殺陣を極めたおっさん、異世界に行く。村娘を救う。自由に生きて幸せをつかむ

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
48 / 226
:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」

・1-33 第49話 「酒」

しおりを挟む
・1-33 第49話 「酒」

 長老から酒を勧められたものの、源九郎は一瞬、それを手に取ることを躊躇(ちゅうちょ)する。
 いくら量が少ないからとはいえ、自分だけ酒を飲む、というのは気が引けたからだ。

「えっと……、それじゃぁ……」

 だが、源九郎はすぐに気を取り直して、コップを手に取っていた。
 勧められた以上、それを断るのも申し訳が立たないと思ったからだ。

 自家製のワインからしているのは、いい匂いだけではなかった。
 うまく形容することができないが、雑味というか、不快さを感じさせるようなものも、かすかに混ざっている。

 しかし、あまり気になるほどのものでもなかった。
 これは村人が山ブドウの実を集めて来て作ったものであり、源九郎が飲んだことがあるような、専門の知識を持った人々が専用の設備のあるワイナリーや工場で作った酒ではないからだ。

 不純物も含んでいるだろうし、その製造過程や保存方法も、ワインにとって適したものではなかったのかもしれない。
 だとすれば、多少かぎなれない臭いが混ざっていても、不思議ではない。

「いただきます」

 源九郎はそう言うと、コップを口元に運び、ぐいっ、と一気に飲み干す。
 味は少し変ではあったが、確かにアルコールの成分を感じるもので、十分に飲めるものだった。

「さ、もう一杯、飲んでくろ」

 とんっ、とテーブルの上にコップを置くと、すかさず長老は2杯目を注ぐ。
 それで酒はお終いで、長老が容器を逆さにして振っても、1滴も出て来なくなった。

「そんな、俺だけいただくんじゃ……」

「さぁ、さぁ、オラのことは気にせんで飲んでくだせぇ。
 オラはこの年だで、酒はもう、飲まんのですよ」

 さすがに自分だけで全部飲んでしまうのはどうなのか、と源九郎は遠慮したが、長老はやや強引に勧めて来る。
 仕方なく、源九郎は2杯目の酒も飲み干すこととなった。

「旅のお人。
 ほんに、アンタはいいお人だで。

 少し、心配になっちまうくらいだ」

 酒を飲み干し、コップをテーブルの上に戻した源九郎に、長老はしみじみと実感したような口調でそう言った。

「そうです、俺は、正義の味方……、そうなりたいんです」

 アルコールが入ったからか、源九郎はやや饒舌(じょうぜつ)になって言う。

「だから、長老さん。
 遠慮なんかしないで、俺に頼ってください! 

 確かに、俺1人であの野盗どもを全員倒しちまうのは、難しいだろうって思いますよ。
 相手にはあの騎士崩れの頭領もいますし、弓だってある。

 だけど、そんなのは関係ないんだ!
 俺は、アンタたち村の人を、放っておくなんてできねぇんだ! 」

 すでに、お互いに頭ではなぜ自分たちの意見が対立しているかは理解できている。
 だから後は、気持ちの問題だ。
 なにも知らない他人ではなく、自分たちの問題を解決するためになんの隔たりも作らずに協力できる、そういう信頼関係を築けるかどうかだ。

 源九郎は、酔いに任せて自身の本音をぶちまける。

 しかし、すぐに異変に気がつくこととなった。

「ア……、あれ……」

 源九郎は言葉を続けようとして、自身の視界がグルグルと回っていることに気がついていた。
 まるで、深酒をして酩酊めいていしてしまった時のような感覚だ。

(そんな……、たったの、2杯で? )

 源九郎は回る視界の中で、歪んで見えるコップへ意識を向ける。

 ワインは、日本酒よりは小さいものの、ビールなどの倍近い、10パーセント以上のアルコール度数を持つ酒だった。
 それなのに香りがよくて飲みやすいものだから、考えずにガバガバ飲んでいると、すぐに深く酔っぱらってしまう。

 だが、源九郎が飲んだのは、たったの2杯だけ。
 それも小さなコップで、日本酒で言えば1合、180ミリリットルもない程度だ。
 ビールの350ミリリットル缶を1本あけたのよりも少し多いくらいのアルコールを摂取した計算になる。

 普段の源九郎なら、ほろ酔い、少し気分がいい程度の酔い具合になるはずだ。

 それなのに源九郎は、酩酊めいていししてしまっていた。
 目が回るだけではなく、身体の三半規管もバカになってしまってイスにまっすぐ座っていることもできなくなり、思わずテーブルの上に突っ伏してしまうほどだった。

「……すまねぇだ、旅のお人」

 そんな源九郎に、長老は静かに言う。
 突然、酩酊めいていししてしまってテーブルに倒れこんだ源九郎の姿を見ても、まったく動揺したり驚いたりしていない様子だった。

 まるで、こうなることを知っていたかのように。

「あんたのお気持ちは、本当に、嬉しかっただ。
 だけんど、やっぱりアンタを頼るわけにはいかねぇだよ」

 源九郎はもう、意識を保っているのでもやっとだった。
 必死にまぶたを開き、途切れそうになる思考をつなぎとめている。

 そんな源九郎に、長老は申し訳なさそうに言う。

わりぃけんど、旅のお人、アンタには少し眠っていてもらうだ。
 大丈夫、明日の昼前、オラたちが野盗どもと話しつけるまでには、すっきり、気分良く目が覚めるだよ。

 フィーナの恩人であるあんたを、野盗どもに売り渡すようなことはしねぇだ。
 でもな、アンタがいると、村の一部のもんが、血気にはやるかもしんねぇんだ。

 オラはな、旅のお人。
 アンタにも、村のもんにも、誰1人、傷ついて欲しくねぇんだ。

 野盗どもと戦うにしろ、それは、明日、話し合ってみてからでいいべ。
 そんでもし、話し合いがうまくいけば、死ぬんはオラ1人で済む。

 んだから、旅のお人……、すまねぇだ。本当に」

 源九郎も村人も、誰1人として傷つけたくない。
 だから源九郎にはひとまず眠ってもらって、血気にはやる村人が拠り所として担ぎ上げることを防ぎたい。

 長老はそういう思惑で、一服盛ったのだ。

 源九郎は、自分の愚かしさを呪った。
 もし村に酒があったのなら、源九郎を歓迎するための宴の席に出てこないはずがなかったのに、今さら酒が出てきたことの不自然さをまずは疑うべきだったのだ。

 そして、長老が「誰も失いたくない」と言う言葉の中に、長老自身が含まれていないことにも、間違っていると言いたかった。
 長老を頼りにしている村人たちや、まだ1人立ちできないフィーナを残していくという選択は、するべきではないのだ。

 だが、源九郎はなにも言えなかった。
 ワインに盛られた薬の力は強く、源九郎を容赦なく、深い眠りの底へと引きずり込んでしまったからだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界でカイゼン

soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)  この物語は、よくある「異世界転生」ものです。  ただ ・転生時にチート能力はもらえません ・魔物退治用アイテムももらえません ・そもそも魔物退治はしません ・農業もしません ・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます  そこで主人公はなにをするのか。  改善手法を使った問題解決です。  主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。  そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。 「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」 ということになります。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...