愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

文字の大きさ
73 / 100
続き

胡蝶、思いの丈をぶつける

しおりを挟む
「例の混ざり者の件に、花ノ宮家の人間は一切関わっていない――皇帝陛下には既にそう申し上げた。麗子はあの通りキズモノにされたが、かろうじて生きている。元より、あの女は花ノ宮の人間ではないからな」



 最後の言葉に、伊久磨が僅かに顔をしかめるのが見えた。

 幸い、麗子夫人の姿はなく、夫を恐れて寝室に隠れている。



 胡蝶が花ノ宮侯爵――父に最後に会ったのは北小路家に嫁ぐ前夜だ。親子らしい会話など一切なく、「式では粗相するな」と一言注意されただけだった。身勝手で横暴で、使用人にも家族にも、一度として労いの言葉をかけたことがない。



 夕食の席に現れた侯爵は、相変わらずだった。紫苑がいるので多少なりとも謙虚に振舞っているようだが、傲慢不遜な態度が見え隠れしている。 



「だが、蛇ノ目という犯罪者がこの屋敷に潜伏していたのは事実。ゆえに屋敷の警備を強化するつもりだ。今後は私の許しなく、外部の者をこの家に入れることは許さない。特に胡蝶、お前の外出は今後一切禁ずる。龍堂院家に嫁ぐまでは、誰とも会うことなく独りで過ごしなさい」



 直後に薄ら笑いを浮かべた紫苑が口を開く前に、胡蝶は言った。



「嫌です、お父様」



 食事など初めから喉を通らないことは分かっていたので、箸を置いて立ち上がる。



「私はこのまま柳原家に帰ります。止めても無駄ですよ」

「……胡蝶、座りなさい。食事の席だ」



 紫苑の手前、最初こそは穏やかな声を出していた侯爵だったが、



「座りなさい、胡蝶」

「嫌です、お父様の言うことなど聞きたくありません」



 なおも反抗すると、ドンッと拳でテーブルを叩く音がした。



「いい年をして、幼子のような振る舞いはやめろ、見苦しい」



 低い声を出して睨みつけてくる。ここに摩璃子がいれば怯えてテーブルの下にでも隠れるだろうが、胡蝶は負けじと父を睨み返した。



「私を子ども扱いしているのはお父様のほうです。なぜいつも私の意思を無視して事を進めてしまうのですか? 叱責して言うことをきかせる前に、私がなぜ反発するのか、一度でも理由を訊ねたことがありますか?」



「子が親に従うのは当然のことだ」



 胡蝶はぐっと奥歯を噛み締めて、不遜な侯爵の顔を見つめた



「親に死ねと言われれば、その子は死なねばならないのですか? 心を殺して生きよと命じられたら、生きた屍のような人生を歩まなければならないのですか?」



 私にはできないと、胡蝶は強い口調で言い返す。



「ですからお父様の命令には従えません」

「出戻り女が生意気なことを。子どもを産んでもいないお前に、親の気持ちが理解できるものか」



 吐き捨てるように言われて、



「――愛してもいないくせにっ」



 我慢できず、気づけば侯爵に掴みかかっていた。



「子どものことなんて――私のことなんて愛してもいないくせにっ。手をつないでくれたことも、優しく抱きしめてくれたこともないくせにっ。何が親よっ。父親よっ」



 肩で息をしながら、思いの丈をぶつける。

 ポロポロと涙がこぼれて、自分でも止められない。



 さすがの侯爵も予想外の展開だったらしく、びっくりしたように目を見開いている。強く襟裳を掴んでいるせいで、少し苦しそうだ。



「い、伊久磨。何を黙って見ている。早くこのヒステリー女を私から引き離せ」

「父上、ヒステリー女ではなく、貴方の娘ですよ」

「どっちでも構わん、助けろっ」



 伊久磨はため息をつくと、



「でしたら条件があります」



 ぬけぬけと切り出す。



「じょ、条件だと?」

「この場で私に家督をお譲りください」



 おお、と面白がる紫苑を見、「殿下が証人になってくださいます」と付け加える。



「馬鹿なことを。まさかお前まで私を裏切るつもりか」

「私が父上の味方だったことは一度もありません。これまでも……これからも」



 胡蝶を押しのけて立ち上がると、侯爵は憤怒の表情で伊久磨を見下ろす。



「お前だけは、家族の中で唯一まともだと思っていた」

「ご期待に添えず申し訳ありません」

「言いたいことはそれだけか?」

「殴りたければどうぞご自由に。その代わり、母上には二度と手出しさせない」



 プライドを傷つけられた侯爵は咄嗟に拳を振り上げたものの、

 

「……なん、だ……」



 突如、違和感を覚えたように両手を見下ろす。

 

「手の感覚が……ない?」



 次の瞬間、崩れるようにしてその場に座り込んでしまった。

 懸命に立ち上がろうとするが、足に力が入らないようだ。

 

「お前たち、さては料理に毒を……」

「料理は問題ありませんでしたよ。僕もいただいたので」



 黙り込む伊久磨の代わりに紫苑が助け舟を出す。



「ああ、もしかしたら蛇ノ目の仕業かもしれません。伯父上を毒殺して成りすますつもりだったのでしょう」



 この言葉に、さすがに侯爵も青ざめる。



「だ、だったら早く医師を呼べ」



 伊久磨はしゃがみこみ、侯爵に目線を合わせると、



「私に家督を譲ると言ってくだされば、今すぐにでも」



 しつこく繰り返す。



「お、お前、よ、よくもこのような状況で……そ、そんなことが……」

「このような状況でもないと、私の言うことなど聞いてくださらないでしょう?」



 それに、と伊久磨は優しい声で続ける。



「お忘れですか? 父上。貴方も母上に同じことをしたのですよ」



 親子だから似たのだろうと伊久磨は笑う。



「さあ、早くご決断を。母上と同じ車椅子生活になるのは嫌でしょう?」 

「わ、分かった。全てをお前に譲る。だから早く私を助けろっ」



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

処理中です...