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野生の悪役令嬢 2
しおりを挟む「……して。エカテリーナ様は出久に?」
着いて早々、挨拶もそこそこに微笑む美丈夫。
すらりとした体躯の紳士然とした彼は、スチュアートと名乗りエカテリーナの専属執事として赴いたのだと説明した。
そして周囲を軽く見渡し、落ち着いた雰囲気の建物に眼を細める。
……悪くはないな。お嬢様お一人なら過不足なくお世話出来そうだ。
呆気にとられるレグザを尻目に、スチュアートは使える部屋があるか尋ねた。
「客間でかまいませんので。出来たらエカテリーナ様のお部屋に近いほうが仕事しやすくありますね。こっちは私の雑用担当のネールです。彼にも使用人部屋を用意していただけますか?」
テキパキ支持する彼は、くるりとレグザを振り返り、如何にも嬉しそうな顔で問いかける。
「……して。エカテリーナ様は出久に?」
言いづらそうに口ごもりつつ、レグザは答えた。
「釣りに行った……? 釣りぃぃっ?!」
素っ頓狂な顔で二回確認するスチュアート。
そんな彼が茫然自失していた時。メイドがレグザの下に駆けつけた。
「あのっ! お客様が眼を覚まされましたっ!」
「お客様?」
訝しげに眉を跳ね上げたスチュアートを見て、なぜか嵐を予感するレグザである。
「こ……、こうですか?」
「そうそう、それで引いたり緩めたりして、ルアーを不規則に動かすの」
それなりに発達している異世界ラステル。
文具同様、釣具にも遊びがあり、ルアーや毛針など色々揃っていた。稚拙だがリールもあったし、前世の経験を生かして、薫はフーに釣りを教える。
かかるまで待つ釣りも悪くはない。だが、アウトドア全般が好きな薫は、全身を使って投げる方が好みだった。
キラキラ踊るルアーが水の中を引きずられ、それを小魚と間違えた魚が食いつくよう誘導する。
二人は涼も兼ねて膝上まで足を丸出しにし、水に浸かりつつ竿を操った。懇切丁寧に教えてもらい、フーは真剣そのもの。
夢中になってリールを回し、竿を立てたり寝かせたりして辿々しくルアーを引き寄せていた。
……良い顔してんね。やっぱ身体を動かすことが子供には一番よなあ。
十三歳近くなったフーは身体もしっかりしてきたし、前のような脆弱さは微塵もない。あれもこれもと食べさせてきた薫の努力の結果だ。
発育不全ぽかった少年は十分な栄養を与えられ、ぐんぐん成長した。それこそ、この半年で二十センチ以上伸びている。このままいけば、あっという間に身長を抜かされそうな薫。
「ちょっと…… 休憩すんね」
「あ…… 大丈夫ですか? 今、飲み物を……」
慌てて竿を投げ出そうとするフーにひらひらと手を振り、薫はぽっこり目立つようになったお腹をさすりながら湖の端に座り込む。
「勝手にやるから続けて~、今日の夜ご飯、楽しみしてるから。魚食べたかったんだよね~」
にっと笑う薫に頷き、フーは再び竿を振り仰いだ。
……僕が必ず。待っていてくださいね、お嬢様っ!
長閑なせせらぎや鳥の囀りを耳に、薫はバスケットから果実水を取り出してコップに注ぐ。
……あ~、癒されるなあ。こうやって見ると、王都は灰色な風景だったんだねぇ。緑が眼に染みるわぁ……
所狭しと並んだ建物や舗装された石畳。街灯などもあったのは有り難いが、植物は僅かしかなかった。
推定七ヶ月を越えたあたりから、急激に膨らんできたお腹。特注で作ったマタニティドレスが間に合い、なんとか伯爵家本邸では気づかれずに済んだし、胸元下からすとんっと落ちるドレスに変な顔をされたのも御愛嬌。
……もうすぐ会えるね、チビ。……ん? あ。
「名前…… どうしよ?」
まさかチビと呼ぶわけにもいかない。
……考えておかなきゃなぁ。……あふ。眠……
昨日まで馬車に揺られていたのだ。知らず疲労の溜まっていた薫が、ぽかぽかした陽気に微睡んだ時。
突然、馬の嘶きとけたたましい蹄の音が聞こえた。
「え……?」
薫と同様、フーも何事かと振り返っている。
そこに駆け込んできた馬に乗るのはスチュアート。さらに遠目には馬車も見えた。
ぎろっとフーを睨みつけ、馬から降りたスチュアートは音もたたない優雅な仕草でエカテリーナの前に跪く。
「大変お待たせいたしました。ご不自由でしたでしょう? これからは私がしっかりお世話いたします」
……うええぇぇっ? なんで、スチュアートが?
顔を引き攣らせながら薫はフーをチラ見した。フーはフーで顔を強張らせ、やってくる馬車を凝視している。
「……父さん?」
馬の横に並べるよう着けられた馬車で、背を丸めてお辞儀する男性。如何にも下働きですというその姿に見覚えがあった薫は、エカテリーナの記憶をサルベージした。
フーに必死にかばわれていた血まみれの姿。
「……フーのお父さん?」
その呟きを耳にし、スチュアートも思い出したかのように馬車を見る。
「ああ。はい、息子と共にありたいらしく、連れていってくれと申すので同行させました」
……グッジョブ! スチュアート!!
予想外の展開に驚きつつも、薫は眼を煌めかせてフーを見上げた。
「フー! もう良いんだよ? お父さんを避けなくてもっ! アタシ、気にしないから甘えておいで?」
……アタシ?
スチュアートがピクリと睫毛を震わせる。だが、彼にはそれよりも気になることがあった。
「失礼します」
そういって、彼はエカテリーナの腹を軽く触る。特殊な形状の服のせいであまり目立たないが、触ってみれば一目瞭然。
「御嬢様、これは……?」
……あ~、バレちゃったぁ。
みるみる見開いた彼の眼が、驚愕で大きく揺れた。
それに観念して、薫は子供のことを話す。
「……そういうことでしたか。……あんのクソ王子」
……なんか不穏な台詞が聞こえた気がするけど、無視しよう。うん。
「まあそんな感じ。なんで、この遠方の別邸で子供を産んで、静かに暮らすつもりなの」
「王都には戻られないのですか?」
「うん。子供が一人前になって巣立っても、ここで暢気に暮すよ? もう、ドロドロした社交界とかはうんざりだわ」
微かな苦笑いを含んだエカテリーナの笑みを見て、スチュアートは鷹揚に頷いた。
「承ります。不肖、このスチュワート。生まれた時から貴女様に忠誠を誓う執事ですゆえ。この命尽きるまで御伴仕る所存。王宮が如何なる手段に出ようと全て返り討ちにしてごらんにいれましょう」
……はい? なに? その喧嘩上等な雰囲気。
エカテリーナは知らない。
文武両道で護衛を兼ねた執事を探していた父伯爵が、厳選に厳選を重ねて選んだ従者。それがスチュアートだ。
王宮の高級官僚すら狙えた傑物を、生まれたばかりな愛娘のために多額の報酬で雇い入れた。それこそ、彼の生涯を買えるような値段で。
そして、超拝金主義だったスチュアートは、値段に見合う働きをするため日々研鑽を惜しまず、下手な騎士など足元にも及ばない実力を持つ。
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……お任せを。誰にも貴女の安息を奪わせはしません。
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「これよりお前を私の配下に置く。御嬢様に仕えたいなら、私が本気で従者として扱いてやろう。どうだ?」
「……はいっ! 是非にっ!」
躊躇なく二つ返事を返したフーを、満足気に眺めるスチュアートの昏い瞳。
ここに突然発生した《エカテリーナを守り隊》
受け取った金子の分、職務を全うしようと全力を注ぐ狂瀾執事と、それに追従する盲愛執事見習い。
物騒なことは一手に引き受けてくれるグルーピーがついたとも知らず、面倒事は終わったなとばかりに果実水をすする、暢気な薫である。
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