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 解放された王女 3

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「三人だけの時はいつもと同じでも宜しいが、外では…… 特に王侯貴族の前では正しく言葉を使いましょう。そういった身分ある者は礼儀に煩いうえ、王女殿下を懐柔、あるいは貶めようと狙ってきます。足元を掬われてはなりません」

「足元をすくう?」

「デザアト様にわざと失敗をさせて優位に立とうとすることです」

「ゆうい?」

「侍女らのように貴女を殴る蹴るしたり、罵ったりと、気持ち悪いことをして嘲笑うことです」

 説明が悪意に満ちていて極論過ぎる………

 バルバロッサに学ぶデザアトを見守っていたスチュワード。しかし、それを止めることはしない。事の詳細など後々学べは良いのだ。極論であろうと、今のデザアトに必要なのは知識。
 王侯貴族の馬鹿しあいや足の引っ張り合いに対抗するなら、今の攻撃や防衛に特化した説明が最適だろう。
 そう判断して、二人はデザアトに詰め込めるだけ知識を詰め込んだ。
 それが偏り過ぎ、外に出たデザアトの感嘆の呟きで、彼女に太陽すら教えていなかったことを恥じたのも良い思い出。

 今の王族然とした彼女に胸が一杯な二人。

 王子らも別の意味で愕然としたまま、言葉もない。


 ……これが妹……? 妹って、もっとか弱くて守りたくなるものじゃ……? 僕ら全力で攻撃されてない? 仕方ないことだとは思うけど、これは………

 小さく喉を鳴らすエーデル。

 ……なんだよ、こいつっ! 俺らが悪かったとは思うけど、父上の死に涙すらないのかよっ! ……知らない人間が死んだだけだから悲しくもないのか。そうだよな。

 理不尽な怒りを自問自答で鎮火するスフィア。

 ………驚いた。これはこれは。弟達より、よっぽど弁がたつし、冷静な分析だ。何も学んでいないわけがない。どういうことだ? バルバロッサ達は何か隠しているのか?

 明後日な方向に思考を持っていかれるガイロック。

 各々三種三様で黙り込む王子達。

 そんな彼らを無視して、満足な食事をしたデザアトが眠たげに広間から退出した。その後ろ姿を見送り、ギンっとバルバロッサを睨めつける兄貴ーズ。

「どういうことだっ?! 妹は学びもなく動物みたいだと言っていなかったかっ?!」

「無論、教えましたよ。幸いデザアト様は非常に賢い方でした。際限なく水を吸い込む砂漠のように知識を呑まれ、口調もそれなりに操れるようなられました」

 しれっと宣う家庭教師を噛みつかんばかりな眼で睨むスフィア。二人に漂う剣呑な空気が漲るが、その間にエーデルの力ない声が割り込んだ。

「あの…… 食事の作法は? まるで獣みたいな食べ方でしたが……」

「王宮地下ではデザアト様が警戒心全開でまともな食事をしてくださらなかったのです。離宮に移り、ようようマナーを教えられると思ったところでしたのに……」

 お前らのせいだと言外に含まれ、エーデルは赤面する。そういえば食事中にもそのような含みを耳にしていた。なんと愚鈍なことを聞いてしまったのかと、羞恥に身悶える末っ子様。

「……まあ、これからということか。一日も早く聖女として務められるよう頼んだぞ?」

 ……言われるまでもない。そんな枠に収まらないくらい、見事な淑女にしてやるさ。……いや。ふふ。仕上げを御覧じろだ。

 それぞれ思うところがあったらしい王子達は、しばらく来ないでくれというバルバロッサの言葉に頷いた。
 言葉遣いはともかく、あのようにマナーもへったくれもない状態では、聖女どころか王女としてもお披露目は出来ない。
 今年十五歳なデザアトは丁度社交界デビューの適齢期でもある。それを半年後と定め、ガイロックはバルバロッサにくれぐれも宜しくと言い残していく。
 悄然と背を丸めるエーデルと、それを支えるスフィア。喜怒哀楽の欠如した動物のような妹と言われた意味を正しく理解したらしい二人は、やって来た時のような意気揚々さが失われていた。

 幾つもの贈り物を携えてきたのに、デザアトは褪めた一瞥を投げただけ。中身を見ようともしなかった。
 そこで三人は違和感を持ったのだろう。人間らしい物欲など欠片もないのだと。

 さらには晩餐でのアレコレ。現実を理解し、打ちのめされた兄達。

 自分らは完全に悪役だと悟った兄貴ーズの顔は、酷く苦いモノに変わる。それだけで、バルバロッサやスチュワードは胸の空く思いだった。
 この数日の付き合いでしかないが、王女の家庭教師と護衛騎士は彼女にかなり傾倒している。不敬ギリギリを見定めて口にするほど、彼等は王子達に物申した。全てはデザアトの平穏のために。

 そして、ふとバルバロッサの眼が見開く。

 王子達の見送りに玄関まで出てきた彼は気づいたのだ。

 離宮周りの草花が狂い咲きしていることに。

 少し歩いた先に咲く黄色い花。これは今の季節に咲く花ではない。
 さらっと見渡しただけでも、季節を問わずあらゆる草花が芽吹き、柔らかく揺れていた。

「……聖女か。なるほど?」

 ふくりと眼を細めて、バルバロッサはデザアトが眠っているであろう二階のバルコニーに視線を振る。そこに這う蔦すらも多くの芽が分け出で、新緑に萌えていた。

 兄達ーズの邪魔は入ったものの、今夜の美味しい一時をデザアトは楽しんでくれたのだ。彼女が少しでも幸せであったなら、それで良い。
 聞くまでもなく、デザアトの心情を物語る周囲の緑。

 バルバロッサは、知らず深まる笑みを止められない。

 上機嫌で鼻歌を口ずさみ、彼は離宮に戻る。

 後日、報告を受けた王子達が、すっ飛んでくるとも知らずに。





「祝福が発現しているではないかっ! こんな所でなく、もっと多くを満たすよう指導してくれっ!」

「勝手を申されますな。ここでしか発現しないということは、王女殿下にとって、ここしか要らないということです。まずは己の不出来を省みられませい」

 そう。なぜかデザアトの祝福は離宮周辺のみにしか発動しなかった。むしろ発動し過ぎで、離宮の周りは鬱蒼とした森に変化しかかっている。
 玄関先でギャンギャンやらかすバルバロッサと兄達ーズを二階の窓から見下ろし、毎度お馴染みな疑問顔の聖女様。
 
「兄上様やらとは何をしにきているの? まだ、あたしに死んでほしいのかな?」

「滅相もない。貴女様が幸せであられるのが、王子達の願いです。……たぶん?」

 答えるスチュワードにも王子らの本心は分からない。そのため、ついつい濁る口。
 今回の説明からすれば、王子達は心の底から妹を憎んでいたはずだ。そして忘れ去った。人としてあるまじき行いだ。そんな彼らが改心したなどとスチュワードは勿論、バルバロッサとて思ってはいない。
 自分達が受けた衝撃の傷跡を舐めるため、妹を懐柔しようとしている。自戒に陥ったのも事実だろう。だがそれは、デザアトが聖女となったせいで起こったに過ぎない。

 不味いことなったと。

 不都合な現実を目の当たりにし、それを有利に進める努力しているだけなのだ。バルバロッサやスチュワードはそう感じた。
 実際にデザアトと会わせたことで、その想像は確信に変わる。
 彼らが口にしたのは、彼女が真っ当な教養やマナーを覚えられるかどうか。王族、ひいては聖女として表に出せるかどうか。そして、最終的には国に貢献出来るかどうかなのだろう。さすがに、そこまで口にはのぼらせなかったが。
 あんな短い時間の間にも、王子達に肉親らしい労りや優しさは窺えなかった。

 外の喧騒を窓から眺めるデザアト。彼女にも、肉親に対する何かは見えない。物珍しげな雰囲気は感じられるが、ただそれだけ。表情は全く動いていない。
 思わず痛ましげに眉を寄せ、スチュワードはカーテンを引いた。

「今日は何をなさいますか? バルバロッサ殿がスゴロクというゲームを取り寄せてくださいましたよ。後でやりましょう」

 スチュワードが軽く手をひらめかせると、待っていましたとばかりに運ばれてくる御茶一式。

「御茶か。良いね、ここに来てから毒も何も仕込まれないし、安心して食べられるわ」

 バルバロッサとスチュワードには警戒しなくて良い。そのように刷り込まれ、素直に受け入れていくデザアト。彼女を地下に閉じ込めていた家族と、ああして真っ向から対峙してくれるだけで二人は信頼に値する。少なくともデザアトは、そう思っていた。
 美味しい御飯や、沢山の玩具。温かなお風呂や寝床。毎日笑顔で遊んでくれたり、勉強を教えてくれる二人に彼女は心を寄せていく。

 心地好く浸れる肉親らしい情。それを全くの他人から学びつつ、幸せの階に足をかけたデザアト。
 
 だがそれは、この先、兄達を滅びに導く序曲でもあった。
 
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