守るべきモノ

神崎

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露呈

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 公園の入り口までやってきてやっと泉に追いついた。泉は足が速い。普段あまり運動をしない伊織には少しきつい道のりだった。
「泉。」
 肩をつかんで泉を止める。しかし泉は伊織の方を向こうともしなかった。
「どうして倫子に言ったの?」
「どうしてって……ずっと黙っておくつもりだったの?」
「倫子に言ったらどうなるかわかるでしょう?もう付き合いがあって半年近くになるんだから。」
 泉が帰ってくると開口一番、倫子は礼二とセックスをしたのをとがめられたのだ。そして同意ではなかったと知り、訴えないのかと聞いてきたのだ。
「店長には子供も奥さんもいるのよ。それを倫子は壊しても私を守ろうって思うわ。それくらいわかるでしょう。」
「……倫子は泉を大事にしているから。」
「わかってるなら何で……。」
「……だったらずっと隠しておく?あの調子でいつまでも泉に手を出さないで、俺にヘタレだ、臆病だってずっと言ってて……挙げ句の果てには本当に好きなのかなんて聞かれて……。」
 言葉に詰まった。この気持ちが本当なのかどうかなんてわからないのに。
「……伊織は自分のために私のことを言ったの?」
「他人が集まって暮らしているんだ。隠しながら生活するなんて出来ないだろう。」
 すると泉は伊織の方を向く。その目には涙が溜まっていた。
「倫子だって春樹さんだって隠してるじゃない。肝心なことは言わないで。」
 春樹と倫子はただの作家と編集者の関係ではない。春樹の奥さんがまだ生きていたときから、繋がりがあったのだ。男と女として、止められても危険だと思っても止められない感情があった。それが少しうらやましい。
「倫子が知ったら、どうなるか……。」
「どうもなっていないよ。春樹さんが止めてる。」
 直前に春樹が帰ってきて良かった。春樹ならきっと倫子を止めてくれると思うから。
「伊織……一つ聞きたいことがあるの。」
「何?」
「私のことが好きなの?」
 その言葉に伊織は少し言葉を詰まらせた。泉からこんな言葉を聞くと思っていなかったからだ。
「好きだよ。」
 すると泉は首を横に振った。
「違うと思う。伊織の好きは、友達として好きで、いて楽だから好きだって思ってるだけだもん。」
「何でそう思う?」
「だって伊織は倫子しか見てないから。」
 その言葉に伊織は首を横に振った。
「違うよ。俺は……。」
「隠さなくていいの。いつも伊織は春樹さんと倫子が出て行ったのを見て、悔しそうだったの。田島さんと同じように見える。」
「……田島と?」
「田島さんも好きだから。」
 政近はきっと倫子と寝ている。春樹が奥さんのことで手一杯だったあの日、自分の部屋で仕事だけをしていたとは思えない。きっとあのときセックスをしたのだ。そう思うだけで腹が立つ。
「倫子の代わりなんかなれない。それに……私、既婚者の人と寝てしまったのよ。汚いわ。」
 母がやっていたことを自分がしてしまった。それが一番泉にとって自分が許せないことなのだ。
「泉は汚くなんかないよ。」
「慰めてもらわなくて良いから。」
 すると伊織は泉の手を引く。そして公園の中に入っていった。公園のライトは十二時になったら消えてしまう。まだ付いているということは日はまだまたいでいない。なのにベンチ出会いを語らっているカップル、茂みの奥でセックスをしているカップルもいるようだ。
 泉と伊織もそう言う風に見えているのかもしれない。ただ余りにも着飾っていない泉は、男同士のカップルに見えなくもない。
 だが今はそんなことを考えている余裕はなかった。
 伊織は奥にある遊具があるエリアまで泉を連れてくると、滑り台の物陰に泉を立たせる。そして小さい泉が見えないように、伊織がその前に立つ。
「何……。」
 すると伊織は何も言葉にすることはなく、怯えている泉の唇にキスをした。払拭したかったから。自分のことでこんなに悩んでいる泉に申し訳がないと思う気持ちと、自分の中で倫子を消したかった。
「伊織……。んっ……。」
 一度唇を離しても、また繰り返して唇を重ねる。まるで食べられているようなキスは伊織らしくないと思った。
「……何回した?」
 やっと唇を離されて、伊織は苦しそうに泉に聞く。
「何回って……。」
「ゴム付けた?キスは最初から舌を入れたの?」
「そんなこと言わないといけないの?」
 泣きそうになっている泉が、責めるように伊織に聞く。
「俺が素直になったらこういうことも気かないときが済まないよ。嫉妬してないとでも思った?優しく、忘れた方が良いよって言って何も聞かない方が言いと思ってたのに。俺のことだけ考えたらそう言うことを聞かないと俺の気が済まない。」
「……ごめん……。」
 泉の目から涙がこぼれた。
「……言い過ぎた。ここまで言うつもりはなかったのに。」
 手を伸ばして泉の目にこぼれる涙を拭う。
「……お互い言いたいことを言ったわ。」
 泉はそう言って少し笑った。
「今度、そっちの店長と話をしたいな。」
「……今はそっとしておいてくれる?」
「何で?」
「店長……奥さんと別れそうだから。」
 自分の子供ではあり得ない子供を妊娠している。それを見て見ぬ振りをして育てられないのだ。
「だったら泉。嫌なときは自分で言える?きっと寂しくて、また手を出してくるだろうから。」
「……それはわからないな。」
「どうして?」
「何をされても、何を言われても、やっぱり店長は尊敬できる人だから。」
 初めて出会ったとき、礼二はまずコーヒーを淹れてくれた。自分の淹れているコーヒー豆と同じ豆を使っているはずなのに、どうしてこんなに味が違うんだろうと不思議に思った。
 それから文句を言ってくる客のあしらい方、売り上げの延ばし方、言葉遣い、すべてが上だった。
「簡単に反抗は出来ない。」
 やっとわかった。伊織は少しため息を付くと、泉の肩に触れる。
「わかった。でも過度なスキンシップは止めてよ。」
「それは拒否するわ。」
 そう言って泉は少し笑う。そして二人は並んで帰って行った。その横顔を見て、伊織は少しため息を付いた。泉はもう他の人を見ている。自分ではないのだ。
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