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転生勇者と魔剣編

番外編6 ラルヴァ教教団枢機卿長 ゲイリー・ライトニング(2)

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「す、枢機卿長様、どうしてこちらに?」
「当然、戦いで倒れられた勇者様のお見舞いに訪れたのですよ。お体の具合はどうですか?」
「は、はい、心配ありません! 怪我はちょっとありますが、このくらい……いたた!」

 無理をして体を動かそうとして、痛み出したらしい。慌ててベルが寄り添った。初々しいカップルみたいな真似しやがって、と枢機卿長は白けてしまう。

 アリアの報告からすると、本当に大した怪我ではないという。あれだけの激戦をこなしたにもかかわらず信じられないほどの軽傷だとか。ただ、流石に打ち身や疲労が激しいので、しばらく安静にした方がいい、とは医者の弁らしいが。

 ――聖剣の加護が働いていれば当然だな。

 などと見解を頭の中だけで述べる。

 聖剣の状態で使える力など、白き鎧を纏う――鎧着した状態のほんの一部に過ぎない。防御と回復の効果を持つ鎧を纏っていれば、むしろ無傷でもいいくらいだ。

 相手が、黒き鎧でなければの話だが。

「そ、そうだ。枢機卿長、レッド様――いや、レッドは、どうなりました? 捕まりましたか?」

 ベルにさすられたり水を貰ったりしていたが、思い出したようにそんな質問をしてきた。

「……まだ、見つかってません。こちらでも打てる手は打っておりますが、今のところ逃走先は不明です」

 捜索すらしていないよ、とは言わないでおいた。言えば間違いなく騒ぐと思ったからだ。

「そんな……大変じゃないですか! あんな恐ろしい力を持ったあの人を、放っておけばどうなるか……!」

 しかし、結果からすれば大差無かったようだ。傍らに置いてある聖剣を手に、ベッドから降りようとしたが、また痛み出したらしく呻き出す。

「無理をしてはなりません。君は体を休めることに専念なさい。あの恐ろしい黒き鎧と戦うには、万全の態勢で挑まねばならないのですから」
「――枢機卿長様は、あれを知ってるんですか? あの、この聖剣の鎧にそっくりな、おぞましい鎧を――」

 その恐る恐るといった質問に、アレンだけでなくベル、アリアたち従者の視線も枢機卿長に集められた。なるほど、確かに誰もが気になっていたろうなと、周囲の目が集まって初めて気付いた。

 どうしたものかとしばし逡巡した後で、

「――聖剣と対をなす魔剣ですよ」

 と述べた。

「対をなす、魔剣――?」

 オウム返しに聞き返すアレンに、「ええ」と答えながら続ける。

「聖剣――白き鎧に勝るとも劣らない力を持っています。ただし、普通の人間には扱えません。
 怒り、憎しみ、恨み――この世の全てを滅ぼしたいという強い感情が無ければ、鎧を召喚することは到底不可能でしょう。
 憎悪によって動き邪心によって力を増す――まあ、魔剣と称されるだけの禍々しさと邪悪な力を持った、禁忌の鎧――『黒き鎧』ですよ」

 そう、枢機卿長は、

 

 こうして言ってみると、なるほど確かに自分が騙りそうな虚言だなと納得してしまう。他人の弁であるのに、妙に違和感が無かった。

 そんな可笑しな感情を抱いているとは露知らず、枢機卿長の説明にアレンは青ざめる。

「な――そんな、そんな恐ろしい物を、どうして今まで置いておいたのですが!?」
「決まっているではありませんか。こういう事態に備えてですよ」

 自分としてはそれだけできちんと説明したつもりだったのに、アレンは意味が分からなかったらしく眉をひそめられた。この程度の事すら理解できないのかと内心舌打ちしつつも続ける。

「――万一、聖剣が悪しき者の手に渡ったり、聖剣の使い手が悪しき心に染まった時、それに対抗するための備えとして教団が保管していたのですよ。聖剣と戦えるのは、魔剣ぐらいしかありませんからね。
 ま――もっとも今回は、真逆の事態が起こりましたが」

 説明にアレンやベルだけでなく、アリアや他の従者たちも驚きを隠せない。まあ、彼女らもそんな話聞いた事も無いだろうから当然ではある。

 だからこそ、理解できないことがあった。

 いったいどうして、レッド・H・カーティスは魔剣を、黒き鎧を、そして契約する呪文を知っていたのか?

 少し可笑しなことを言ってはいたが、レッドは契約のための工程、自分の影に血を垂らし、契約の呪文を詠唱するということを完璧に把握していた。

 それだけではない。いかに契約したとして、あの鎧は容易に扱える代物ではない。初めて鎧着した時点で、手足のように扱えるなど信じられなかった。

 黒き鎧の事を知っている人間は、他にも存在する。例えば教団の枢機卿、その中でも極一部のエリート。あるいは四か国の国王かその重鎮、それも大貴族に属する古い家の当主クラス。それぐらいの人物はその存在を知っていた。
 何しろ、黒き鎧の伝説はこの世界の歴史と、切っても切り離せないからだ。

 しかし――扱う方法、契約する方法など、知っている人間はいない。
 そんな人物は、他ならぬ枢機卿長自身が全員殺した。今時、自分以外知っている人間がこの世にいるなどあり得ない。

 仮に誰かが知っていたとして、レッドが初めてであれほど上手く扱えたことに疑問が残る。枢機卿長は、黒き鎧を収納しておいたマジックアイテムを、ただの一日として手離したことは無い。練習する機会など、皆無のはずなのだ。

 そんな自問を、昨晩からずっと考えてはいるものの、結局何の回答も得られなかった。同じ疑問が、グルグル頭を巡っているだけだ。

 ――直接聞くしかないか。

 最終的に、その結論にしか行きつかない。全ての謎は、レッド本人に聞くしか解決する術は無いと枢機卿長は判断した。

 どっちにしろ、レッドをあのまま放置はできない。最悪、アークプロジェクト自体にも支障をきたす可能性だってある。そうなれば厄介だ。

 そのようなことを考えているなど、露ほども知らないアレンたちは、枢機卿長からの話を聞いて怖れおののいている。

「――そうですか。そんな恐ろしい物なんですね。やっぱり、今すぐ見つけ出さないといけないんですね」
「分かりました、ゲイリー様。やはりなんとか人手を割くよう手配して、すぐにでも反逆者レッドの確保を――」
「ああ、それはしなくていい」

 やけに畏まり使命感に燃えていたアリアに、冷水をぶっかけるような一言を枢機卿長は告げた。

「え……ゲイリー様、しなくていい、とは?」
「言葉通りだよ。捜索も、討伐隊とかも作らなくていい。あと、指名手配も止めといて。王国と冒険者ギルドにも、レッドに懸賞金付けたりするなって命じておいてね」
「は、はい?」

 何を言っているのか理解できないだろう。当たり前だ。
 非常に危険な魔道具を奪い取って逃げている輩を、探さずに手配もするなとは、耳を疑って当然ではある。

 誰もが頭の中を混乱させているところで、枢機卿長はその疑問に答えた。

「――僕一人で行く」
「え、ゲイリー様自らですか?」
「ああ、あの男は僕の手で確保する。レッドに……いや、黒き鎧に勝てるのは、僕しかいないだろうからね」

 それだけ言って、病室から出ようとする枢機卿長を、アリアは慌てて引き止めた。

「き、危険です! あんな怪物のような奴にゲイリー様一人で挑むなんて! せめて教団の実働部隊が到着するのを待って……!」
「必要無いよ。――違うか。役に立たないというのが正解かな?」

 しがみつこうとするアリアを手で制する。突き放すような台詞に、彼女は何も言えなくなってしまった。

「あの黒き鎧と戦えるのは僕だけだ。他の奴は手も足も出ない。だから、連れてった所で無駄だよ。一人の方が随分マシだよ。お気遣いは感謝したいけれど……君たちを無駄死にさせるのも心苦しいしね」

 それだけ言って、後は優秀な秘書たちに任せて病室を出ようとすると、

「いいえ、僕が行きます!」

 なんて言って、アレンが枢機卿長を止めてきた。

「――君はまだ怪我人でしょう。無茶をしてはなりません。ここは大人しくしておくべきですよ」
「大丈夫です! ――いいえ、行かせてください!  
 あの人は――レッドは僕が倒さなきゃいけないんです!」

 なんて、胸に秘めた想いを語り出した。

「僕は騙されて――良い様に利用されてきたのかもしれません。
 でも――それでもあの人は、僕たちの仲間だった人なんです。
 だから――あの人は、あの人だけは、僕が絶対に倒さなきゃ駄目なんです!」

 そう、自らの覚悟を説くアレン。アリアたち従者もその勢いに飲まれ、ベルに至っては感激しているのか涙ぐんでいる気がする。

「アレン君――いや、勇者様――」

 そんな彼の、熱い決意と使命感を読み取った枢機卿長は、彼に向き直ると、ニッコリと笑いかけて、



「お前、話聞いてたか?」



「……え?」

 その瞬間、

 右手でアレンの首元を掴むと、思い切り病室の壁へ叩きつけた。

「かっ……はっ……!」

 いったいこの少年のような儚い体で、どうやって出したのかという程の力で打ち付けたため、壁にはヒビどころか大きなへこみが出来てしまっていた。

 その場に居た誰もが、突然のことに衝撃を受けたまま動けない中、打ち付けたまま左手で目を覆う布をずらすと、ただでさえ赤く輝く瞳を血走らせ、怒りに染まった視線をアレンに向ける。

「――テメエごときじゃ話にならねえって言ってんだよ」

 そう、調子こいて驕り高ぶった馬鹿に恫喝する。
 布一枚に隠していた、激しい憎悪と憤怒を剥き出しにして、首を絞める力を強くした。

「ぐ、ぐぇ……」
「何様のつもりだ、おい? たかだか聖剣使える程度で――」

 さらに、首を掴んだままアレンの体を持ち上げ、大きく振りかぶると、

「粋がってんじゃねえこのクソガキがぁっっ!!」

 今度は、思い切り床に叩きこんだ。

 ドゴォン、という派手な音をして、投げ捨てられたアレンの肉体は壁同様に床をへこませ、クレーターが出来上がってしまう。

 クレーターの中心にいるアレンは、死んではいないものの意識を失っている。まあ、怪我が増えはしたと思うが。

「……医者を呼んでやれ」

 とだけ言って、呆気に取られている周りを無視して部屋から去ろうとする。

 閉じられていた病室のドアを開けるのも億劫になっており、蹴破ってそのまま出ていく。扉の前に控えていた衛兵が石の如く固まってしまっていた。

「――ん?」

 すると、そこで初めて、病室の近くに人が来ていた事を知る。
 突然破壊されたドアにギョッとした様子で、立ちすくむ壮年の男が二人。
 一人は貴族らしいゴテゴテと派手で悪趣味な服を着ているが、もう一人は怪我人らしく簡易な格好と右腕にギブスが巻かれていた。

「な、なんです、何をしているのですか枢機卿長殿?」
「――いや、別に何でも」

 それだけで話を終わらせたかったのだが、納得してくれないようで貴族らしい男が食いついてくる。
「なんです、それは――! いったい何があったのかちゃんと説明してくれませんか、我々は貴方の命に従ったのですぞ! その結果が、近衛騎士団の大損害だ! ロクな説明も無しに放置されては堪りませんな!」

 近衛騎士団と聞いて、ようやくこの男がオルデン家の現当主であると思い出した。そういえば、後ろにいる怪我をした男は近衛騎士団の団長であるガーズ・オルデン、このオルデン公爵の息子だった。

「ベヒモス討伐作戦に乗じて偽勇者と、反逆を目論む輩を確保するという密命は、貴方から下されたものではないですか! その前段階として、内通者であるヴィルベルグ家の息子も暗殺したのも貴方の指示だ! 我々は国王陛下から今作戦の指揮を任された貴方の命令通り、動いたのです! その結果がこれですか!?」

 こちらが黙っているのを良いことに、次々と罵声を上げるこの男が、どうしてここまで怒っているのかは知っていた。

 近衛騎士団は確かに王とその王が住まう都ティマイオを守護する騎士団であるが、その騎士団長の地位は代々オルデン公爵家かその親族が任されてきた。なので、実のところオルデン公爵家の私兵部隊という面も強い。

 無論、オルデン公爵家も王の配下である以上王命の方が上だが、近衛騎士団はオルデン公爵家の力と権威の象徴でもあり、また誇りでもある。近衛騎士団があるからこそ、オルデン公爵家は大貴族の中でも特別視される地位にいたのだ。

 その近衛騎士団が、教団のナンバー2とはいえ赤の他人に小間使いにされて、しかもその結果壊滅状態になったとなれば、機嫌が悪くなって当然と言えば当然だろう。

 そんな内情を、枢機卿長は理解していた。理解はしていた。
 罵声を浴びながら、視線を浮かせため息をつく。その態度にオルデン公爵はさらに頭に血が上ったようで激情を強くさせる。

「聞いているのですか!? 貴方の指示のせいで近衛騎士団はボロボロだ! 陛下と王都を守護するという大任を代々背負ってきたというのに、私は第一方面軍の軍団長に頭を下げねばならなかったのですよ!? 騎士団を再建するのに、どれだけの時間と費用がかかると思っているのです!? そちらでその費用を補填して――!」
「――あのさあ」

 そう言うと、枢機卿長はオルデン公爵の胸元に指を一本突きつけた。
 不意の事に、怒声を止めて驚くオルデン公爵に一言、

「お前、うるさいよ」

 と告げると、突きつけた指をチョンと一押しする。

 その瞬間、オルデン公爵の肉体はパァンと爆ぜた。

「――っ!!」

 目の前で、自分の父が破裂した光景に、返り血を浴びたガーズは戦慄する。

 五体がバラバラになったというより、五体そのものが爆発したような有様で、廊下には大量の血以外肉片一つ見当たらない。

 清掃され美しい姿をしていた貴族用病棟の一角を、血みどろにした枢機卿長は、自分は結界を張っていて返り血を浴びなかった。そのまま何事も無かったようにその場を去ろうとした。

「――おや」

 そこでふと、自分の傍にアリアがいたことに気付く。
 腰を抜かし、その場に座り込んでいる彼女もまた、血みどろだった。恐らく、先ほど去ろうとした自分を追いかけようとして、返り血を浴びる事態に巻き込まれたのだろう。

 さして気にも留めず、またその場を去ろうとした、のだが。

「ん――くっ」

 そこで、足の力が抜けて膝をついた。

「げ、ゲイリー様?」

 こちらの異常に、なんとか腰の力が抜けたままアリアは寄ってきた。

 枢機卿長の身を案じる彼女に対し、しばらく自分の手のひらを眺めていたが、ふとアリアの右肩に手をやる。

「ゲイリー……様?」

 少しの間彼女を見つめ、考えていた様子だが、ふと立ち上がると、

「――医者を呼んでやれ」

 とだけ言って、呆然とする者たちと血だけしか残っていない公爵に構わず歩き去っていった。

 ――まあいいか。かえって危険かもしれんし。今のままでも問題ない。

 などと考えていたものの、すぐに切り替えて別の事を頭に浮かべる。

 浮かんだのは無論、現在黒き鎧を奪って逃走しているレッド・H・カーティスである。

 ――あの野郎。

 実を言うと、枢機卿長は非常に機嫌が悪かった。
 というより、完全にブチ切れていた。

 理由は無論、レッドである。
 しかし、激怒しているのは彼が魔剣を奪い取り逃走したことに、ではない。

 枢機卿長が主導しているアークプロジェクトに支障をきたすから、でもない。
 魔剣がアークプロジェクトで担う役目など、たかが知れている。言ってしまうと、無くても別にいい。

 近衛騎士団や教団に損害を与えたから、でもない。
 そんな奴らの損害など知った事ではない。いくら死のうと、別にどうでもいい。

 自分の計画に反し予想外の行動を取ったから、でもない。
 予想や予定などその通りに進まないのが当然。むしろ想定外の事が起こるのは喜びである。何もかも想像通りの人生など、まったく面白くない。

 自らに傷を負わせたから、でもない。
 大した怪我ではないし、

 ただ一つ、許せないことがたった一つだけあった。
 今でも脳裏に焼き付いている、あのたった一言。



『――まさか、貴様に感謝する日が来るとはな、ゲイリー・ライトニング……』



 ――あの野郎、僕に礼なんて言いやがった……!

 恨まれるのも、憎まれるのも、呪われるのも別に構いはしなかった。

 ただ、舐められるのだけは御免だった。嗤われるのだけは、勘弁ならなかった。
 あの瞬間、自分を嘲った奴の顔が、忘れられない。息の根を止めねば気が済まなかった。

 あのクソ野郎を、この手で八つ裂きにしてやりたい。
 そんな憎悪と激情を胸に秘め、枢機卿長は足を進めていった。
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