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外を知る王女 6
しおりを挟む「新たな聖女様は、王女殿下だそうだよ?」
「王女殿下? うちの国にそんな人がいたのか?」
先日のお茶会でお披露目されたデザアト。
その噂は、瞬く間に国中を駆け回り、民達の注目の的となる。
「さあてねぇ…… そういえば、前の聖女様が身罷られた時、たしか御懐妊なさってたはずじゃ?」
「死産とか、聖女様と共に亡くなられたとか、色んな噂があったけど…… そういやお子がどうなったのか聞かないな」
「御歳十五というし、案外、その時産まれた方かもしれん」
口々に新たな聖女の噂をする民ら。
期待と歓びに満ちた彼らは、後に真実を知る。
王家が聖女を虐げ、聖女は聖女としての務めを果たせない状況なことを。果たす気すらないことを。
そんなデザアトは、今日、孤児院を訪れていた。
「ようこそお越しくださいました、聖女様」
「「「「ようこそおこしくださいましたっ!」」」」
玄関に居並ぶ職員と子供達。
元気に挨拶する子供の群れを見て、デザアトは軽く眼を見張る。
「……これが孤児院? 孤児とは親のおらぬ子供のことだな? 私と似たようなものだな?」
「……然様でございますね。中には親に捨てられた者もおりましょう。居ても居ない同然。デザアト様と同じですね」
あっさり認めるバルバロッサと違い、王に尽くしていたスチュワードは、軽く、亡き国王を擁護した。
「……けれど、デザアト様があのような状況にあると知ったならば…… きっと御父上は、すぐに救い出して下されたでしょう」
護衛騎士の悲しげな瞳に浮かぶ憐憫。それはデザアトに向けたモノなのか、それとも、何も知らず遥か高みに上がってしまった父王に向けたモノなのか。
不思議顔のデザアトの横で、バルバロッサもスチュワードの言葉に反論はしない。
ただ、それを知れる立場にありながら、己の悲しみに埋没して責務も義務も放棄した前国王に、彼は良い感情を持てなかった。
そんなこんなな雑談を交えつつ、孤児院の中を案内された一行。
「良いな。暖かそうな部屋だ」
暖炉に火がくべられ、パチパチと音をたてて燃える焰。質素だが絨毯が敷かれ、部屋の片隅に畳まれた多くの毛布や掛布。
これに包まり、寝転がりながら笑って、楽しそうに遊ぶ子供達。
過去のデザアトには何一つ用意されたこともないモノで満たされた部屋は、十分な拵えだと彼女は思った。
……が、実際は隙間風だらけで、建物には改築が必要。絨毯や毛布も擦り切れ、所々穴が空いており、かなり孤児院は困窮していた。
王女殿下が来るというので、今は多くの薪を使って暖炉を焚いているが、いつもなら朝晩しか焚かない贅沢だ。
……これを見て、良いとは?
困惑する職員達。
だが、彼らは知らない。デザアトが、これを良いと思えるほど劣悪な環境で長く過ごしていたことを。
子供達の食事風景も見せてもらい、デザアトは満足気に頷く。
「これならば大事ないのではないか? 王宮よりマシだな」
うんうんと首肯する王女殿下に唖然とする職員達。それとは別で、聖女に興味津々な子供達が、次々と声を上げた。
「王宮では御馳走ばかり食べているのではないのですか?」
「そうだよ、こんな薄いスープや野菜ばっかな飯じゃなくてさ。肉とか、一杯出るんだろ?」
純粋に疑問な子供や、少し皮肉げに吐き捨てる子供。それぞれ個性があるようで、デザアトもまた好奇心を擽られた。
「そんなことはないぞ? わたしは長く地下で幽閉されていたからな。食事も日に一度。これよりも薄いスープに残飯をぶち込んだモノしか食せなかったしな」
ぎょっと顔を強張らせる大人達。それは王宮から付けられた護衛も同じで、貴族である騎士団は今回の詳細を知っている。
慌ててデザアトの暴露を止めようと、若い騎士の一人が進み出た。
「王女殿下。そろそろ次の視察に参りませんと……」
「そうか。そんな時間か。では、御暇する。息災にな」
すっと子供の頭を撫でて、彼女は踵を返す。無言で付き従うバルバロッサとスチュワード。
その後ろから、先ほど皮肉った少年が声をかけた。
「今はっ? 今は、ちゃんとしたご飯食べられてるのかっ?」
生意気そうな声だが、その端々に見える小さな労り。こういったモノに敏感なデザアトは、自分の忠犬二匹の腕を掴んで振り返る。
「大丈夫だぞ? この二人が美味しい物を沢山運んでくれてるからな」
驚く二人は言葉もなく立ち竦み、そして次には、くしゃりと顔を歪めた。
「そうですね。沢山運びますよ。デザアト様を太らせるのが、私の使命です。二度と骨や皮だけな貴女を見たくはありません」
「……ですな。私もお傍を離れませぬ。もう、貴女を日陰になど追いやらせたりしない」
二人に守られるよう歩いていく王女殿下に、ほっとした顔をする子供達。
しかし、子供達には従者二人の呟きが理解出来なかったが、周りにいた職員には理解出来てしまった。
渋面を隠さない騎士団と、あの三人の間に横たわる複雑な温度差にも。
「……幽閉? 王女様を?」
「残飯って…… いったい、これまでどんな暮らしをなさっておられたんだ?」
「先生ー、残飯ってゴミのことでしょ? なんで聖女様は、そんなものを食べさせられていたのー?」
純朴な子供達の素直な疑問。
それに答える術を持たず、大人達は狼狽える。
こうして、ゆく先々で似たような問答を起こし、護衛につけられた王宮騎士団は冷や汗を余儀なくされた。
「……もう少し周りを慮ってはいただけませんか? 王家の恥をさらすような真似は……」
そこまで口にした騎士の一人が、スチュワードの凄まじい眼光に気圧されて押し黙る。
「恥? 誰のだ? デザアト様は何も虚偽は申しておらぬぞ?」
虚偽でないから困るのだと言いたいが、言えない騎士。ただでさえ祝福不足な我が国は長い困窮に襲われていて、民等の心が王家から離れつつある。
そんな中、聖女を冷遇していたなどと知られたら堪ったものではない。それこそ、暴動に発展しかねないと騎士は遠回しに告げた。
……まさか、それこそが二人の目論見だとは知らずに。
「そう思うだけのことをデザアト様にやってきた自覚はあるのですね」
「なのに口はばったいことは言うのだな。見栄を張る前にやるべきことがあろうに」
言われた意味が分からず、困り顔の騎士達。
それを冴えた眼差しで一瞥し、バルバロッサとスチュワードは、楽しそうに街を眺めるデザアトを優しく見つめた。
散々な結果に終わった孤児院の視察。
騎士団からされた報告に懊悩煩悶し、頭を掻きむしる兄達がいたのは余談だ。
しかし、そんな中にも芽吹いたモノがあった。
「子供とは面白いな。小さくて可愛いし、森の兎のようだった。アタシにも子供を産めるのだろう? 女は子を宿せる生き物だな?」
男女の造りを生物学的にしか知らないデザアトの言葉に、忠犬二匹は絶句する。
「産んでみたいぞ? どのようにしたら子を宿せるのだ? なあ、バル」
「いやっ! あ…… まだデザアト様には早いかと」
おたおた後退る家庭教師ににじり寄り、教えろと問い詰める無邪気な聖女様。
……そんな無垢な眼差しで見ないでくださいぃぃーっ!! 教えられませんよ、まだっ!! 知ったが最後、貴女、試そうとするでしょうがぁぁーっ!!
その相手に選ばれるのが誰なのか、容易に想像出来てしまうため、バルバロッサは貝のように口を閉ざした。
そんなバルバロッサに、教えろ教えろと揺するデザアト。
茶番のような一幕を微笑ましく見つめるスチュワードを余所に、事態はどんどん暗転していく。
王宮を取り巻く不穏な空気は、徐々にその昏さを増していった。
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