守るべきモノ

神崎

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年越

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 ドリンクバーでジュースを注いでいる子供を見守るように、父親である文樹が手をさしのべている。それを見て伊織の姉である真理子は少し目を細めた。だが目の前にいる倫子には少し厳しい目で言おうと思っている。
 伊織はこの家にいるから、昔のことから抜け出せない。そう思えた。昔のこととはすなわち、あの暑い国でレイプされたことだ。
「栄輝は栄輝でしたいこともあるし、他人の方が私のためですから。」
「あなたのため?」
「作品のネタになるんで。」
 ネタのために人を住まわせているのか。だったら伊織のこともネタにするのだろうか。
 倫子の作品は読んだことはある。自分の旦那である文樹がファンで、新刊が出たと言えば買って子供の面倒も見ずに読みふけっているからだ。それが面白くない。
 やがて文樹が子供を連れてテーブルに戻ってきた。そして倫子の方をみる。
「俺、小泉先生のファンなんですよ。」
 戻ってきた文樹が開口一番そう言ってきた。
「そうでしたか。ありがとうございます。」
「検事局でも多いんですよ。小泉先生のファン。あんな犯人が居たら、こっちも気が付かないかもなぁって。」
「……現実離れしてませんか?」
「いいえ。あり得ない話ではないですよ。それに……あぁいうふうに人を殺す人が居ないわけではないですし。」
 倫子の作品には予想もしない人が犯人である場合が多い。犯人は普段は普通の仮面をかぶって、顔色を一つ変えずに殺害するのだ。
「あなた。作品の批評はその辺で結構よ。今は、その話ではないの。」
「何?」
「どうして他人である伊織を住まわせて、姉弟を住まわせないのかって。」
「そりゃ、嫌だろ。」
「何で?」
 真理子はそう言って文樹に突きかかる。
「弟はずっと一緒にいたから、ネタにならないし。」
「作品のためだけなの?」
 すると倫子は首を横に振った。
「それだけじゃないですよ。あの家を買ったローンがまだ残っていて、一人じゃ厳しいですし。」
「あぁ、家賃収入ってこと?」
「えぇ。大学生にそんなお金を取れませんし、かといって無償で住まわせるとこっちがきついんで。」
 身内だとどうしてもそのへんが甘くなるだろう。
「どうしてそんなに無理をして家を買ったの?身の丈にあったもの……マンションとかでも良かったんじゃないの?」
「あの家が良かったんです。」
 一目で気に入った。古い家で、広くて、沢山本が置けると思った。それだけだったのだ。
「まぁ……良いじゃん。真理子。あまりがみがみ言わない。だから真理子は、依頼者からビビられるんだよ。」
「何よ。あなたは検事らしくないって言われるじゃない。」
 のんきな文樹と、いつもいらいらしている真理子はとても良いコンビに見えた。
「それに栄輝が住みたくないんでしょう?」
 すると栄輝は首をすくませて言う。
「姉さんとは住みたくないなぁ。」
「どうして?」
「姉さん、たまにノックもしないで部屋に入ってくるから。」
 すると文樹は少し笑っていった。
「ノックしないのは困るねぇ。いろいろ男にはあるし。」
「あなた。そういうことを子供の前で言わないの。ったく……最近、ずっと風俗関係の仕事ばかりしてるから、その辺ばかり詳しくなっちゃって。」
「風俗?」
 文樹は少し笑って栄輝をみる。
「まだ若そうに見えるもんな。興味ある?」
「イヤ……あの……。」
 堂々と「ウリセンで働いてます」など言えないだろう。なんせグレーな仕事なのだから。
「でも今回のは勝ちそうだ。」
「いつもそう言ってる。でも五分五分じゃない。」
「大丈夫だって。なんせあっちの国が認めたわけだし。」
「国際上のことですか?」
「うん。少し前に言ってた、戸籍のない子供を海外に密入国させていた問題です。」
 青柳のことも含まれている。そう思って倫子は文樹の方を見た。
「どうなりそうなんですか?」
「一部は責任はないと判断されるだろうけど、ほとんどは知らぬ存ぜぬが通用しませんでした。子供達はほとんど今こちらの国に送還させていますしね。」
「……。」
 青柳はどうなったのだろう。倫子はコーヒーのカップを握りながらそう思っていた。
「文樹。そこまでよ。」
「そうだな。先生。すいません。これ以上は守秘義務で言えないんですよ。」
「あぁ……私が無理して聞いたので、こちらこそすいません。」
 案外あっさり謝るんだな。もっとわがままな人だと思っていた。ネタのために他人を住まわせたりするくらいだし、何より外見が入れ墨を入れていたり露出が激しい洋服を身につけているのだ。
 案外人は良いのかもしれない。

 栄輝と伊織と共に帰ってきて、それぞれの福袋を開ける。それぞれコートやセーターなど五千円で買ったには、盛り沢山の物が入っていた。それを見ながら、倫子は驚いてその表示を見ている。
「あら。これカシミヤだわ。これだけで五千円するだろうに。」
 白いセーターを手にして、その素材を見ていた。ふんわり柔らかく、手触りがとても良い。
「これだけで元値は取れるのかな。」
「わからないけれど、これは泉のあげようかな。私では少し小さいだろうし。」
「このコートは倫子のサイズじゃないか。」
 そう言って伊織は手に取った黒いコートを倫子に手渡す。
「良いわね。だったらこっちのジャンパーはあなたにあげるわ。」
「レディースって書いているよ。」
「そう?でもサイズは合ってるわ。着てみて。」
 ハーフサイズのコートは深い緑で、倫子によく合っている。
「姉さんはそう言うのを着ると良いよ。すごい似合ってる。」
「やだ。栄輝に言われるとなんかあるんじゃないかって思っちゃうわ。」
「本当にそう思うよ。母さんはあまり姉さんに色のある物を着させなかったし。」
 色が派手な物は男を寄せる。そう言われていたのだ。だが色濃いものはあまり好きではない。入れ墨が黒一色なのはそのためだろう。
「栄輝。これをあげるわ。」
 そう言ってスキニーのジーンズを手渡した。
「俺には小さいよ。」
「月子ちゃんにあげなさいよ。サイズがいまいちだったら泉に渡すし。」
 倫子は倫子で月子に気を使っていたのだ。
「うん……ありがとう。」
 欲しい物を袋に入れると、栄輝は立ち上がった。
「じゃ、俺帰るわ。」
「帰るときは一緒に帰りましょう。冬休み、まだあるんでしょう?」
「うん。そうだね。」
 廊下を出て靴を履くと、ふと伊織を見た。伊織は本当に倫子と何もないのだろうか。その表情は彼女を心配する彼氏を通り越して、夫のように見えるのに。
「じゃあ、また。」
「うん。」
 栄輝が出て行き、倫子は少しため息を付いた。
「どうしたの?」
「あんなことを考えてると思ってなくて。」
「あんなこと?」
「私の事件を知ったとき、栄輝はたぶん理解してなかった。だけど……徐々にわかっていって、でもどこかで違和感を持ってた。いい弟に恵まれて良かった。」
 倫子はそう言って少し笑う。ほっとしたのかもしれない。
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