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真意
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政近が帰ったあと、少しばたばたした。限定のカップケーキはすでに今日の分は無くなって、クレームを言う客も居たからだ。
「限定二十って少なくないですか?」
「俺らが決めたことではないですし。」
「店に行っても食べれないし、ここでしか食べれないのに少なすぎ。」
「本社の方へクレームは言ってもらえませんか。」
女性客は口をとがらせながら、何も注文せずに帰って行ったその後ろ姿を見て泉が少しため息を付いたのを覚えている。
カップケーキインターネットで紹介され少しずつ火がついていたのは知っているし、早いときは午前中で完売することもあるのだ。
かといって多く仕込むのは出来ない。発注数は決められているし、作る量も決められている。それ以上作るなと言うことだろう。
「高柳さんのお店で、このカップケーキのアレンジを売り出すみたいだね。」
年が明けた頃に、高柳鈴音の店でこのカップケーキのアレンジものが発売されると、ホームページにあった。カップケーキはこの店だからこそ売れているところがあるのに、普通のケーキ屋でこれが売れるのかと言われたら疑問だ。
トイレの掃除から帰ってきた泉は、手を洗いながらそう思っていた。
「それにしてもコーヒーの淹れ方まで指示があるなんて……。」
カップケーキはドリンクとセットになっている。ドリンクは紅茶かコーヒー。そしてその淹れ方にもこだわりがあるようで、それも本社の指示があったのだ。
「このバリスタ、相当こだわっていますよね。」
開発部門にいる人だろうか。それにしてはデザートの試作をしたときには、そういう人物は居なかったように思える。すると礼二が首をひねりながら言った。
「あれ?阿川さんは会ったことがなかったのかな。」
「え?」
「カフェ部門の開発責任者。今は本社から離れて自分でカフェを開いているみたいだけど、アドバイスはしているみたいだ。女性のさ……。」
「会ったことないですね。」
「まだ若くてさ、小さい人だよ。その人にも師匠が居てね。」
そういって礼二は片隅にあるコーヒー豆の瓶を取り出した。あまり出ることはないが、一日一、二杯はでる高級な豆だった。
「これを作っている人の奥さん。」
「その豆って……国産の?」
「そう。」
「誰でしたっけ。その豆を作ってるの……。」
「相馬さん。」
「そう。その人。」
やっと思い出した。どこかで聞いたことのある名前だと思っていたのだ。南の方で、国産のコーヒー豆を作っている人だった。国産なので余計な添加物もなく、防腐剤なども使っていないのでとても澄んだ味になっているのだと思う。
一度倫子にこれを飲ませたことがあるが、倫子は首を傾げて「詳しい味なんかわからない」と言ってとりつくしまもなかったが。
「その相馬さんの奥さんがバリスタだったみたいだ。そしてその奥さんの弟子が、ここのコーヒーの監修をしている人。」
「そういうことだったんですね。」
一度その人に会ってみたいと思う。どんな気持ちでコーヒーを淹れているのか、聞いてみたいと思ったのだ。
「相馬さんの奥様は、どこでお店をしているんですか?」
出来れば行ってみたいと思う。だが礼二は首を横に振った。
「奥さんは亡くなっているんだ。」
「えっ?」
「店をしていたみたいだけど火事か何かで全焼して、そのあと旦那さんがコーヒー豆を作っている南の方へ行ってすぐに亡くなったらしい。」
どこかで聞いた話だ。火事でコーヒーの店が無くなった。そして倫子はここのコーヒーを飲んだとき、「懐かしい」と笑った。そして鋭気も同じことを言った。「どこかで飲んだことがある」と。
もしかして……。
「阿川さん。そろそろ閉店準備しようか。」
「オーダーストップかけますね。」
偶然にしては出来すぎている。そう思いながら、泉は残っている客にオーダーストップを伝えた。
会社を出た伊織は、駅前にある雑貨屋のショーウィンドウを見ていた。温泉へ行ったとき泉に指輪を贈ったが、クリスマスはまた別だろう。伊織はそう思いながら、クリスマスように飾られたカップやマフラーを見ていた。こんなふわふわ、きらきらしたものが泉が好きなのだろうか。まちかいなく倫子なら選ばない。
「……。」
店を変えようと、駅の方へ向かう。すると、いつか泉と来た古着屋が目に映った。そうだ。前にここで選んだものを泉が身につけていた。ここのものであれば気に入るのではないかと、伊織は店にはいる。
「いらっしゃい。」
相変わらず入れ墨やピアスがたくさんある女性が、伊織を迎えてくれた。この人は、伊織の同僚である高柳明日菜の姉だと言っていた。
「あら。富岡君。」
「今晩は。」
「彼女へのクリスマスプレゼントかしら。」
「えぇ。」
「いつか来てくれたあの子?それとも別?」
「いいえ。前と変わりませんよ。」
そういうと高柳純は笑って、伊織を見ていた。
「いいわねぇ。青春で。指輪は?」
「前にあげたばかりで。」
「マフラーとかもいいわよ。このモヘア、普通のものじゃなくて上等だから。」
飾り気のないマフラーは、泉が着ているシンプルなものによく合うだろう。これにしようかと手に取ったときだった。
「知ってる?首に巻くものをプレゼントする意味。」
「首に巻くもの?ネクタイとかネックレスとか?」
「そう。あなたに首ったけっていう意味。」
その言葉に、伊織は持ちかけたマフラーを置いた。そんな意味で送るのではないと思いながら。
「あら、辞めるの?」
「そんな意味じゃないですし。」
「そうね。あまり首ったけには見えなかったもの。」
純はそう思いながら、別のものを手にする。
「どういう意味ですか?」
その後ろ姿に伊織は思わず声をかけた。すると純は少し笑っていった。
「言葉の通り。あの子は首ったけなのかもしれないけども、あなたはそうでもないように見える。」
「……。」
失礼ですね。そう言いたいのに、言葉にならなかった。
「あら、図星?」
「そうじゃないですよ。真剣に……。」
「遊ぶ歳でもないでしょうしね。それに人それぞれのつきあい方もあるでしょうし。」
純はそう言って指輪を手にする。太くて、ごついものは泉には合わないと思う。
「その指輪。見せてもらえませんか。」
「彼女には合わないと思うわよ。」
泉には合わない。だがこういう指輪が好きな人がいる。伊織はそう思いながら、その指輪を手にした。
「限定二十って少なくないですか?」
「俺らが決めたことではないですし。」
「店に行っても食べれないし、ここでしか食べれないのに少なすぎ。」
「本社の方へクレームは言ってもらえませんか。」
女性客は口をとがらせながら、何も注文せずに帰って行ったその後ろ姿を見て泉が少しため息を付いたのを覚えている。
カップケーキインターネットで紹介され少しずつ火がついていたのは知っているし、早いときは午前中で完売することもあるのだ。
かといって多く仕込むのは出来ない。発注数は決められているし、作る量も決められている。それ以上作るなと言うことだろう。
「高柳さんのお店で、このカップケーキのアレンジを売り出すみたいだね。」
年が明けた頃に、高柳鈴音の店でこのカップケーキのアレンジものが発売されると、ホームページにあった。カップケーキはこの店だからこそ売れているところがあるのに、普通のケーキ屋でこれが売れるのかと言われたら疑問だ。
トイレの掃除から帰ってきた泉は、手を洗いながらそう思っていた。
「それにしてもコーヒーの淹れ方まで指示があるなんて……。」
カップケーキはドリンクとセットになっている。ドリンクは紅茶かコーヒー。そしてその淹れ方にもこだわりがあるようで、それも本社の指示があったのだ。
「このバリスタ、相当こだわっていますよね。」
開発部門にいる人だろうか。それにしてはデザートの試作をしたときには、そういう人物は居なかったように思える。すると礼二が首をひねりながら言った。
「あれ?阿川さんは会ったことがなかったのかな。」
「え?」
「カフェ部門の開発責任者。今は本社から離れて自分でカフェを開いているみたいだけど、アドバイスはしているみたいだ。女性のさ……。」
「会ったことないですね。」
「まだ若くてさ、小さい人だよ。その人にも師匠が居てね。」
そういって礼二は片隅にあるコーヒー豆の瓶を取り出した。あまり出ることはないが、一日一、二杯はでる高級な豆だった。
「これを作っている人の奥さん。」
「その豆って……国産の?」
「そう。」
「誰でしたっけ。その豆を作ってるの……。」
「相馬さん。」
「そう。その人。」
やっと思い出した。どこかで聞いたことのある名前だと思っていたのだ。南の方で、国産のコーヒー豆を作っている人だった。国産なので余計な添加物もなく、防腐剤なども使っていないのでとても澄んだ味になっているのだと思う。
一度倫子にこれを飲ませたことがあるが、倫子は首を傾げて「詳しい味なんかわからない」と言ってとりつくしまもなかったが。
「その相馬さんの奥さんがバリスタだったみたいだ。そしてその奥さんの弟子が、ここのコーヒーの監修をしている人。」
「そういうことだったんですね。」
一度その人に会ってみたいと思う。どんな気持ちでコーヒーを淹れているのか、聞いてみたいと思ったのだ。
「相馬さんの奥様は、どこでお店をしているんですか?」
出来れば行ってみたいと思う。だが礼二は首を横に振った。
「奥さんは亡くなっているんだ。」
「えっ?」
「店をしていたみたいだけど火事か何かで全焼して、そのあと旦那さんがコーヒー豆を作っている南の方へ行ってすぐに亡くなったらしい。」
どこかで聞いた話だ。火事でコーヒーの店が無くなった。そして倫子はここのコーヒーを飲んだとき、「懐かしい」と笑った。そして鋭気も同じことを言った。「どこかで飲んだことがある」と。
もしかして……。
「阿川さん。そろそろ閉店準備しようか。」
「オーダーストップかけますね。」
偶然にしては出来すぎている。そう思いながら、泉は残っている客にオーダーストップを伝えた。
会社を出た伊織は、駅前にある雑貨屋のショーウィンドウを見ていた。温泉へ行ったとき泉に指輪を贈ったが、クリスマスはまた別だろう。伊織はそう思いながら、クリスマスように飾られたカップやマフラーを見ていた。こんなふわふわ、きらきらしたものが泉が好きなのだろうか。まちかいなく倫子なら選ばない。
「……。」
店を変えようと、駅の方へ向かう。すると、いつか泉と来た古着屋が目に映った。そうだ。前にここで選んだものを泉が身につけていた。ここのものであれば気に入るのではないかと、伊織は店にはいる。
「いらっしゃい。」
相変わらず入れ墨やピアスがたくさんある女性が、伊織を迎えてくれた。この人は、伊織の同僚である高柳明日菜の姉だと言っていた。
「あら。富岡君。」
「今晩は。」
「彼女へのクリスマスプレゼントかしら。」
「えぇ。」
「いつか来てくれたあの子?それとも別?」
「いいえ。前と変わりませんよ。」
そういうと高柳純は笑って、伊織を見ていた。
「いいわねぇ。青春で。指輪は?」
「前にあげたばかりで。」
「マフラーとかもいいわよ。このモヘア、普通のものじゃなくて上等だから。」
飾り気のないマフラーは、泉が着ているシンプルなものによく合うだろう。これにしようかと手に取ったときだった。
「知ってる?首に巻くものをプレゼントする意味。」
「首に巻くもの?ネクタイとかネックレスとか?」
「そう。あなたに首ったけっていう意味。」
その言葉に、伊織は持ちかけたマフラーを置いた。そんな意味で送るのではないと思いながら。
「あら、辞めるの?」
「そんな意味じゃないですし。」
「そうね。あまり首ったけには見えなかったもの。」
純はそう思いながら、別のものを手にする。
「どういう意味ですか?」
その後ろ姿に伊織は思わず声をかけた。すると純は少し笑っていった。
「言葉の通り。あの子は首ったけなのかもしれないけども、あなたはそうでもないように見える。」
「……。」
失礼ですね。そう言いたいのに、言葉にならなかった。
「あら、図星?」
「そうじゃないですよ。真剣に……。」
「遊ぶ歳でもないでしょうしね。それに人それぞれのつきあい方もあるでしょうし。」
純はそう言って指輪を手にする。太くて、ごついものは泉には合わないと思う。
「その指輪。見せてもらえませんか。」
「彼女には合わないと思うわよ。」
泉には合わない。だがこういう指輪が好きな人がいる。伊織はそう思いながら、その指輪を手にした。
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