スノウ・ホワイトは家出中

すなぎ もりこ

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「僕は自分が能無しだと知っている! 領地を治めるなど無理だ。数字を見ると頭が痛くなるし、肥しや家畜の匂いを嗅ぐと気分が悪くなる。社交場だって苦手だ。気の利いた会話など、まったくもってできないからな!」
「だから私が補佐すると申し上げているのです」
 グリンバルドが胸に手を当てる。スノウは目を逸らし、唇を噛んだ。
 お飾りの当主と囁かれ、使用人にも馬鹿にされながら生きる。グリンバルドがスノウに望むのはそういう未来だ。側で支えるふりをして、スノウの苦悩を糧に生きる。それが復讐だというのなら、受け入れるのが当然の義務なのかもしれない。
 しかし、どうしても呑み込めない。そんなのはまっぴらだと思う。両親が犯した罪を、何故自分が背負わねばならない?
 幼少のころは父母が大好きだったし、与えられる愛を疑いもしていなかった。
 けれど、スノウは見てしまったのだ。両親の本当の姿を。人が身の内に抱える醜い欲を。
 そして、スノウは、不変だと信じていた未来を失った。
 愛憎で狂っていく身内を目の前にして、スノウは怯えた。自分はああなりたくないと切に願う。親と自分は別の人間なのだと必死で己に言い聞かせた。今では血のつながりさえ憎い。
 窒息しそうな毎日に堪えきれず、屋敷を飛び出したスノウがたどり着いたのは、桃色の豪邸だった。
 森の中に燦然と現れたドワーフ公爵家の別荘である。
 あまりの違和感に唖然と立ち尽くすスノウを、七人の令嬢たちが出迎えた。
 美貌を褒め讃え、過剰なほどの世話を焼いてくれる姉妹に囲まれて、スノウはかつての幸せな日々を思い出す。自己愛に浸り、暗い過去や差し迫る現実を忘れた。
 そして、彼女らのもとへ入り浸るようになるのである。

「僕はお前の助けなどいらない。当主にもなりたくない。こんな家大嫌いだ」
 スノウは立ち上がると、グリンバルドに詰め寄る。グリンバルドは直立不動で受け止めた。
「彼女たちは僕を愛で、柔らかな身体で包んでくれる。僕のために薔薇を育て、華やかな香りで満たしてくれる。僕は存在するだけでいいのだと言ってくれる」
 グリンバルドは瞬きもせず、銀のまつ毛がかかる漆黒の闇で見下ろしている。
「僕になにも望まない。ただ美しく健やかであれと願ってくれる」
「人は老います。美しさは永遠ではないのですよ。いくら外を磨いたところで、いつかは枯れる」
「美しくあるための努力は惜しまない。それが僕の存在意義だからな」
 スノウはグリンバルドの首元に指を突き立てた。指先に触れた肌に身体が粟立つ。こみ上げてきた恐れにも似た感情に負けぬよう、スノウは声を張り上げた。
「僕が欲しいのはそういうものだ。お前にそれができるのか?! 彼女らの代わりなどお前に務まるわけがない!」
「……確かに。私には出来ぬことでございます」
 あっけなく認めたグリンバルドに、スノウは振り上げた拳のやり場を失い、狼狽える。
 グリンバルドは一歩後ろに下がり胸に手を当てた。一分の好きもない美しい所作で腰を折る。顔に半分かかっていた前髪が下がり、芸術的な造形の鼻を隠した。
「承知しました。わが君。貴方の望むままに」
 言葉を失い立ち尽くすスノウを残し、グリンバルドは颯爽と扉へ向かう。
「私にすべてお任せください」
 結ばれたシルバーブロンドが背中で揺れる。扉の向こうにその姿が消えても、スノウはその場を動けなかった。
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