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転生勇者と魔剣編
第五十五話 ベヒモス討伐作戦(4)
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ベヒモスの毒の球を聖剣で弾きながら、レッドは突撃の手を止めなかった。
次々と放たれるアシッドボール、その一つでもまともに喰らえば、レッドはドロドロの肉に早変わりするに違いない。
聖剣の加護とアレンの防御魔術で今は大丈夫だが、いつまでも続くものではない。すぐさま決着をつけねばいけなかった。
そのため、レッドもただ弾き落とすためだけに剣を振るっているわけではなかった。
「うらぁ! おらぁ!」
弾き落としながら、聖剣の光の刃を次々と放ち続ける。
幾度となく放たれた光の刃は、ベヒモスのその巨躯に吸い込まれるように命中し、その皮膚を切り裂いた。
しかし、どう見ても効いているようには見えなかった。
「くっそ、やっぱ無理か……」
ベヒモスは、今までのいかなる魔物よりはるかに強靭らしかった。このままでは、致命傷を与えるのは不可能だろう。
ならば、方法は一つしかない。レッドはどうベヒモスを殺すのか、既に考えていた。
かつて、ブルードラゴンを仕留めた一撃必殺の奥の手。
直接聖剣を突き刺し、その膨大な魔力を叩きこむ。
だから、ベヒモスに食らいつかねばならない。レッドは必死になって走る。
しかし、ベヒモスもそう簡単な相手ではなかった。
「ぐっ……!」
思わず、足を止めてしまう。連発された毒の球に、思わず力負けしてしまった。
アシッドボールの勢いが増している。自分から近づいているのだから当然だが、それだけではない。先ほどより明らかに強烈になっている。
あの魔物も、気付いているのだろう。
自分に向かってくる虫けら程度にしか見えない小人が、自分に害を為そうとしていることを。
攻撃が、どんどん激しくなっていく。前へ進むのも、難しくなってきた。
――あの力が使えれば。
レッドはそう悔しがる。
ブルードラゴン、そしてミノタウロスと戦った時使った、あの黒い靄を出した状態。
聖剣の光しか出していない今の状態よりはるかに強いあの力を引き出せれば、まだ戦える。そう思っていた。
しかし、それは出来なかった。
「……っ」
目だけでチラチラと辺りを窺う。
レッドが囮の形でベヒモスの攻撃を一手に引き受けているからか、メチャクチャにされた部隊も回復しつつある。戦闘も再開できるかもしれない。
だが、それがレッドを困らせていた。
――人が、多すぎる……!
レッドが使った時出る、あの黒い靄と輝き。あれが何なのかは、レッド自身見当もつかなかった。
けれども、まともな力でないことだけは確実だろう。だからこそ、衆人環視の中で使うことは躊躇われた。
あんな、魔物と同じ力を使い、何を思われるか。それが怖くてたまらなかったのだ。
「……まだまだぁ!」
レッドは、不安を振り払うように再び駆け出した。いずれにしろベヒモスを倒すチャンスは、今しかない。黒い靄の力を使わずとも、勝つ。そう決心していた。
(レッド……! 無茶しないで……!)
「やかましい! これしか手が無いんだよ!」
(でも……えっ!?)
こちらを止めようとしたラヴォワだったが、突如驚きの声を上げる。レッドは不審に思って問い質すことにした。
「おい、どうした!?」
すると、返答は恐るべきものだった。
(今、近衛騎士団の副団長が……スケイプが部下と一緒にベヒモスの方へ……! アトラスの杭を運びながら……!)
「なにぃ!?」
驚愕したレッドは、思わず後ろを振り返ってしまう。
するとそこには、確かに取り巻きたちを連れて荷車に積んだアトラスの杭を、運び出すスケイプがいた。
「――ラヴォワ、スケイプと念話を繋げ!」
(りょ、了解!)
ベヒモスの攻撃は続いている。とてもスケイプの下へ行く余裕はない。
そのため、レッドはラヴォワにそう指示する。
念話とは魔力で離れた人間に声を送る魔術だが、魔術師を介せば他人と会話することも可能になる。対象に魔力を注いでマーキングすることで、一時的に繋げるのだ。
その念話を利用して、レッドはスケイプと会話することが出来た。
「おい馬鹿、何してんだ! とっとと逃げろ!」
(――やかましい! この杭を打ち込めば奴の動きは止まるんだ、いいから黙って見てろ!)
「そんなもの打ち込む暇なんかあるもんか、いいから捨てて逃げちまえ! お前らが死ぬだけだぞ!」
(うるさい! 貴様一人にいい恰好させるものか!)
完全に聞く耳持っていなかった。こちらへの対抗心や功名心で、正常な判断が出来なくなっているのかもしれない。
これじゃまずい。そう思ったが、説得したところで止まるような輩でもない。
どうしたものかと一瞬迷う。しかし、そんな余裕は無くなった。
「――っ!」
レッドだけに集中していたベヒモスが、近づいてくるもう一つの集団へ視線を変える。つまり、スケイプたちだ。
(なっ……!)
スケイプの息を呑む声が聞こえた。思わず身がすくんでしまったに違いない。
その隙を逃さず、ベヒモスがアシッドボールを放とうとした。
「っ! あああああぁっ!!」
もはや、躊躇などしていられなかった。
感情を爆発させたレッドは、スケイプに当たる毒の球の射線を割り込むように跳躍し、アシッドボールの直撃を喰らう。
(レッド!)
ラヴォワ、の悲鳴が聞こえるが、レッドはダメージを負っていなかった。
全身に、白い光と黒い靄が放つ二色の衣を身に着けていたからである。
(レッド……なんだ、その姿は……)
「――知らん」
スケイプの愕然とした声に、レッドは素っ気なく返した。事実、本当に何も知らないのだから仕方がない。
そんな周りの驚きを無視して、レッドは指示を飛ばした。
「――アレン、ラヴォワ。スケイプたちに防御魔術を。ベヒモスの所へ行くまで援護してやれ。ロイもマータも付いていけ」
(え、でも……)
(ちょっと、あんた行かせる気?)
「いいから。――どっちにしろ、その杭は必要と思うしな」
レッドは自らの荒くなった息を、なんとか整えようとする。
先ほどからの戦闘の疲労だけではない。やはりこの黒い靄の力を使った状態は体力を非常に消耗する。いつまでも続けていられなかった。
(貴様、何を勝手なことを――!)
「頼む、協力してくれスケイプ。――正直、もう限界なのよ」
(っ! ――わかった、その作戦で行こう)
こちらの懇願に、スケイプも折れてくれた。あのプライドばかり高い男を引っ込ませた、としてつい笑みが零れる。
「さぁ……行こうかぁ!」
聖剣にさらに力を込め、光と闇の刃を輝きをさらに増す。
輝きは剣先より垂直に伸び、白と黒の刀身と化した。
つまりは、聖剣は何十メートルもの巨大な剣に変身したのだ。
「うらああああああああぁっ!!」
巨大な剣となった聖剣を、大きく振り下ろす。
白黒の刃は、まるで本当の剣のようにベヒモスの身を斬り裂いた。初めてそこで、巨漢の怪物が苦痛の声を上げる。
「まだまだぁ!!」
レッドも追撃の手を緩めない。振り上げ、横薙ぎと、何度もその刃をベヒモスへ叩きこんでいく。あれだけ強靭だったベヒモスの皮膚から、暗く濁った緑色の鮮血が流れだしてきた。
しかし、それでもベヒモスは倒せない。いくら斬っても、息の根を止められなかった。
それどころか、ベヒモスはその肥大化した口をレッドに向け、アシッドボールの構えを見せた。
「やばっ……!」
攻撃に夢中になっていたレッドは、一瞬反応が遅れた。聖剣で防ごうにも、大きく振り上げすぎて間に合いそうもない。
その油断を逃さず、ベヒモスの口から全てを溶解させる毒の球が発射され、ようとしたその時、
(アイス・エイジ!)
レッドの後方から放たれた無色の突風が、ベヒモスへ襲い掛かる。
今まさにアシッドボールを撃とうとした口が、たちまちのうちに氷漬けとなり、塞がれた。
「これは……!?」
さらに、攻撃はそれだけではない。
次々と炎、風、稲妻と様々な攻撃魔術があらゆる方向から放たれる。
それと同時に、大きな岩や弓も、ベヒモスを襲撃し出した。
レッドは、周囲を見回した。
すると、先ほどの攻撃でやられた部隊の者たちが、どうにか体勢を立て直して攻撃を再開したようだった。
「――スケイプ、俺が奴に隙を作る。その時に杭を打ち込め!」
(わかった!)
スケイプの返事がするかしないか、その一瞬でレッドは勢いよく跳躍した。
聖剣の力を使い一気にベヒモスへの距離を詰め、肉薄する。
「うおおおおおおおおおぉっ!!」
そして眼前に迫った巨躯に、光と闇の力を纏った聖剣を突き刺した。
ベヒモスは、口を塞がれながらも絶叫する。恐らく、この五百年間一度も感じたことの無い激痛だろう。
それに構わず、レッドはさらに刀身を深々と押し込むと、
「――爆ぜろ」
と言い、剣をひねった。
その瞬間、聖剣の膨大なエネルギーがベヒモスの体内に直接叩きこまれ、内部から爆発させた。
行き場を失った聖剣の輝きが、ベヒモスの皮膚を突き破ってあらゆるところから噴き出していく。
かつてブルードラゴンを倒した、聖剣の必殺技。
しかし、今回は具合が違っていた。
「馬鹿な……これでも……!」
思わず聖剣を抜いて後ずさるレッドは、自分の目を信じられなかった。
ベヒモスは、健在だった。
あのブルードラゴンを破裂させた一撃を受けて、なお立っている。
いや、立っているどころか、まだ動いていた。ダメージは喰らったのか動きは非常に鈍いが、口を塞ぐ氷をバラバラと剥がして、こちらへ憎悪と殺意を向けてくる。
だが、これで倒せないのは想定の範疇だった。
「――スケイプ、やれっ!!」
レッドが一撃を喰らわせている間に、アトラスの杭を乗せた荷車はすぐ傍まで接近していた。
スケイプ率いる近衛騎士団と、アレンたち勇者パーティが必死の思いで引きずって、ようやくここまで来れたのだ。
「後は、私がっ!」
そうスケイプが叫ぶと、彼はアトラスの杭に触れる。
その途端、彼とアトラスの杭は空へ浮かび上がった。
「……! 風の魔術か!?」
そういえば、再会した時スケイプは風の攻撃魔術を使っていた。飛行までは無理かもしれないが、風を使って浮かぶぐらいは出来るのだろう。
スケイプはそうして、自らとアトラスの杭をベヒモスの上空まで飛ばすと、
「喰らえええぇぇっ!!」
と、凄まじい速度でアトラスの杭ごと突っ込んだ。
「スケイプっ!!」
彼の身を案じレッドが叫ぶ。
スケイプがアトラスの杭を打ち込んだ途端、ベヒモスは氷を割るほどの勢いで絶叫する。
どれくらい咆哮を上げていたろうか、いつまで続くかと思った悲痛な叫びは段々と小さくなり、やがて途絶える。
そしてベヒモスは、立っていた四足を維持できず、そのままうつ伏せの状態で倒れてしまう。
ベヒモスを、封じる事に成功した。
次々と放たれるアシッドボール、その一つでもまともに喰らえば、レッドはドロドロの肉に早変わりするに違いない。
聖剣の加護とアレンの防御魔術で今は大丈夫だが、いつまでも続くものではない。すぐさま決着をつけねばいけなかった。
そのため、レッドもただ弾き落とすためだけに剣を振るっているわけではなかった。
「うらぁ! おらぁ!」
弾き落としながら、聖剣の光の刃を次々と放ち続ける。
幾度となく放たれた光の刃は、ベヒモスのその巨躯に吸い込まれるように命中し、その皮膚を切り裂いた。
しかし、どう見ても効いているようには見えなかった。
「くっそ、やっぱ無理か……」
ベヒモスは、今までのいかなる魔物よりはるかに強靭らしかった。このままでは、致命傷を与えるのは不可能だろう。
ならば、方法は一つしかない。レッドはどうベヒモスを殺すのか、既に考えていた。
かつて、ブルードラゴンを仕留めた一撃必殺の奥の手。
直接聖剣を突き刺し、その膨大な魔力を叩きこむ。
だから、ベヒモスに食らいつかねばならない。レッドは必死になって走る。
しかし、ベヒモスもそう簡単な相手ではなかった。
「ぐっ……!」
思わず、足を止めてしまう。連発された毒の球に、思わず力負けしてしまった。
アシッドボールの勢いが増している。自分から近づいているのだから当然だが、それだけではない。先ほどより明らかに強烈になっている。
あの魔物も、気付いているのだろう。
自分に向かってくる虫けら程度にしか見えない小人が、自分に害を為そうとしていることを。
攻撃が、どんどん激しくなっていく。前へ進むのも、難しくなってきた。
――あの力が使えれば。
レッドはそう悔しがる。
ブルードラゴン、そしてミノタウロスと戦った時使った、あの黒い靄を出した状態。
聖剣の光しか出していない今の状態よりはるかに強いあの力を引き出せれば、まだ戦える。そう思っていた。
しかし、それは出来なかった。
「……っ」
目だけでチラチラと辺りを窺う。
レッドが囮の形でベヒモスの攻撃を一手に引き受けているからか、メチャクチャにされた部隊も回復しつつある。戦闘も再開できるかもしれない。
だが、それがレッドを困らせていた。
――人が、多すぎる……!
レッドが使った時出る、あの黒い靄と輝き。あれが何なのかは、レッド自身見当もつかなかった。
けれども、まともな力でないことだけは確実だろう。だからこそ、衆人環視の中で使うことは躊躇われた。
あんな、魔物と同じ力を使い、何を思われるか。それが怖くてたまらなかったのだ。
「……まだまだぁ!」
レッドは、不安を振り払うように再び駆け出した。いずれにしろベヒモスを倒すチャンスは、今しかない。黒い靄の力を使わずとも、勝つ。そう決心していた。
(レッド……! 無茶しないで……!)
「やかましい! これしか手が無いんだよ!」
(でも……えっ!?)
こちらを止めようとしたラヴォワだったが、突如驚きの声を上げる。レッドは不審に思って問い質すことにした。
「おい、どうした!?」
すると、返答は恐るべきものだった。
(今、近衛騎士団の副団長が……スケイプが部下と一緒にベヒモスの方へ……! アトラスの杭を運びながら……!)
「なにぃ!?」
驚愕したレッドは、思わず後ろを振り返ってしまう。
するとそこには、確かに取り巻きたちを連れて荷車に積んだアトラスの杭を、運び出すスケイプがいた。
「――ラヴォワ、スケイプと念話を繋げ!」
(りょ、了解!)
ベヒモスの攻撃は続いている。とてもスケイプの下へ行く余裕はない。
そのため、レッドはラヴォワにそう指示する。
念話とは魔力で離れた人間に声を送る魔術だが、魔術師を介せば他人と会話することも可能になる。対象に魔力を注いでマーキングすることで、一時的に繋げるのだ。
その念話を利用して、レッドはスケイプと会話することが出来た。
「おい馬鹿、何してんだ! とっとと逃げろ!」
(――やかましい! この杭を打ち込めば奴の動きは止まるんだ、いいから黙って見てろ!)
「そんなもの打ち込む暇なんかあるもんか、いいから捨てて逃げちまえ! お前らが死ぬだけだぞ!」
(うるさい! 貴様一人にいい恰好させるものか!)
完全に聞く耳持っていなかった。こちらへの対抗心や功名心で、正常な判断が出来なくなっているのかもしれない。
これじゃまずい。そう思ったが、説得したところで止まるような輩でもない。
どうしたものかと一瞬迷う。しかし、そんな余裕は無くなった。
「――っ!」
レッドだけに集中していたベヒモスが、近づいてくるもう一つの集団へ視線を変える。つまり、スケイプたちだ。
(なっ……!)
スケイプの息を呑む声が聞こえた。思わず身がすくんでしまったに違いない。
その隙を逃さず、ベヒモスがアシッドボールを放とうとした。
「っ! あああああぁっ!!」
もはや、躊躇などしていられなかった。
感情を爆発させたレッドは、スケイプに当たる毒の球の射線を割り込むように跳躍し、アシッドボールの直撃を喰らう。
(レッド!)
ラヴォワ、の悲鳴が聞こえるが、レッドはダメージを負っていなかった。
全身に、白い光と黒い靄が放つ二色の衣を身に着けていたからである。
(レッド……なんだ、その姿は……)
「――知らん」
スケイプの愕然とした声に、レッドは素っ気なく返した。事実、本当に何も知らないのだから仕方がない。
そんな周りの驚きを無視して、レッドは指示を飛ばした。
「――アレン、ラヴォワ。スケイプたちに防御魔術を。ベヒモスの所へ行くまで援護してやれ。ロイもマータも付いていけ」
(え、でも……)
(ちょっと、あんた行かせる気?)
「いいから。――どっちにしろ、その杭は必要と思うしな」
レッドは自らの荒くなった息を、なんとか整えようとする。
先ほどからの戦闘の疲労だけではない。やはりこの黒い靄の力を使った状態は体力を非常に消耗する。いつまでも続けていられなかった。
(貴様、何を勝手なことを――!)
「頼む、協力してくれスケイプ。――正直、もう限界なのよ」
(っ! ――わかった、その作戦で行こう)
こちらの懇願に、スケイプも折れてくれた。あのプライドばかり高い男を引っ込ませた、としてつい笑みが零れる。
「さぁ……行こうかぁ!」
聖剣にさらに力を込め、光と闇の刃を輝きをさらに増す。
輝きは剣先より垂直に伸び、白と黒の刀身と化した。
つまりは、聖剣は何十メートルもの巨大な剣に変身したのだ。
「うらああああああああぁっ!!」
巨大な剣となった聖剣を、大きく振り下ろす。
白黒の刃は、まるで本当の剣のようにベヒモスの身を斬り裂いた。初めてそこで、巨漢の怪物が苦痛の声を上げる。
「まだまだぁ!!」
レッドも追撃の手を緩めない。振り上げ、横薙ぎと、何度もその刃をベヒモスへ叩きこんでいく。あれだけ強靭だったベヒモスの皮膚から、暗く濁った緑色の鮮血が流れだしてきた。
しかし、それでもベヒモスは倒せない。いくら斬っても、息の根を止められなかった。
それどころか、ベヒモスはその肥大化した口をレッドに向け、アシッドボールの構えを見せた。
「やばっ……!」
攻撃に夢中になっていたレッドは、一瞬反応が遅れた。聖剣で防ごうにも、大きく振り上げすぎて間に合いそうもない。
その油断を逃さず、ベヒモスの口から全てを溶解させる毒の球が発射され、ようとしたその時、
(アイス・エイジ!)
レッドの後方から放たれた無色の突風が、ベヒモスへ襲い掛かる。
今まさにアシッドボールを撃とうとした口が、たちまちのうちに氷漬けとなり、塞がれた。
「これは……!?」
さらに、攻撃はそれだけではない。
次々と炎、風、稲妻と様々な攻撃魔術があらゆる方向から放たれる。
それと同時に、大きな岩や弓も、ベヒモスを襲撃し出した。
レッドは、周囲を見回した。
すると、先ほどの攻撃でやられた部隊の者たちが、どうにか体勢を立て直して攻撃を再開したようだった。
「――スケイプ、俺が奴に隙を作る。その時に杭を打ち込め!」
(わかった!)
スケイプの返事がするかしないか、その一瞬でレッドは勢いよく跳躍した。
聖剣の力を使い一気にベヒモスへの距離を詰め、肉薄する。
「うおおおおおおおおおぉっ!!」
そして眼前に迫った巨躯に、光と闇の力を纏った聖剣を突き刺した。
ベヒモスは、口を塞がれながらも絶叫する。恐らく、この五百年間一度も感じたことの無い激痛だろう。
それに構わず、レッドはさらに刀身を深々と押し込むと、
「――爆ぜろ」
と言い、剣をひねった。
その瞬間、聖剣の膨大なエネルギーがベヒモスの体内に直接叩きこまれ、内部から爆発させた。
行き場を失った聖剣の輝きが、ベヒモスの皮膚を突き破ってあらゆるところから噴き出していく。
かつてブルードラゴンを倒した、聖剣の必殺技。
しかし、今回は具合が違っていた。
「馬鹿な……これでも……!」
思わず聖剣を抜いて後ずさるレッドは、自分の目を信じられなかった。
ベヒモスは、健在だった。
あのブルードラゴンを破裂させた一撃を受けて、なお立っている。
いや、立っているどころか、まだ動いていた。ダメージは喰らったのか動きは非常に鈍いが、口を塞ぐ氷をバラバラと剥がして、こちらへ憎悪と殺意を向けてくる。
だが、これで倒せないのは想定の範疇だった。
「――スケイプ、やれっ!!」
レッドが一撃を喰らわせている間に、アトラスの杭を乗せた荷車はすぐ傍まで接近していた。
スケイプ率いる近衛騎士団と、アレンたち勇者パーティが必死の思いで引きずって、ようやくここまで来れたのだ。
「後は、私がっ!」
そうスケイプが叫ぶと、彼はアトラスの杭に触れる。
その途端、彼とアトラスの杭は空へ浮かび上がった。
「……! 風の魔術か!?」
そういえば、再会した時スケイプは風の攻撃魔術を使っていた。飛行までは無理かもしれないが、風を使って浮かぶぐらいは出来るのだろう。
スケイプはそうして、自らとアトラスの杭をベヒモスの上空まで飛ばすと、
「喰らえええぇぇっ!!」
と、凄まじい速度でアトラスの杭ごと突っ込んだ。
「スケイプっ!!」
彼の身を案じレッドが叫ぶ。
スケイプがアトラスの杭を打ち込んだ途端、ベヒモスは氷を割るほどの勢いで絶叫する。
どれくらい咆哮を上げていたろうか、いつまで続くかと思った悲痛な叫びは段々と小さくなり、やがて途絶える。
そしてベヒモスは、立っていた四足を維持できず、そのままうつ伏せの状態で倒れてしまう。
ベヒモスを、封じる事に成功した。
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