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 招かねざる客 1

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「...............」

「..........こんにちは」

 仏頂面を隠しもしない男の前には小さな二人の子供。

 春の兆しが見え始めた山の中の一軒家にやってきたの子供は、亡くなった姉の忘れ形見。
 上の兄は賢、五歳。下の妹は聡子、三歳。
 引き取ってくれた叔母夫婦が海外に隠居する事となり、亡き姉の弟である睦月に押し付けてきたのだ。

 あんの婆ぁっ、置き去りにしていきやがってっ!!
 何で俺が、こんな田舎の山の中で暮らしてるのか知りもしないでーっ!!

 長めのサラサラな髪を後ろで一つ結わきにし、やや切れ長なキツい眼をした睦月。
 中肉中背だが、線の細い優男な彼は、特異な官能小説で身をたてている。
 幼児を対象としたアダルトモノだ。
 何故なら、彼自身がそういう嗜好の持ち主だから。

 ゆえに彼は世の中の禁忌に触れないよう、こんな不便な場所で世捨て人みたいに暮らしているのである。

 そこへ投げ込まれた子羊二匹。

 姉が生きている頃から近づいた事もない二人。

 上の賢が生まれた時、睦月は思いきって御見舞いに訪れたが、そこは地獄だった。
 周囲に溢れる赤ん坊。悩殺されるような甘い香り。赤子を抱く産婦とすれ違うたびに、睦月は気が狂うかと思うような劣情に襲われた。
 冬だった事が幸いし、厚手のコートがその欲望の禍々しい象徴を隠してくれる。
 激しい動悸と戦いつつ、両親が既に他界している睦月は、姉が出産の世話になった叔母に案内されるまま、ガラスごしに生まれたばかりの姉の息子を見た。

 ……後悔した。

 オムツ一つで保育ケースにいる新生児。そんな幼気なモノにまで、どす黒い欲望が腹の奥から湧き出でる。

 だめだと悟った、もう無理だと。

 結果、職業柄、住む場所を選ばない睦月は、亡くなった両親の遺産を使い、人里離れた山と一軒家を買ったのだ。
 街まで車で一時間はかかるひなびた僻地。
 周囲に子供が存在しない我が家は、実に静謐で、彼の渦巻く欲望を鎮めてくれた。
 だが、静かな生活に浸るなか、またもや試練が睦月を襲う。

 二年前、まだ乳飲み子だった二人を遺して、姉夫婦が亡くなったのだ。
 さすがに独身男に赤子を任せるような鬼はおらず、叔母夫婦が引き取ってくれた時には、心の底から安堵した。

 しかし、あの二年前の葬式の日を、睦月は未だに忘れられない。

 その日、葬式の最中だというのに、彼の眼は赤子らに釘付けだった。

 湧きあがる己の劣情に勝てず、誘惑されるまま、赤子に指をしゃぶらせたのだ。
 指をしゃぶるその小さな唇に欲情する。
 人目のない場所。その口に入れた自分の指をしゃぶらる赤子。いきり勃つ下半身。
 ちゅうちゅうと吸い付く小さな舌。それを指先で撫でると、目が眩むような快感で背筋が粟立った。

 ……ヤバい、ヤバい、ヤバいっ!!

 でも、止まらない。

 柔らかな唇を指でなぞり、うっとりとその唾液まみれな指を舐めて、睦月は脳内を駆け回る警鐘に耳を傾ける。
 人として有らざる欲望だ。こんな脆い生き物に捩じ込み、果てたいと思うケダモノのような劣情。
 恍惚とした眼差しで、睦月は赤子の唇を舐めて、オムツの隙間から指を差し入れる。
 温かく湿ったそこを柔やわとさすり、ぐっと指を捩じ込もうとした時。
 赤子が火がついたかのように泣き出した。
 途端に、はっと我に返り、睦月は顔を青ざめさせる。

 今、俺は何をしようとしたっ?!

 両手で口を被い、ガタガタと全身を震わせながら、彼は一目散に葬式場から逃げ出したのだ。

 以来、人として間違いを起こさぬよう山籠りを決断し、今にいたるというのに。
 ある意味、睦月にトラウマを植え付けた二人が目の前にいる。勝手な言い分なのは分かっているが。
 押し付けられた幼子二人に頭をかきむしり、睦月は致し方無く兄妹を家の中へ入れた。



「最初に言っておく。俺には近寄るな。いいな?」

 炯眼に見据える冷たい眼差し。ビクビクと怯える兄妹は、コクコクと頷いた。

 きらわれてるのかな?

 兄の賢が無意識に妹を抱きしめる。
 そんな憐れな幼子らを気にもせず、睦月は家にルールを作り、それを遵守するよう言い聞かせた。

 一つ、食事は置いておくから、各々で食べるよう。

 二つ、部屋を与えるから、妹の面倒は兄がみて、夜は部屋から出ないよう。

 三つ、必要なモノは通販するので、居間のテーブルに書いて置いておくよう。

「俺は仕事柄夜型だ。えーと、暗くなると仕事を始めるんだ。だから、暗くなったら、御飯を食べて早く寝なさい。良いな?」

 家を案内しつつ、睦月は子供にも分かるよう説明する。
 玄関から、居間、台所、トイレに浴室。そして二階の空いていた客間を二人の部屋にした。

「色々揃えるまで不便かもしれないが、ここで暮らしてくれ。字は書けるか?」

 賢が頷く。

「じゃ、これな」

 分厚いメモ帳とボールペンを渡し、睦月は居間の応接セットに腰を下ろした。
 そして思案するかのように天井を見上げ、低く呟く。

「身内の責任として、君らを育てる事は吝かではない。……が、正直なところ、困ってはいる。なので、なるべく顔を合わせないよう気をつけて成人してくれ。頼む」

 そう、長くても十年ほど。それを越えれば、二人に欲情することもなくなるだろう。
 現在、睦月の嗜好にドストライクな幼児二人。
 これを守るには、なるべく眼に入れないよう気をつけるしかない。

 必死に賢者モードを脳内に張り付け、睦月の綱渡りのような危ない同居生活が幕を上げた。
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