【R18】獅子の麗人は鼠の従者の手のひらの上

夕日(夕日凪)

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獅子の麗人は甘やかされる

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「はい、エーファ様」
「……アウレール」
「はい?」
「どうしてお前は、私に……その。給餌をしようとしているんだ」

 目に前に差し出されたサンドイッチを見つめながら、私は困惑の声を漏らしてしまう。
 するとアウレールは可愛らしくにこりと笑った。

「エーファ様はお疲れなので。僕が甘やかすんです」
「あ、甘やかす……」

 そんなことには、慣れていないのだが。それに当主の威厳というものが……

「エーファ様、お食べになってください」

 そう言ってアウレールに悲しそうに眉を下げられると……私は逆らえなくなってしまう。
 口を開けて小さくカットされたサンドイッチを口にする私を見て、アウレールは心から嬉しそうに笑った。
 ……むず痒い。なんだこの状況は。

「エーファ様、可愛い」

 吐息とともにアウレールから漏れた言葉に、私はあっけに取られてしまう。
『美しい』だの『可愛い』だのと……アウレールはどうしてしまったのだ!

「魔女に悪い薬でも飲まされたか?」
「……なんのことですか?」

 アウレールはきょとんと首を傾げる。……そのあざとい仕草に、可愛いのはお前の方だ! と叫びたくなるのを私は必死に堪えた。

「だって、その。私を美しいだの、可愛いだのと……昨夜からお前はおかしい」

 言葉は終わりに向かうにつれて小さく萎んでいく。気まずい気持ちになってしまい、私はアウレールからふいと目を逸らした。
 だけどすぐに小さな手が伸びてきて、私の頬を両手で包む。そしてしっかりと目を合わせられてしまった。

「エーファ様」

 甘い声とともにアウレールの整った顔が近づいてきて、唇をそっと啄まれる。

「ア、アウレール!」
「エーファ様は美しくて、可愛らしい女性です。ずっと前から、そう思っておりました」
「うぇ!?」

 アウレールはまた唇を合わせる。私は目を見開いたまま、体を強張らせてされるがままになってしまった。
 私は誇り高き『純血の獅子』のはずだ。
 なのになんだ……このざまは。

「エーファ様、可愛い」

 甘く囁かれるたびに、『虚勢』という鎧が剥がれ……弱い部分が剥き出しになるような錯覚を覚える。だけどそれじゃダメなのだ。
 弱い私など……存在してはならない。

「アウレール、止めてくれ……」

 消え入るような声で懇願する。だけどその懇願は、アウレールの唇でまた拭われてしまった。

「エーファ様は、頑張りすぎなのです」

 ふわりと頭に柔らかな感触が落ちる。アウレールに……頭を撫でられているのだ。
 アウレールはよしよしと数度頭を撫でてから、今度は頬に口づけをする。

「が、頑張るのは当然だ。私は……弱くてはいけない。私は侯爵家の当主で、この地を守る騎士たちの長なんだから」
「エーファ様、貴女が心も体もお強いのは知っております。だけど息抜きをたまにはしませんと。どれだけ強い鋼でも力を加えられ続ければ、いずれは曲がって折れてしまいますよ」

 アウレールは私を抱きしめ、首筋に顔を埋める。訓練をしたばかりなのだ。汗臭いから勘弁してくれ! そ、それに密着度が……!

「僕も、獅子なら良かったのに」

 ……アウレールから苦しげな声が零れた。
 聞こえてきた言葉に、私は大きく目を瞠る。

「僕が『純血の獅子』であれば貴女に婚姻を申し込み、守ることができるのに。貴女が誰にも傷つけられない人生を……与えることができるのに」

 抱きしめる腕に力が入る。想像していたよりもしっかりとしたその腕は、アウレールが『男』なのだということを、否が応にも思い知らせてくる。

「……どうして、僕は鼠なんだろう」

 その小さなつぶやきは風の音に紛れて消えていった。

「アウレール、その。気遣いは嬉しいが……無理はするな」

 こんな女に『可愛い』や『守る』と言ってくれるアウレールは本当に優しい。
 昨夜抱こうとしたのも、きっと私のプライドを傷つけないためだったのだろう。そう考えれば納得がいく。
 だけど情けをかけられるのは……虚しいものだ。

「エーファ様。僕が貴女を哀れんで言っていると思ってませんか?」

 アウレールの声が剣呑な色を纏った。
 図星を刺された私は、思わずギクリとする。
 アウレールはもぞもぞと体勢を変えると、私の膝の上に向かい合わせで座る。そして黒い瞳で、じっとこちらを見つめた。

「あの、アウレール?」
「エーファ様は、鈍い」

 アウレールは頬を膨らませてそう言うと、無駄に大きな胸に顔を埋める。そしてすりすりと頬ずりをした。

「アウレール!?」

 私は激しい混乱に陥った。私の胸にアウレールの顔が埋まっているなんて、わけがわからないのだが!

「……僕は。貴女が好きだから抱きたいし、好きだから甘やかしたいんです。好きな女性が泣きそうだったら慰めたいし、頭も撫でたい。これだけハッキリ言えば、わかりますか?」

 オロオロとしていると、アウレールの口からさらなる混乱をもたらす言葉が飛び出した。

「そ、それは親愛――」
「恋愛感情です!」

 アウレールはきっぱり言うと、胸から顔を上げて私を見つめる。
 ……私の顔も真っ赤になっていると思うが、アウレールの顔も驚くくらいに真っ赤だ。

「本当は、ずっと言わずにいるつもりだったんです。だけど貴女が、昨夜あんなことをするから……溢れてしまった」

 甘く囁かれ、優しく口づけをされる。柔らかな唇が重っては離れ、また触れられ。
 唇の感触が心地良くて、永遠に繰り返されたいとさえ感じてしまう。

「好きです、エーファ様。貴女は?」
「わ、私は、その――」

 他の男なら、そもそもこんなことはさせないだろう。とっくに殴り倒して、半殺しにしている。
 だけどアウレールには、簡単に許してしまう。

 その理由はきっと――私もアウレールのことが好きだからで。

 それに気づいたとたん、顔が燃えるように熱くなる。
 そんな私を見て、アウレールはふっと色香のある笑みを浮かべた。

「……また今夜、部屋に行きます」

 彼は甘く囁くと、またひとつ口づけてから身を離した。
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