守るべきモノ

神崎

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真意

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 クリスマスが近くなり、泉は伊織のためにプレゼントを買った。休みの日に買っておいたもので、革で出来た財布だった。古いものらしく、買ったばかりの財布のように堅くなく、濃いベージュのような色合いになめらかな皮膚のような手触りで縁に鋲がついている。少しロック色が強い感じがしたが、伊織はこういうものが好きかもしれないと思いながら手にしたのだ。
 誰かのために何かを選ぶのは楽しい。自分の誕生日の時も伊織はケーキを用意してくれたのだ。それは伊織が倫子に相談しながら選んだと思うと、嬉しかった。
 クリスマスまでもうそんなに時間はない。それまでに春樹は帰ってこれるのだろうか。そう思いながら泉は、コーヒーを淹れていた。
「はい。コーヒーとクリスマスモンブランが二つ。七番です。」
 今日礼二の休憩中に入ったのは、元々カフェでバイトをしていたという男だった。ここのコーヒーの入れ方は独特なので、他でバイトをしていたからと言ってコーヒーを淹れることは出来ない。だが接客はとてもいい感じがする。
 どこかのアイドルのような顔立ちで、女性客が目線で男を追っていた。
 カップを手にして男がカウンターに帰ってくると、泉の方をみる。
「阿川さんはこのスイーツに関わっていたんですよね。」
 そう言ってカウンターにおかれているメニューとは別にしていた、等見ねーとされているデザートのチラシを手にする。
「そうですけど。」
「高柳さんと一緒に?」
「えぇ。」
「あの人、うるさいでしょ?」
 その言葉に泉は少し違和感を持った。どうしてこんなことを知っているのだろうと。
「何で知っているんですか?」
「あぁ。俺、製菓の学校へ行ってて。」
 それがどうして本屋にきたのだろう。
「そこで、研修って言ってクリスマス時期に店舗で働いていたんです。」
「そんなこともするんですか。」
「一、二週間くらいですけどね。研修だから大目に見るかと思ったら、結構厳しくて、他の人は三日で来なくなったりしたし。」
 自分は耐えたといいたいのだろうか。それでもここの本屋にいると行うことは結局、製菓の道は行かなかったのだろう。
「それに、あの人ゲイだって噂があったんですよ。」
「別にいいんじゃないんですか。人それぞれの性趣向なんて。」
 カップを下げて泉はそう言うが、男は引き下がらない。
「ゲイなんて気持ち悪いじゃないですか。何も生み出さないし、男のアレを舐めたりするの気持ち悪い。」
 顔はアイドルみたいなのに、言うことはえげつないな。泉はそう思いながら、オーダーを確認していた。そのとき礼二が休憩から戻ってくる。
「戻ったよ。」
「あ、お帰りなさい。」
「湊君。さっき、ゲイの話をしてた?」
「気持ち悪くないですか?」
 するとこのカフェコーナーの店長である川村礼二は、少し訝しげな顔をした。
「別に俺は何とも思わないけどな。」
「えー?店長は関大ですねぇ。」
 結婚はしているし、子供もいるからおそらくゲイではないのだろうが、それに理解があるというのは不思議だと思う。
「男と女が一緒にいても、盛らないのと一緒だと思うよ。」
「好みの問題じゃないですか?」
「そう。ゲイの世界も好みがあるんだよ。男が穴があるから入れたいって思わないのと一緒。男だからみんな好みだと思わないんだよ。俺はゲイじゃないけど、それくらいは理解できるし。」
 その言葉に男は言葉を詰まらせた。
「ココアと、ホットミルク。五番です。」
「はい。」
「それを置いたら一階に帰っていいよ。」
 礼二はそう言ってカウンターの中に入っていく。そしてオーダーの紙を見ていた。
「もう少しでカップケーキ終わるね。」
「限定にするから。」
「そっちの方がいいよ。それを目的に来る人も多いし。」
 テーブルにオーダーの品をおいて、男はエプロンをとると一階に帰って行った。その後ろ姿を見て、礼二は少しため息を付く。
「世の中のゲイってのはそういうイメージなのかな。」
「店長の知り合いにゲイの方でもいるんですか?」
「いいや。小泉さんの弟くらいだな。」
 一度やってきた倫子の弟である栄輝。ゲイ向けのデリヘルであるウリセンでバイトをしているのだという。この間、倫子はその事実を知って呆れたようだったが、ネタになるかもしれないと栄輝に連絡を取っているようだった。だが栄輝は何も言わないらしい。
「そういえば、同居人が帰ってこないんだって?」
「……えぇ。春樹さん、初七日まで別のところにいたいって。」
 春樹には別に部屋がある。だが家具などはあまりないらしい。住むわけではなく、本を置くための部屋として借りているのだ。昼間に倫子が行って、掃除をしたり洗濯物を回収したりしているようだが、二人が顔を合わせることはあまりないらしい。
「初七日まではばたばたするからなぁ。」
「店長のところも?」
「うん。うちは去年だったからね。」
 礼二の父親が亡くなったのは、去年の夏のことだった。母親はすでに礼二が高校生の頃に亡くなっていたので、女兄弟ばかりだった礼二の家の中で喪主が出来るのは礼二だけだった。
 葬儀だけではなく、遺品整理や財産分与などやることは相当多かったので、その間だけでも礼二は休みを取った。
「奥さんの実家に相談できて良かった。」
 その横顔を見て、泉は少しほっとした。やはりあの夜、キスをしてきたのは気の迷いだったのだ。礼二は既婚者だがもてるのだ。そんな人が自分なんかに振り向くはずはない。
「テーブル片づけてきます。」
 泉はそういって布巾とトレーを持つと、カウンターをでていった。そのとき一階から誰かが上がってくる音がする。
「いらっしゃいませ。」
 条件反射のように言葉がでる。そして入り口に立っている人を見て、少し顔をこわばらせた。
「よう。コーヒー飲みに来たぜ。」
 それは田島政近だった。本当なら帰れと言いたいところだが、お客様なのだ。泉は笑顔を作って政近に言う。
「お一人ですか?テーブル席とカウンター席がありますが。」
「カウンターでいいよ。あと、もう一人来るから。」
 待ち合わせか。その割にはカウンター席に座るんだな。そう思いながら、泉はカウンター席に座る政近を見ていた。
「いつか来て下さいましたか。」
「あー。ここのコーヒーすごい美味いからさ。癖になりそうだよ。」
 その言葉に、礼二は少し笑う。何よりコーヒーのことを誉められるのは、悪い気はしない。
「コーヒーでいいですか?」
 泉は対照的に不機嫌そうだ。客によって態度が変わるのは、良くないとあれほど言っていたのにと、礼二は後で泉に言っておこうと思っていた。
「そう、つんけんするなよ。倫子の友達だろ?」
「倫子と一緒に仕事をしているってだけでしょ?彼氏でも何でもないのに。」
 そう。彼氏でも何でもない。だがセックスはしたのだ。それを思い出して、政近は少し笑う。
「ま、いいや。ホットコーヒーくれよ。」
「阿川さん、淹れてあげて。」
「はい。」
 毒でも淹れてやろうかと思う。だが客なのだ。泉はそう切り替えて、コーヒー豆の入った瓶を手にする。
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