守るべきモノ

神崎

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年越

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 春樹の母がお茶を出して、未来の母である栞はそれに口を付けた。未来が事故をして意識不明になってから、足繁く未来のそばに栞は通っていた。だがそれが裏目に出て、なんだかんだと理由を付けられたあと青柳の家を追い出されたのだ。そのすぐあとにあの若い女性が妻として家に入ってきて、それからは病室に春樹以外の人が来ることはなかった。
「未来に会うのを止められていたんです。」
 確かにそうだと思う。未来が意識不明になったとき、栞は春樹を相当責めたのだ。どうして未来が被害者にならないといけなかったのか、春樹が事故に遭えば良かったのに、まだ若い未来の将来を奪ったと春樹を刺し殺しそうな勢いだった。それだけ栞も追いつめられていた。
 今の栞はどことなく生気がない。まるで幽霊のようだと思う。
「お母さん。今は何を?」
「知り合いの方が、総菜屋さんをしているの。そこで細々と働いているわ。」
 春樹の母よりも若い人だ。未来を生んだのもだいぶ若いときで、その当時はどうして自分が妻になったのかわからなかった。
 元々栞は青柳の会社の事務員だった。派遣で雇われてただ数字を追う生活をし、夜になれば知り合いのスナックを手伝い、それでも生活はかつかつだったのだ。
「春樹さん。未来のところにずっと通っていたのでしょう。」
「……習慣ですよ。だいぶ慣れましたけどね、今でも会社帰りに病院へ足を運びそうになります。」
「そう……。それだから未来は幸せだったと思うの。生きていたときずっと私に言っていた。「春樹さんはずっと仕事ばかりをして、私のことを振り向いてもらえない」って。だけど、そんなに毎日未来に会いに来て、やっと振り向いてもらえたと思っているはずよ。」
 前向きにとらえてくれていて良かった。母はそう思いながら、栞を見ていた。
「でもあなたの幸せは、どこへ行ったの?」
「俺俺も余裕がずっと無かったですからね。未来のところに行くのは、良い気分転換にになりましたよ。それが幸せでした。」
「今は?」
「今は……一緒に住んでいる人たちが居ますから。」
 その言葉に栞は少し眉を潜ませた。
「人たち?」
「年下ばかりですけどね。年上だからって気を張ることもないし、同じ目線に立ってくれる人ばかりです。何より楽です。」
 すると母が声をかけた。
「今度、その人達をこちらにつれてきなさいな。」
「いずれね。みんな休みが合わないんだ。」
 お茶を飲んで、栞は少し笑う。
「そう……良い人に巡り会えたのね。私も同じような生活だから、人のことは言えないわ。」
「え?」
「お総菜屋の人が知り合いでね、その人と一緒に住んでいるの。一つ屋根の下で、いろんな人種の人がいる。楽しいわ。」
 口だけに聞こえた。本当にそうなら、手首に包帯など巻かないで良いのだろうに。
「忘れられますか。」
 父がそう聞くと、栞は少しうつむいた。
「未来のことは忘れられない。後悔しているから。」
「後悔?」
「青柳に組み敷かれていたことなんかずっとわかっていたのに、見てみないふりをした。卑怯よね。でも止めたら、青柳は私を追い出す。未来を置いてね。あんなところに置いていたら、未来が何をされるか……。」
「あなたが居ても未来は青柳に妊娠させられて、堕胎させられた。意味はなかったでしょう。」
「あいつの子供を産むよりはましでしょう。」
 青柳の狙いは栞ではなく、栞と結婚することによって未来が手にはいる。未来を手込めにすることが一番の目的だったのだ。
「春樹さん。警察が、私のところに話を聞きに来たの。」
「警察?」
「青柳は、もう小児性愛者の他に、骨董なんかが好きだったでしょう?」
 その言葉に父が手を止めた。ここに泥棒が入ったことも栞は知っているのだろうか。
「えぇ。挨拶へ行ったときに、いろんな物を見せてくれました。」
 興味はなかったが、うんうんとうなずいていたのを覚えている。
「そのほとんどが「譲渡」されたり、「購入」したものだと言っていいたようね。その証拠を聞きたいのだと。」
「そうなんですか?」
「買ったのなら明細が、譲られたのだったらその相手を教えて欲しいと。何せ……あのほとんどが窃盗で手に入れた物らしいので。」
 すると母が驚いたように口を手で押さえた。
「窃盗……あなた……。」
 そんな人が身内にいると思っていなかった。すると父は首を横に振って言う。
「そういう業者から引き取っていたのでしょうか。」
「そう……かもしれないと言うことしかわからないんです。ただ……あの白い香炉を手に入れたとき、あの骨董の部屋から出てきた人を覚えている。」
 すらっとしたオールバックの男だった。上着を脱いだその白いワイシャツから、入れ墨のような物が見えたからおそらくヤクザか何かだろうと思った。
「それが業者?だとしたら相当……。」
「胡散臭い。」
 春樹が言うよりも父が先に言った。
「栞さん。そのことを警察に?」
「……その警察も妙だったんですよ。」
 警察手帳は持っていたが、やたら背が高く若い男だった。何より一人でやってきたのが奇妙だと思う。
「知らぬ、存ぜぬで今までやってきたのでしょう。そしてこの一件もそうするはずだ。お母さん。今までのことは証言できますか。」
「そうするつもり。未来のためにも。」
 その言葉に春樹は少し笑った気がする。母親としての心が少しでも残っていて良かったと思った。

 買い物を済ませて、倫子と栄輝は駅前にあるファミレスに入る。まだ伊織とその姉がまだ居るはずだ。
 正月らしくファミレスは相当込んでいたが、その中を見渡すと姉とその子供が二人、伊織とその旦那が座っていた。
「伊織。」
 倫子達はそのテーブルへ向かうと、伊織は少し笑って手をあげる。そして向かい合っている姉が、わずかに笑った。
「家主さんでしょう?小泉さん。」
「あ、はい。初めまして。」
「富岡真理子と言います。」
 そう言って姉は名刺を差し出す。そして旦那も名刺を差し出した。旦那は地方検事局にいるらしい。丘文樹と書いてあった。
「これ、宜しかったらどうぞ。」
 倫子は紙袋ごと箱詰めのお菓子を真理子に手渡す。すると真理子は少し笑ってそれを受け取った。
「本来なら、こっちが渡す方なのに。」
「いいえ。お歳暮をいただいてましたし……美味しくいただきました。エビと数の子。」
「ふふっ。両親の名義で送ってたんだけど、ばればれか。まぁいいわ。」
 すると男の子の方が空のカップを手にして、文樹に言う。
「ジュース。もう一杯。」
「おしっこ行きたくなるぞ。お茶にしなさい。」
「もう一杯だけ。」
「わかった。もう一杯だけだぞ。」
 そう言って文樹は子供を二人連れてドリンクバーへ向かう。
「そちらは弟さんって言ってたわね。」
「えぇ。栄輝です。」
「大学生?」
「はい。今年卒業で。」
「何でこの子と一緒に住まないの?」
 姉はそう言って倫子をみる。姉にしてみたら、他人である伊織が倫子の家に住むよりも、血の繋がりのある栄輝が住む方が自然だと考えていたのだ。
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