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第三章

幻魔の森

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 それから俺たちは入り口とは反対方向に進んでいった。
 出口から村を出て、目的地へと足を運ぶ。

 しばらく歩くうちに緑の気配が濃くなっていた。
 何となく人を遠ざけるような空気を感じる。
 自分一人だったら近づかないような、直感的に離れたくなるような雰囲気だった。

「幻魔の森って危なそうな名前だけど、俺が入って大丈夫なの?」

 地元の人でさえも近づかないのに、この世界のビギナーが立ち寄るのは危ないに決まっている。
 ミレーナがいなければ、今すぐにでも引き返すところだ。

「これがあるから大丈夫」

 彼女はくるりと振り返り、俺の腕を取った。
 ドキドキしながら見守ると紐上のブレスレットのようなものを装着させた。
 その意図が分からず、頭に浮かんだ言葉を口に出す。

「……もしかして、魔道具?」

「アミュレット。私の魔力が宿っているから、森に入っても影響を受けにくくなる」

「ありがとう。頼りになるよ」

 ミレーナはこちらを向いていたが、ほんの少し恥ずかしそうにして前方に向き直った。
 あるいはわずかな違いだったので、俺の見間違いかもしれない。
 彼女が移動を再開したので、気を取り直して足を運ぶ。

 やがて、明らかに怪しい気配がしてきたところで、注意書きの看板が立っていた。
 何が書かれているかは考えるまでもないが、「この先、立ち入り禁止」だった。
 日本でも異世界でも本気で入っちゃダメなのは雰囲気で分かると思った。

「幻魔の森は入った者の心を乱して、道を変化させて惑わす。私から離れないで」

「分かった」

 ミレーナの声はいつになく真剣だった。
 ブラウンベアーの時も危険を感じたが、この森も危険度が高そうだ。
 魔眼の変化に注意を向けておいた方がいいだろう。 
 
 来る者を拒むような気配を感じつつ、重い足を引きずるように前へと進む。
 彼女を信じたい気持ちと逃げ出したい気持ちが心の中で混ざっている。

 森の入り口らしきところを通過したところで、「ここからは気を引き締めて」とミレーナの緊張を帯びた声が聞こえた。
 幻魔の森というぐらいなので、境界線を越えてから奇妙な感覚がしている。
 霧のようなものが立ちこめており、視界を遮るように漂っている。

「私から離れないで」

「そりゃもちろん」

 ミレーナがいるから大丈夫なだけで、危険度が高い場所であることは間違いない。
 生い茂る木々と霧の影響で昼間なのに薄暗く、今更ながら引き返したい気持ちである。
 ウィニーの無茶ぶりに抗議したいところだ。

 ミレーナが先行するかたちで歩き、一歩ずつ足を運ぶ。
 普段は人の出入りがないようで道なき道といった感じだ。
 倒れた木の幹が横たわり、それを乗り越えて進む。

 周囲の状況に注意を向けながら、足元にも気を配らなければならない。
 明らかに平坦な道を歩くのに比べて負担が大きかった。
 早急にアルミンを見つけて、村へ戻った方がいいだろう。

 ミレーナから離れないように集中しながら、慎重に足を運んでいく。
 前方の変化に気づいて顔を上げると、道の先は開けた場所になっていた。
 そこに大人の胴体と同じぐらいの大きさのキノコがちらほらと生えている。
 一見するとファンシーなテーマパークのオブジェクトに見えなくもない。

「……? 毒キノコ?」

「ダメ、近づかないで」

 ミレーナが素早い動きで制する。
 毒々しい見た目から予想がつくが、触れてはいけないキノコだと理解した。
 とてもじゃないが、食べるという発想にならないような毒々しい存在感。
 ゴブリンと同じように異世界にいるのだと実感してしまう。

 二人でキノコから距離を保った状態で歩く。
 目を離さないようにしていると傘の部分が揺れて、胞子のようなものが舞った。
 ミレーナはそれを見て取り、警戒を促すような声を出す。

「あれを吸うと身体がしびれて動けなくなる」

「ひぃっ、それは怖いね」
   
 そんなことを話しているとキノコの近くに小動物が歩いてきた。
 いや、このタイミングで近づくと危ないんじゃ……。
 案の定、胞子を吸いこんでしまい、バタンと倒れてしまった。
 その直後、小動物から一番近くに生えたキノコが地面から飛び出した。
 
「――えっ!?」

 出てきたキノコには手足が生えており、大きな口があった。
 あっという間に小動物を掴んで、その口に投げ入れた。
 その光景はホラー映画の一場面のようだ。 
 
 恐怖のあまり飛びのくように後ずさる。
 片足で枯れ木を踏んでしまい、枝が折れる音がした。
 音に反応したのか、一体のキノコが近づいてくる。

「しまっ――」

 思考が追いつかないままの状況で、ミレーナが割って入ったことを視界に捉える。
 彼女が手にした杖を掲げると冷気がほとばしり、瞬く間に向かってきたキノコが凍りつく。

「ふぅ、気をつけて」

「ごめん、ありがとう」

 危ない状況だったこともあり、ミレーナがため息を吐いていた。
 ここまで感情を表したのは初めてな気がする。
 
「今のが魔法?」

 凍りついたキノコは微動だにせず、生命活動を停止しているように見えた。
 もしもチートが存在するのなら、彼女の力がそうなのではないだろうか。

「うん」

 呆れたような素振りを見せたのもわずかな時間で、すでに淡々とした様子に戻っている。
 こんな森の中で責められてもいたたまれないので、救われるような思いだった。
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