290 / 355
二年目
290
しおりを挟む
大晦日の日にばたばたしたくなくて家の掃除や、柊さんの家の掃除をして過ごしていた。三十日くらいから柊さんも正月休みに入ったので、一緒にしていたところもあるけれど。
そしてその大晦日の日。台所で薬を飲むと、ソファにおいておいたバッグを手に取った。すると母さんがあくびをしながら、部屋から出てくる。
「おはよう。今日早いのね。」
「うん。ちょっと早く来てほしいって言われてるから。」
「そのまま「虹」に行くの?」
「ううん。いくら何でも早すぎるよ。」
「そうなの。何時くらいに帰る?」
「どうしたの?何かあった?」
「うん。あんたももうすぐ柊さんのところに行くって言ってたから、ここに彼氏を連れてこようと思って。」
「紹介してくれるって事?」
「そうね。いい加減そうした方がいいって言われてね。結婚でもしたらあんたは娘になるわけだし、柊さんだって息子になるのかもしれないしね。」
それは結婚することを言っているのだろうか。思わず顔がほころんできそうになった。
「何にやにやしてんのよ。」
「ううん。何でもない。柊にも連絡しておいた方がいいかな。」
「そうね。柊さんは来られればっていいから。」
私はそう言って部屋を出ていった。母さんも結婚するのか。確か私の父さんとは結婚していなかったって言ってたから、初婚になるわけだ。
うーん。それはそれでめでたいのかもしれない。母さんだって三十代だもんな。三十代で初婚なんて珍しくないだろう。
階段を下りきって、茅さんの部屋の方をちらりとみる。するとそこから柊さんが出てきた。
「全く、良くここまでゴミをため込んでいたものだ。」
「正月は収集車こねぇじゃん。別に今掃除しなくても……。」
「虫が湧くだろうが。ん?桜。」
柊さんは驚いたようにこちらに近づいてきた。
「早いな。もう仕事か?」
「えぇ。今日は十六時までだから。」
「そうか。終わったら行こうと思っていたのだがな。いつ終わるかわからない。」
「掃除?」
「あんなゴミ溜めのところに良く住んでいたものだ。」
呆れたように柊さんは開け放しているドアを見た。そこにはゴミ袋を持った茅さんがいる。
「よう。仕事か?」
「えぇ。良かったね。掃除してもらえて。」
「くそ。だから住んでるところを知られたくなかったんだがな。」
柊さんを私は顔を見合わせながら、少し笑う。そのあと、私は柊さんの袖を引っ張った。
「どうした。」
「今日イベント何時に行く?」
「十八時くらいか。打ち合わせもあるし。何かあるのか?」
「母さんが彼氏を家に連れてくるらしいわ。私を紹介したいって。だから……柊も連れてきてほしいって。」
「ふーん。結婚でもするのか?」
「一緒に住むかもしれないって言ってたけど。」
すると彼は私の頭にぽんと手をのせる。
「わかった。十六時くらいに俺が「窓」まで迎えに行ってやる。」
すると茅さんが私に言う。
「俺も行ってやろうか?」
「何でお前が行くんだ。」
「気になるんだよ。胡桃さんの彼氏って。一応桔梗の元の彼女だし。」
それが一番、意外だった。
藤堂先生と芙蓉さんは言い合いながらもうまくやっているように見えるけれど、先生はどっちかって言うと堅い人だ。母さんのような奔放な人と良く合わせていたと思う。
「案外お母さんもきっちりしてる人だ。ちゃらんぽらんしていたら、一件の店をもてないだろう?」
根底はそうなのかもしれない。
そしてそこは私によく似ていると、柊さんはいつも言う。
さすがに年末だ。大掃除を終えて一仕事を終えた人が、一服しにくるくらいでそんなに忙しいわけでもない。特に奥まっているここには、忙しく年末を歩いている人には見つけにくいのだ。
「えぇ。わかっている。……明日駅へ行くから。」
珍しく葵さんは電話を裏に行かずに、カウンターの中で話している。相手は想像つくけれど。
「すいませんね。手を離してしまって。」
「いいえ。」
淹れ終わったコーヒーをカップに注いで、私はトレーにそれをのせると奥のお客さんに届けた。男女のカップル。何か深刻そうだった。
そう言うときは何もいわずに、コーヒーだけをおいてどこかへすぐ去っていくのだ。
カウンターに戻ると、珍しくカウンター席には誰もいない。常連のお客さんも今日ばかりは実家に帰ったり、子供たちが帰ってきたりと色々忙しいらしい。
「蓮から今年くらいは、お母さんのところへいかないかと言ってきましたよ。」
「そうでしたか。」
「ここも三日までは休みですからね。それに……おそらく生きている彼女に会うのは最後になりそうです。」
「……旦那さんの元へ行くとか。」
「えぇ。まぁ、あの南の島へ行く方が彼女ももっと長生きが出来るかもしれません。だが、コーヒーはもう淹れれないかもしれませんが。」
「そう……やはりそうですか。」
「……あなたにもわかりますか?」
「えぇ。おそらくもう味覚がわからないのではないのかと思うんです。それをカバーするために嗅覚を研ぎ澄まして、コーヒーを淹れているみたいですが……もう私が焙煎したものには手を着けませんから。」
「……彼女が生きながらえているのは、精神力だけです。惨めな人ですよ。結婚していたほとんどの期間を、旦那と離れて暮らしていたのですから。」
旦那というのは、葵さんたちの実の父親のことだろう。
「血の繋がりがないから……葵さんは瑠璃さんに会いたがらないんですか?」
すると葵さんはふと笑って言う。
「いいえ。そう言うことではありませんよ。ただあの人がいると、自分が甘えそうでイヤなんです。」
「別に言いと思いますけど。」
「そうですか?」
「母親に息子が甘えて何が悪いのかわかりませんね。」
すると葵さんは少し笑う。
「まるで母親になった人の言葉ですね。」
「母親になったことはありませんが、母親がいる時期はまだ続いてますよ。」
「確かにそうですね。あなたの母親はまだ若い。これからでしょう。」
母親になった人の言葉というのでドキリとした。確かに数日前に柊さんとしたとき、彼はコンドームをつけなかった。
だけど、きっちり月のものはやってくる。昨日まで痛みがひどかったけれど、今日はだいぶ軽くなった。だけど念のためと、薬は飲んできた。おかげで今日はだいぶましだ。
月のものがくるのだけは、女は損だと思う。
そしてその大晦日の日。台所で薬を飲むと、ソファにおいておいたバッグを手に取った。すると母さんがあくびをしながら、部屋から出てくる。
「おはよう。今日早いのね。」
「うん。ちょっと早く来てほしいって言われてるから。」
「そのまま「虹」に行くの?」
「ううん。いくら何でも早すぎるよ。」
「そうなの。何時くらいに帰る?」
「どうしたの?何かあった?」
「うん。あんたももうすぐ柊さんのところに行くって言ってたから、ここに彼氏を連れてこようと思って。」
「紹介してくれるって事?」
「そうね。いい加減そうした方がいいって言われてね。結婚でもしたらあんたは娘になるわけだし、柊さんだって息子になるのかもしれないしね。」
それは結婚することを言っているのだろうか。思わず顔がほころんできそうになった。
「何にやにやしてんのよ。」
「ううん。何でもない。柊にも連絡しておいた方がいいかな。」
「そうね。柊さんは来られればっていいから。」
私はそう言って部屋を出ていった。母さんも結婚するのか。確か私の父さんとは結婚していなかったって言ってたから、初婚になるわけだ。
うーん。それはそれでめでたいのかもしれない。母さんだって三十代だもんな。三十代で初婚なんて珍しくないだろう。
階段を下りきって、茅さんの部屋の方をちらりとみる。するとそこから柊さんが出てきた。
「全く、良くここまでゴミをため込んでいたものだ。」
「正月は収集車こねぇじゃん。別に今掃除しなくても……。」
「虫が湧くだろうが。ん?桜。」
柊さんは驚いたようにこちらに近づいてきた。
「早いな。もう仕事か?」
「えぇ。今日は十六時までだから。」
「そうか。終わったら行こうと思っていたのだがな。いつ終わるかわからない。」
「掃除?」
「あんなゴミ溜めのところに良く住んでいたものだ。」
呆れたように柊さんは開け放しているドアを見た。そこにはゴミ袋を持った茅さんがいる。
「よう。仕事か?」
「えぇ。良かったね。掃除してもらえて。」
「くそ。だから住んでるところを知られたくなかったんだがな。」
柊さんを私は顔を見合わせながら、少し笑う。そのあと、私は柊さんの袖を引っ張った。
「どうした。」
「今日イベント何時に行く?」
「十八時くらいか。打ち合わせもあるし。何かあるのか?」
「母さんが彼氏を家に連れてくるらしいわ。私を紹介したいって。だから……柊も連れてきてほしいって。」
「ふーん。結婚でもするのか?」
「一緒に住むかもしれないって言ってたけど。」
すると彼は私の頭にぽんと手をのせる。
「わかった。十六時くらいに俺が「窓」まで迎えに行ってやる。」
すると茅さんが私に言う。
「俺も行ってやろうか?」
「何でお前が行くんだ。」
「気になるんだよ。胡桃さんの彼氏って。一応桔梗の元の彼女だし。」
それが一番、意外だった。
藤堂先生と芙蓉さんは言い合いながらもうまくやっているように見えるけれど、先生はどっちかって言うと堅い人だ。母さんのような奔放な人と良く合わせていたと思う。
「案外お母さんもきっちりしてる人だ。ちゃらんぽらんしていたら、一件の店をもてないだろう?」
根底はそうなのかもしれない。
そしてそこは私によく似ていると、柊さんはいつも言う。
さすがに年末だ。大掃除を終えて一仕事を終えた人が、一服しにくるくらいでそんなに忙しいわけでもない。特に奥まっているここには、忙しく年末を歩いている人には見つけにくいのだ。
「えぇ。わかっている。……明日駅へ行くから。」
珍しく葵さんは電話を裏に行かずに、カウンターの中で話している。相手は想像つくけれど。
「すいませんね。手を離してしまって。」
「いいえ。」
淹れ終わったコーヒーをカップに注いで、私はトレーにそれをのせると奥のお客さんに届けた。男女のカップル。何か深刻そうだった。
そう言うときは何もいわずに、コーヒーだけをおいてどこかへすぐ去っていくのだ。
カウンターに戻ると、珍しくカウンター席には誰もいない。常連のお客さんも今日ばかりは実家に帰ったり、子供たちが帰ってきたりと色々忙しいらしい。
「蓮から今年くらいは、お母さんのところへいかないかと言ってきましたよ。」
「そうでしたか。」
「ここも三日までは休みですからね。それに……おそらく生きている彼女に会うのは最後になりそうです。」
「……旦那さんの元へ行くとか。」
「えぇ。まぁ、あの南の島へ行く方が彼女ももっと長生きが出来るかもしれません。だが、コーヒーはもう淹れれないかもしれませんが。」
「そう……やはりそうですか。」
「……あなたにもわかりますか?」
「えぇ。おそらくもう味覚がわからないのではないのかと思うんです。それをカバーするために嗅覚を研ぎ澄まして、コーヒーを淹れているみたいですが……もう私が焙煎したものには手を着けませんから。」
「……彼女が生きながらえているのは、精神力だけです。惨めな人ですよ。結婚していたほとんどの期間を、旦那と離れて暮らしていたのですから。」
旦那というのは、葵さんたちの実の父親のことだろう。
「血の繋がりがないから……葵さんは瑠璃さんに会いたがらないんですか?」
すると葵さんはふと笑って言う。
「いいえ。そう言うことではありませんよ。ただあの人がいると、自分が甘えそうでイヤなんです。」
「別に言いと思いますけど。」
「そうですか?」
「母親に息子が甘えて何が悪いのかわかりませんね。」
すると葵さんは少し笑う。
「まるで母親になった人の言葉ですね。」
「母親になったことはありませんが、母親がいる時期はまだ続いてますよ。」
「確かにそうですね。あなたの母親はまだ若い。これからでしょう。」
母親になった人の言葉というのでドキリとした。確かに数日前に柊さんとしたとき、彼はコンドームをつけなかった。
だけど、きっちり月のものはやってくる。昨日まで痛みがひどかったけれど、今日はだいぶ軽くなった。だけど念のためと、薬は飲んできた。おかげで今日はだいぶましだ。
月のものがくるのだけは、女は損だと思う。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる