りをしたばかりだから、気が立ってるんだ』



 精霊たちに行く手を阻まれて、ポカンとしてしまう。



「……狩り?」



 いつも食事の量は気にかけていたのに。

 そんなに空腹だったのかと愕然としてしまうメアリに、



『お腹がすいているからじゃない』



 普段とは打って変わって、真剣な声で精霊たちは言った。



『現に殺すだけで食べてないしね』

『森の野生動物で狩りの練習をしているんだ』

『獲物を確実に仕留められるように』



 獲物という物騒な響きに、背筋がゾクッとした。



「どういうことなの?」



『魔術師にかけられた呪いのせいさ』

『成長したせいで、殺戮衝動を抑えられなくなってる』

『恐ろしい呪いだよ』

『肉体だけじゃなく、心まで獣になってしまうんだ』

『このまま成長を続ければ、やがて人としての理性を失ってしまう』

『早く彼のそばを離れないと……』

『君まで襲われてしまうよ、メアリ』



 自分の身を案じて精霊たちが忠告してくれているのは分かったが、



 ――アキレス様のおそばを離れることなんてできない。



 メアリの答えは決まっていた。



「お願い、今すぐ私をあの人のところへ案内して」



『それはできない』

『呪いにこめられた殺戮衝動は強烈だ』

『今は野生動物を狩ることで衝動を散らしているけど』



「私なら平気よ。自分の身は自分で守れるわ」



 そのために魔法を覚えたのだ。

 けれど精霊たちはしぶるばかりで、



『彼の身にもなってごらんよ』 

『メアリに会って、メアリを殺したいと思ってしまったら?』

『さらに彼を苦しめることになるだろうな』



 それで先ほど、自分の前から逃げたのかと、メアリは唇を噛んだ。

 

 ――私のせいだわ。



 ここでの日々があまりにも幸福で、愛する人と、心から安らげる場所で過ごせることが嬉しくて――けれどいい加減、現実に向き合わなければとメアリは覚悟を決めて、家の中へと戻った。

 

「妖精さん、起きて」



 箪笥の上に飾られた剣に話しかけるが、聞こえるのは『すーすー』という寝息だけ。それもそのはず、しばらく見ない間に、妖精はイモムシではなく蛹の姿に変わっていた。それでもメアリは諦めずに話しかけ続けた。



「どうしてもあなたの力が必要なの」

『もう遅いよ……むにゃむにゃ』



 ようやく応じてくれた。

 その言葉にすがりつくようにメアリは訊ねる。



「遅いって?」

『刺さったトゲはもう抜けない。身体の中に入り込んじゃったから……むにゃむにゃ』



 トゲ、と呟くメアリに、『そーいえば』と精霊たちは騒ぎ出した。



『皇子、メアリによく花をプレゼントしてたよね』

『だから皇子の部屋も花だらけ』

『その中に呪いの花が混じってたわけか』

『で、運悪くトゲが刺さっちまったわけだと』



 なるほどそうかそういうことかと納得する精霊たちとは裏腹に、メアリは過去に自分を責め、悔やんでいた。



『メアリが気にすることじゃない』

『そうだよ、自分を責めないで』

『全部、この妖精のせい』

『そうだ、お前がさっさと口を割っていれば、こんなことには……』



 やっぱり妖精は信用ならない、このイモ野郎、ああ今は蛹か、引き裂いて中身をぐちゃぐちゃにしてやる――精霊たちに脅されて、哀れな妖精はぶるぶる震えていた。



『お、お慈悲を……むにゃむにゃ』



『だったら今すぐ呪いを解け』

『メアリを悲しませるな』

『魔術師の魔力で相殺できるだろ』

 

『できんこともないですけど……むにゃむにゃ』



 その言葉に、希望を見出したメアリは両手を胸の前で組む。



「私からもお願いします。どうかアキレス様の呪いを解いてください」



 精霊たちは瞬時に妖精を取り囲むと、『てめぇ、メアリのお願いが聞けないってのか? ああん?』『この糸を切って、地面に落としてもいいんだぞ』『今すぐ中身をぶちまけて、見られない顔にしてやろうか?』小声で脅迫まがいなことを口にする。



『わ、わかったよ、わかったから、ちょっと待って……むにゃむにゃ』



『そんなに待っていられるかっ』

『事態は一刻を争うんだっ』

『三十秒以内で何とかしろっ』



『ぼ、僕にも準備ってものが……むにゃむにゃ』



 しかし容赦なく精霊たちの『い~ち、に~い、さ~ん……』というカウントが始まり、蛹がもぞもぞと動き始めた。



『こうなったら、綺麗な蝶になって、あいつらを見返してやる……むにゃむにゃ』



 やがて蛹の背中がパカっと割れて、中から大きな羽が現れた。しわしわに折りたたまれた羽は窓から差し込む陽光を浴びて、次第に伸びて、広がっていき……



『……蝶というより』

『蛾だな』

『見てよ、あの羽の、目みたいな模様』

『おえっ、気持ち悪っ』



 無事に羽化し、成虫となった妖精は誇らしげにメアリの前に立った。

 虫は虫なのだが、心なしか、きりっとしたように思える。



『僕の鱗粉を君にあげる。それを皇子にかければ、呪いは解けるはずだよ』



 メアリは感謝しながら、空の小瓶に鱗粉を詰めると、



「あなたは一緒に来てくれないの?」

『僕はこの剣から動けないから』

「だったら私が……」



『それはやめておいたほうがいいよ、メアリ』

『獣は武器の匂いを嫌うから』



 それもそうだと思い、妖精に留守をお願いして、メアリは外へ飛び出していった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。