守るべきモノ

神崎

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露呈

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 死んだ作家の遺書には、作家としての自信をなくしていること、人間関係で躁鬱になり精神的に不安定だったこと、そして何より脅されていたことが拍車をかけていたと書いてあった。
 そして最後に、何があっても声をかけて信じてくれた春樹が気分を変えるように気遣ってくれたことに感謝の言葉が書かれていた。
 だが春樹には「他のジャンルの話を書きませんか」と言ったことを少し後悔していた。それはつまりあの作家が自分がミステリーをもう書けない作家であり、春樹もそれを見放したと捉えていたのではないかと思う。
「考えすぎだと思いますよ。」
 警察官は初老の男で、眼鏡をかけた小さな男だった。春樹の同僚である加藤絵里子の叔父だというが、あまり似ていないと思う。
「ただ脅されていたというのが気になるんですよね。絵里子から聞いた話だと、「西島書店」の事件に関わっていたかもしれないと。」
「えぇ。俺が担当した作家が気がついて、告発したのがきっかけですけど、他の作家にも同じようなことをしていたらしいですね。」
 仕事が終わったあとも、加藤は少しこの「脅されていた」という文言に引っかかったらしく、春樹に連絡を付けて深夜までしている喫茶店に呼び出したのだ。
「少し気になっていたことがあるんですが。」
「はい。」
 春樹はそういってずっと気になっていたことをこの男に聞いてみようと思った。
「「西島書店」の話なんですが、盗聴器や盗撮器を仕込んでいたその画像や音声というのは、ちゃんと破棄されているんですか。」
「いいえ。破棄は出来ないんです。少なくとも証拠品ということなので、事件のあとは保管庫に少なくとも十五年は保管されることが義務づけられています。」
「それは誰でも持ち出せると言うことではないんですか。」
「出来ませんね。私たちでもその保管庫にはいるには許可が必要ですし、持ち出すのも許可が必要です。ただ……。」
「何か?」
「例えば迷宮入りした事件なんかは、ずっと残っているんです。昔の事件なんかで犯人が見つからないモノなんかは、今でも研究所で分析をされていますし。」
「……。」
「どうかしましたか。」
「いいえ……。もしかしたら、その「西島書店」の画像をネタに脅されていたとは思えませんか。」
 すると加藤はコーヒーを口にいれて、少し笑う。
「まるで警察官ですね。探偵とか。あなたくらいの体つきだったらそれでもやっていけそうな感じがしますよ。」
「勘弁してください。」
 少し笑って春樹もコーヒーに口を付けた。
「ただ……音声や画像はコピーされやすい。訴えられる前に、それをコピーしたとすれば余所に漏れている可能性はありますね。情報は金になる。ですがその作家のプライバシーもあったもんじゃないでしょう。そこまでして作家を縛り付けたいモノなのか。」
「えぇ。俺が担当している作家でもぎりぎりまで納品してくれない人もいますから。」
「絵里子も同じようなことを言ってましたよ。」
 やはりコピーしていたのだろう。あの画像を青柳が持っているというのは、どこで春樹もそして倫子も脅されるかわからないのだ。
「「西島書店」か……。そこが絡んでくるとなると、一度そこを買い取った会社にも手入れが必要になるかもしれないな。」
「買い取った……というと「青柳グループ」ですか。」
「えぇ。またあの会社は別の件で手入れをすることになるでしょう。」
 おそらくそれはうまくいかない。倫子の件もそうだが、青柳グループには何か特別な力が動いているように思える。
 ただ、青柳は憎むべき相手だろう。倫子を陥れて、人を死に追いやった。警察はでっち上げられた情報を信用したし、警察を信用できないと倫子が言っていた意味がわかる。

 春樹が家にたどり着いて、ドアを開けようとしたときだった。泉がジャンパーを羽織って出て行こうとしている。
「どうしたの?こんな時間にどこかへいくの?」
「ん……ちょっとね。頭を冷やしてくる。」
 そう言って泉はスニーカーを履きながら外に出て行った。
「泉。待ってよ。」
 そのあとを伊織が靴を履いて出て行く。何があったのだろうか。そう思いながら春樹は家に帰った。
「ただいま。」
 居間にやってくると倫子が不機嫌そうに煙草を吹かしていた。春樹の方を見ると、ため息をつく。
「お帰り。」
「そんなため息混じりで言われてもね。」
「だったらどう言えばいいの?」
「帰ってきたんだから、もう少し機嫌良く迎え入れて欲しいな。」
「そんな気分じゃないの。今日は仕事にならないわ。さっさと寝よう。」
「酒じゃなくて?」
 マフラーをとって倫子に聞くと、倫子は首を横に振る。
「寝てないのよ。」
「俺もそう。一緒に寝る?」
「まだ盛りたいの?」
 すると春樹は脱いだマフラーを倫子の首もとにかける。すると倫子は少し驚いたようだが、側に来た春樹を見上げた。
「今日は側にいるだけで良いから。それに寒いんだろう?俺、先にご飯を食べるから、あとで一緒に風呂に入ろう。」
「お風呂なら入ったわ。」
「湯船に浸かって温まるだけでも良いから。そっちの方がよく寝れるよ。」
 何も聞くことなく、春樹は倫子を気遣ってくれる。それが嬉しかった。
「何で何も聞かないの?」
 温めた雑炊とお浸しを持って、春樹は居間に戻ってくると倫子はまだ不機嫌そうに春樹に聞いた。
「聞いて俺に何かわかる?」
「……春樹は知ってたの?泉がレイプされたって。」
「……うん……知ってた。」
 レンゲでその雑炊を口にいれると、春樹は倫子の方をみる。知っていたのに黙って卑怯とか何とか言うだろうかと思ったのだ。だが倫子は何も言わずに首を横に振るだけだった。
「倫子。あのさ……。」
「まぁ、知ってても言うわけ無いわね。私があんな話をしたあとだし……。」
「わかってくれるんだ。成長したね。」
「バカにして。」
 さすがにそれは怒った。いつもの調子が戻ってきたと春樹は少し安心したようだ。
「訴えていいんじゃないかって言ったのよ。伊織のお姉さんも弁護士だし、私の知っている弁護士に紹介しても良いし。でも……泉は嫌だってずっと言っているのよ。」
「どうして?」
「それが何も言わないのよ。」
 すると春樹は食事をしながら言う。
「……人によると思うけど……普通の女性は自分がレイプされた傷物だって言いたくないんじゃないのかな。君がそう主張したことで、どうなったか君が一番わかっているだろう?」
 その言葉に倫子は言葉を詰まらせた。
「謂われのないことを噂するのは女性は好きだよね。「かもしれない」はいつの間にか「そうなんだ」になる。そうなったら「そんなことを言っていない」と主張しても手遅れだ。」
 倫子もレイプされたから、乱交プレイをしたにいつの間にか話が変わっていた。煙草の不始末で焼けたと主張されたあの建物を焼いたのは倫子だと、祖母が絶望した目線で見てくるのに倫子がずっと「違う」と言っても誰も信用してくれなかったのだ。
「だからって泣き寝入りすること無いわ。」
「うん。俺もそれは思う。だけど決めるのは泉さんだよ。前に言っていた。店長には奥さんも子供もいる。幸せな家庭を作っているのに、それを壊したくない。何よりあの店長には恩があるのだからとね。」
「お人好しだわ。」
「俺もそう思った。よくこんな考え方で、今まで生きていられたなって思う。」
 きっと未来のように、用意周到なことをしたとは思えない。実はお嬢様なのは倫子ではなく、泉の方なのだ。
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