愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

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本編

悪妻麗子の企み

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「まあ、蛇ノ目、それは本当なの?」



 高級ホテルの一室にて、愛人との久しぶりの逢瀬を楽しんだ後、彼が口にした言葉に麗子は食いついた。

 

「あの炭鉱王が後妻を捜しているというのは……」

「はい、あの方は私のお得意様でして、彼から直々に花嫁探しを頼まれました」

「それで、条件は?」

「高貴な血筋の娘……それも下位ではなく高位貴族の娘をご所望だとか」



 平民の成り上がり風情が、なんと厚かましいと麗子は内心で毒つく。



「そのせいで花嫁探しは難航しております。いかに富豪の炭鉱主といえども、相手が平民というだけで、貴族の方々は相手にしませんから。しかも花婿は五十近い男、妾が二人いて、子どもが五人もいる」



 ――その上無学で、元は一介の労働者だものね。



「けれどそれ相応の対価は支払ってくれるわけでしょう?」

「ええ、結納金だけでもかなりのものですよ」



 提示された額を見て、麗子は舌なめずりをした。

 その上、結婚後は花嫁の実家に資金援助を惜しまないという。



 こんな美味しい話、見逃す手はない。



「高位貴族でも出戻り女になら、願ってもない縁談かもしれないわねぇ」



 その言葉を待っていたとばかりに、男はにやりと笑う。



「ええ、それはもう」

「けれど、あの娘を気に入ってくださるかしら」

「すぐに見合いの席を用意しましょう。女性の見た目にうるさい方ですから、どうぞ精一杯飾り付けてください」



 まるで生きた商品を扱うような口ぶりに、麗子は笑う。



「分かったわ。他には?」

「お嬢様に警戒されぬよう、見合いすることは伏せていただきたい」

「そうね、お断りされる可能性もあるし」

「その可能性はほぼないと思いますが」

「もう、蛇ノ目ったら。何をそんなに心配しているの?」

「お嬢様にはくれぐれも優しく接してくださいね。万が一、逃げられでもしたら……」

「説得ならわたくしに任せて。嫌とは言わせないわ」

「侯爵様も同意してくださるでしょうか?」

「あの人は子どもに無関心だもの。特に娘に対してはね。だから平気よ」



 厄介なのは口うるさい皇后の存在だ。

 おそらく可愛い姪っ子を金で売るつもりかと、反対してくるだろう。



 ――けれど胡蝶を説得して、結婚させてしまえばこっちのものよ。



 あれだけの大金が手に入るのだ。

 いくら皇后に目を付けられて、説教されようと構うものか。



「この件は内密に進めましょう」

「そうですね、それがいい」



 英雄色を好むというだけあって、炭鉱王は若い娘に目がなく、かなりの好色家だ。妾の他にも愛人が多くいるというし、暇さえあれば遊郭にも入り浸っているらしい。家では、彼の愛人を自称する女中たちが、しばしば妾と対立しているとか。おそらく胡蝶の結婚生活は、北小路家で過ごした一年よりも、過酷なものになるだろう。

 

 ――これであの娘はおしまいね。



 いずれ心身ともにやつれ果て、醜く老いていくに違いない。



 ――ああ、その日が待ち遠しいわ。



 たちまち上機嫌になった麗子は、再び愛人をベッドへと誘った。







 ***







 

「お嬢様、どうなさいましたの? 暗い顔をして」

「今しがた、本家から手紙が届いたの。元気でやっているか様子を知りたいから、一度、本邸に戻って来いと」

「侯爵様から?」

「いいえ、麗子夫人からよ」



 まあ、とお佳代は怒りをあらわにする。



「自分たちでお嬢様を追い出しておいて、なんて勝手のいいこと」

「……明日、迎えの車を寄越すそうよ」

「お嬢様、これはきっと罠ですわ」



 わかっていると、胡蝶はうなずく。



「あの人には好かれていないもの」

「お嬢様を呼び出す理由として、考えられるのは……」

「たぶん、誰かと見合いさせるつもりなのでしょう」



 それ以外に思いつかないと、ため息をつく。



「もう少し、ここにいられると思ったのだけど」

「諦めるのはまだ早いですわ。誰かに相談しましょう」



 胡蝶は笑って、首を横に振る。



「必要ないわ。遅かれ早かれ、こうなることはわかっていたから」



 貴族の娘として、家のために嫁ぐことは義務である。

 そう頭の中では割り切っているものの、多少の不安はあった。



 翌日、目に涙を浮かべたお佳代に見送られ、迎えの車に乗って本邸に到着すると、



「まあ、しばらく見ない間にまた綺麗になったわねぇ、胡蝶」



 麗子自ら迎えに出て、歓迎してくれた。

 どういう風の吹き回しか、愛想笑いまで浮かべて、思わずぞっとしてしまった。



 ――ここまでくると、怪しむなというほうが無理よね。



「まず、お父様にご挨拶を……」

「あの人ならいないわよ。いつものように、仕事で皇宮に詰めているわ」



 それを聞いてほっとすべきか落胆すべきかわからず、複雑な気持ちだった。



「それより、今から外へ出て食事に行きましょう。貴女のためにホテルのレストランを予約しておいたのよ。部屋へ行って、身なりを整えてらっしゃい。新しい着物を用意しておいたから」



 女中に甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、髪の毛を洗い、水仕事で荒れた手にたっぷりとクリームを塗り込められ、豪華な衣装を身につけられる。長い髪の毛を油を含ませた櫛で梳き、高く結い上げて、これでもかというほど装飾品を身につけさせられ、飾り立てられた。



 ――ただ食事するだけにしては、大げさよね。



 結局、身支度に一時間以上もかかってしまった。

 これだけ念入りに化粧を施されたのは、清春との結婚式以来だ。



 再び車に乗って、連れて行かれた先で、胡蝶は一人の男性に会った。

 日に焼けた肌に後ろに撫で付けた白髪まじりの髪、眼光鋭く、妙に威圧感がある。



「こちらにおりますのが、わが娘、胡蝶ですわ」

「聞きしに勝る、美しいお嬢さんですな」

「そうでございましょう?」



 てっきり見合い相手の父親だとばかり思っていたが、



「さあ、胡蝶、ご挨拶なさい。嵯峨野さがの勘助かんすけ様よ」



 どうやら彼が見合いの相手らしい。



 足先から頭の天辺まで品定めするような視線を向けられて、居心地悪いことこの上なかった。食事の最中も、ろくに会話もせず、ただこちらを観察するだけ。せっかくの高級料理も味がわからなくなってきた。

 

 ――実業家でいらっしゃるのよね。



 ずいぶんと歳が離れている気もするが、相手が貴族ではなく平民出身だと知って、胡蝶は好印象を抱いた。そもそも、こうなることはあらかじめわかっていたので、途中から覚悟を決めて、口を開く。



「嵯峨野様は、普段、何をお召し上がりになりますの?」

「……? 料理人が作ったものを」

「実は私、こう見えて料理が得意ですの。ですから……」

「私が欲しいのは妻であって、料理人にはありません」



 さも不愉快そうに顔をしかめられて、ショックを覚える。



「私が貴族ではないからといって、どうか見くびらないで頂きたい。金には不自由していないので、貴女にはこれまで以上の暮らしを約束しましょう。家事一切は他の者にやらせますので、貴女はただ美しいものに囲まれて、庭の花でも愛でていればよい」



 最後の言葉には、さすがに反発を覚えた。

 見合いを終えて家に戻ると、麗子は興奮気味に言った。



「ずいぶんと嵯峨野様に気に入られたようね。ぜひお前を妻にしたいと、早速色好いお返事を頂けたわ」

「……お父様はご存知なのですか、このこと」



 花ノ宮侯爵はプライドが高く、平民嫌いで有名だ。

 

「もちろんよ。そもそも旦那様が持ってきた縁談だもの」



 耳を疑うような言葉だが、既に自分はキズモノ――出戻りであることを考えれば、妥当な縁談といえるのかもしれない。



「ですが、親子ほど歳が離れていますし」

「だからこそいいんじゃないの。歳の離れた夫ほど、若い妻を大切にしてくれるものよ」



 麗子としては、何が何でもこの縁談を進めたいようだ。

 一度、柳原家に戻って考えたいと言うと、珍しいことに、快く了承してくれた。



「お佳代もああ見えて、もう若くないのだし。気苦労はかけないようにね」



 さりげなく釘を刺されつつ、車に乗り込む。

 移りゆく景色を眺めながら胡蝶は、涙をこらえることができなかった。

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