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「スノウ様は何をお望みなのでしょう」
 スノウは口をつぐむ。本当のところ、自分がどうしたいのかわからない。ただ、この居心地の悪い環境から逃げ出したかった。そのための手段を、ずっと模索している。
 グリンバルドは鏡台の前にスノウを促した。スノウは素直に従う。
 歯の細い櫛を掲げたグリンバルドが鏡に映った。
「懐かしいですね。昔はこうしてよく御髪を整えさせていただきました」
 グリンバルドは器用だった。編み込みも結い髪も誰より上手で、選ぶ髪飾りもセンスが良い。スノウの拙い説明を理解し、イメージ通りに整えてくれた。
「変わらず黒檀のように艶やかで美しい髪です」
「その櫛で僕の首を刺せば、殺せるな。お前ならひと突きだろう」
「スノウ様は私の手にかかりたいのですか?」
 手を止めたグリンバルドを、スノウは鏡越しに睨む。
「お前の気持ちを代弁してやっているんだ」
「スノウ様は勘違いされている。私の望みは先ほど言った通りです」
 信じられるわけがなかった。
 両親がグリンバルドに与えた仕打ちを思えば、彼がこの家に忠誠を誓うなどあり得ないことだ。むしろ復讐を望むのが当然である。スノウのことも恨んでいるに違いない。疎ましいに決まっている。
「僕がいなければお前がこの家の当主になり、富を手にすることができる。そして、お前は真の貴族として認められる。念願だろう?」
 グリンバルドはスノウの前髪を横に流しながら、片方だけ覗く目を細めた。薄い唇がわずかに開く。どうやら笑っているらしい。
「そんなものに何の価値があると言うのでしょう」
 スノウはその返答が解せず首を傾げるが、グリンバルドによって真っすぐに正された。
「そういえば、昨晩の夜会で王太子にお会いしました。スノウ様の評判をご存知のようで、次回の舞踏会に出席して欲しいと仰せでした。是非、花を添えて欲しいと」
「王宮なんて行くもんか。僕の美しさを妬んだ男どもがこぞって意地悪をするに決まってる。王太子だって自分より目立つ存在があれば、面白くないだろう」
「考えすぎでは」
「ドアーフ家の姉妹が言っていた。王宮は恐ろしいところだと。僕のような純粋な人間はたちまち穢されてしまうから、行かない方がいいと忠言してくれた」
「……信頼していらっしゃるのですね」
「彼女らは聡明だ。そして、僕を全身で愛し守ってくれる。そばにいると、とても安らぐ」
「ドワーフ家のご令嬢をお望みなら、私が話を通しましょう」
 ローズオイルを掌に受け黒髪に塗り込むグリンバルドを見つめながら、スノウは答える。
「相手は公爵家だぞ」
「身分差があるとはいえ、お嬢様方はスノウ様をたいそうお気に召しているようだし、おひとりくらいはいただけるのでは?」
 スノウはぼそりと呟いた。
「七人もいるんだぞ。選べない」
「しかしながら、スノウ様はこの家の当主です。婿に入るなど承知できません。」
 グリンバルドはきっぱり告げると、ハンカチで手を拭う。スノウはグリンバルドに噛みついた。
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