【R18】モブ令嬢は変態王子に望まれる

夕日(夕日凪)

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本編2

王妃の独白

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『王妃様。次のお子は……難しいかもしれません』

 フィリップが生まれてからしばらく経ち。次の子供も欲しいわね、と陛下とそんな話をしていた矢先に……侍医が沈痛な面持ちでそう告げた。病弱な私の体は、次の出産には耐えられないだろうと、彼はそう言ったのだ。
 諦めようかとも思った。けれど……どうしても、欲しかった。陛下との愛の証を私の命を賭してでも、この世にまだ残したい。そして愛したい。

 ――そうして侍医の反対を押し切って生んだのが、シャルルだった。

 シャルルを産んでから一年以上、寝台からほとんど出られない生活になってしまったけれど。可愛いあの子の顔を見ればそんな苦労は吹き飛んだ。
 長男のフィリップは愛らしいけれど、幼い頃から驚くほどに賢しく大人びた子供だった。周囲を冷静に観察し、その人品を見抜き、心の中で見切りをつけていく。その測るような瞳はたびたび母である私にも向けられた。
 王の資質としては、それは喜ぶべきものなのだろう。だけど私は……我が子ながらそんなフィリップが恐ろしかった。フィリップも恋を知ってからはずいぶん柔らかくなったけれど。私が思い描くような愛を注ぐには、時はもう遅かった。

 シャルルは、子供らしく、愛らしく、とても無邪気で。私は可愛らしいシャルルに全身全霊の愛を注いだ。
 けれど……シャルルは。

『母上、結婚したい人がいる。彼女しか私は選ぶつもりはない』

 ――十一歳になろうかというシャルルにそう言われた時。最初は子供の戯言だろうと思った。
 この国の成人年齢は十六歳だ。王族や貴族はそれまでに婚約者を作る、もしくは婚姻を結ぶことが多い。だから婚約者を作るには、適正な年齢ではあるのだけれど。
 それは『私が決めるべきこと』のはずだった。
 可愛いこの子が幸せな人生を送れるような相応しい女性を。この子の横に並んで恥ずかしくないくらいに美しく、この子の身分に恥じない家格を持ち、純粋なこの子を悪意から守れる狡猾さを持つ令嬢を、私が選ぶのだと思っていた。
 だからそんな令嬢たちを見繕ってシャルルの婚約者候補としていた。シャルルはどの子も気に入らないようだったけど。
 そんなシャルルが連れて来たのは……。

『……アリエル・アーデルベルグです、王妃様』

 シャルルが強引な手段を使ってでも手に入れたがった令嬢は、そこらに生えている野花のような女だった。
 どこにでも転がっている子爵家の出の、冴えない容貌の女。純朴で人が好さげで頭が悪そうな。そしてシャルルが惹きつけられたいやらしい体を持つ女。
 怯える彼女を観察しながら私はわざとらしいため息をつく。すると彼女はその純朴な顔に恐怖を浮かべ、びくりと身を竦ませた。
 せめて彼女が美しければ。せめて彼女が身分が高ければ。せめて彼女が狡猾であれば。彼女がなにかを持っていれば、ここまでの怨嗟の気持ちを抱かなくても済んだのかもしれない。……けれど彼女は、なにも持っていなかった。
 アリエルは王宮で咲くには脆弱すぎる。そしてシャルルは……傷つく彼女を見て悲しむわ。

 ――アリエルとでは、シャルルは幸せになれない。

 シャルルの隣に立つのは、もっとふさわしい子でなくてはダメ。
 王宮は貴女のような子が生きていける場所ではないの、アリエル・アーデルベルグ。
 私が差し出す小瓶を疑いもなく飲んでしまうような、貴女みたいな子では。毒を入れていたら、どうするつもりだったのかしらね?
 あんな凡庸な子、シャルルがそのうち飽きて手放す可能性が高いと思っているけれど。念には念を押しておかなければ。
 ごめんなさいね。貴女のことは……摘ませてもらうわ。


 ☆★☆


「ぁあああああああ!!!!」

 部屋に絶叫と陶器の割れる音が響く。メイドが二人視界の隅で肩を寄せ合う姿が見えるけれど、そんなものはどうでもいい。
 私のシャルルが、私のシャルルが、私のシャルルが。
 あの女と消えてしまった。

「母上。廊下まで大声が聞こえておりますよ」

 遠慮もなく扉を開きフィリップが部屋へ足を踏み入れる。その顔に張り付いているのは、哀れみと軽蔑。フィリップも私ではなくあの女の味方なのだ。

 ……シャルルを激怒させてしまった、あの舞踏会の夜。

『シャルル!』
『私はもうお前のいる王宮に戻る気はない』

 アリエルを背負い、シャルルは舞踏会の会場から消えてしまった。そしてそのまま王宮には戻らず……別邸にいると知った時にはほっとした。
 仕方がない。あの女との仲を認めるフリをしてでもシャルルを私のところに連れ戻そう。
 ……どうしたものかしらね。エレオノール嬢のことはシャルルはお気に召さなかったようだし……いえ、もう少し時間をかければ彼女のことが気に入ってくれるかもしれない。
 家格、美貌、狡猾さ。それがあそこまで揃っているご令嬢を他に見つけるのは骨が折れる。
 そうのんびりと考えていた時。シャルルが、アリエルと逃げた。

「シャルル……!!」
「母上の自業自得でしょうに」
「フィリップ!! 黙りなさい!!」

 フィリップの言葉に、思わず頭に血が上る。怒鳴られたフィリップは能面のような表情をしていた。

「父上と一度は引き離されそうになった貴女なのに。……シャルルと義妹殿の気持ちがわからないのですね」

 息子の言葉が、心にひっかき傷を作る。その傷からは生温かい血が流れ体中を満たしていく。

「黙りなさい、フィリップ!!」
「……ええ、失礼いたします。学園に戻らねばなりませんし」

 冷たい声音で言うとフィリップはコツコツと靴音を立てて去って行った。

 ――息子たちが、私の元から皆いなくなってしまう。

 あの女のせいよ。……あの女の。アリエル・アーデルベルグの。
 ……いいえ、本当は。―――の……。

 ……季節が変わり冬が来ても。シャルルは、見つからなかった。
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