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連載
甘い新婚生活③
しおりを挟む朝食の準備をしていると、後ろから軽く服を引っ張られて、メアリはぱっと振り向いた。精霊たちのいたずらかと思いきや、アキレスだった。また少し成長した彼は、ひざ下くらいの大きさになっていて、爪や牙も鋭く、徐々に猛獣らしさを醸し出している。けれどメアリの目には依然として可愛い子猫ちゃんにしか見えず、
「もうすぐご飯ができますからね」
ご飯を催促されているのだと思い、微笑んだ。
「ガウ」
「違う? ただ構って欲しかっただけ? もう、アキレス様ったら」
照れて恥ずかしがるメアリに「グゥ」と喉を鳴らすと、アキレスはおもむろに後ろ足で立ち上がった。前足を器用にメアリの肩に置いて、ぺろぺろと頬を舐め始める。
毛づくろいを好む猫の舌はザラザラしているが、獅子ともなると更に強力で、獲物の骨に残った肉を舐めてそぎ落とすことができるほどだ。しかしアキレスの舌は、ザラっとはしているものの、痛みを感じるほどではない。力を加減してくれているおかげか、それともまだ人間的な部分が残っているのかは不明だが、くすぐったい程度だ。
傍から見れば、背後から猛獣に襲われ、今にも食われそうな体勢をとっているものの、メアリは気にしなかった。ただ彼に甘えてもらえることが嬉しく、なされるがまま、顔を赤らめる。
『おえっ』
『砂吐きそう』
『僕はもう吐いた。さっき食べたクッキー』
『もったいない』
『大丈夫、吐いたあとですぐに口の中に戻したから』
『やるなぁ、お前』
『それでこそ精霊の鑑だ』
こいつぅと肩を寄せ合いながら精霊たちは精霊たちで絆を深め合っていた。
「ん、アキレス様、そこは……」
一瞬だけ精霊たちの会話に気を取られたメアリだったが、いつの間にか床に押し倒され、なおもアキレスに舐められていた。上からのしかかられて、さすがに重い。すぐ近くで鋭い牙が見え隠れしている。けれど既に頭の中がお花畑になっているメアリは、顔や首筋、胸元あたりを舐められても一向に気にしない。それどころか、
「可愛い、アキレス様」
自分を傷つけないよう、懸命に爪を立てないようにしている姿に胸をときめかせていた。獅子の姿をしていても、アキレスはアキレスなのだ。愛する人に求められて喜ばない女はいないと。
『おい、さすがにこれはまずいんじゃないか』
『まずいよねぇ』
『何がまずいのよ、いいじゃない。二人は夫婦なんだから』
『げ、アルガ』
『来たの?』
『来ちゃ悪い?』
アルガが登場した途端、好き勝手騒いでいた精霊たちがさーと部屋の四隅に散っていく。残ったのはいつもの二人だけで、『のぞき見なんてサイテー』とアルガに睨まれていた。
『二人きりにしてあげるんじゃなかったの?』
冷たい視線にさらされながらも精霊たちは果敢に反論する。
『馬鹿っ、アルガっ』
『メアリをこんな猛獣と二人きりにしておけるかっ』
『見ろっ、今にも食われそうだっ』
『単にいちゃついてるだけでしょ?』
それの何が問題なのよ、と首を傾げられ、
『この鈍感野郎っ』
『このままメアリが――かんされてもいいってのかっ』
『人生最大の汚点になるぞっ』
『最悪、生きて帰れるか……』
『ん? 今何て言ったの? ……かん?』
『二度も言わせるなっ』
『頭に「獣」がついた「かん」に決まってるだろっ』
一瞬黙り込んだアルガだったが、
『……サイテー、死ねばいいのに』
仲間たちに向ける視線がいっそう冷ややかなものになる。
そんなアルガを無視し、戻ってきた精霊たちは輪になって会議を始めた。
『このままじゃ服を引き裂かれるのも時間の問題だぞ』
『ああ、奴は間違いなく興奮状態にある』
『例のものを見れば一目瞭然だ』
『メアリは気づいていないみたいだけど』
『あえて気づかせるか?』
『いや、かえって喜ばせる危険性が……』
『おい、みんな、奴がスカートに手をかけたぞっ』
『正しくは前足ね』
『議論している暇はないっ』
『……助けに入るか?』
『いや待て、まだ早すぎる』
『助けに入るのは一線を超えてからだ』
『一線って?』
『相手は猛獣だよ、線引きが難しすぎる』
『メアリに噛み付いたら、とか?』
『爪を立てたら、とか?』
『メアリの服が奴のヨダレでべちゃべちゃになる前にだっ』
そうと決まればあとは行動に移すだけだと、精霊たちは輪を崩し、戦闘態勢に入る。
『行くぞっ、野郎どもっ』
『おおーッ』
『ちょい待ち』
『そこをどけっ、アルガ』
『そうだっ、邪魔をするんじゃないっ』
『じゃなくて、なんか焦げ臭くない?』
『……そういえば』
『おい、見ろっ』
『朝食のパンケーキがピンチだっ』
『作戦変更っ』
『これよりパンケーキの救出に向かうっ』
目論見通り、仲間たちの関心が台所のフライパンへと向けられ、アルガはホッとした。彼らが馬鹿で助かったと。
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