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二年目
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洋館のような入り口を開けると、広いエントランスが見えた。胸像や絵画が飾られている何となく豪勢な作りになっているようだ。
正面には広い階段と、二階が見える。この上は、どうやら会議室や視聴覚室があるようで、音楽を演奏したり練習したりも出来るらしい。右手には事務所。左手には喫茶店がある。そして奥には待ちかねたように図書室とある。
「ここは、個人の建物だったらしい。温泉で一山当てた奴が道楽で作ったようだ。今は街に委託しているらしい。」
多分図書館とはなっているけれど、カルチャーセンターのような建物だったのかもしれない。
図書館から老人が出てきた。手には本が握られている。その後ろからは妊婦さん。どうやら利用者は多いようだ。
そしてその左手にある喫茶店から、一人の女性が出てきた。白いシャツとギャルソンエプロンを身につけた、中年の女性だった。
「柊さん?」
「お久しぶりです。相馬さん。」
「あぁ。懐かしい。元気にしていた?」
「えぇ。あなたは体調はいかがですか。」
「良かったり悪かったりだけどね。何とかやってるわ。」
ほぼ白髪の髪は、ショートカットでがりがりに痩せている。どこか体が良くないのだろうか。
「恋人かしら。」
「えぇ。」
「可愛らしいお嬢さんだこと。初めまして。相馬瑠璃です。」
「沖田桜です。」
「遠くから来られたんでしょう?コーヒーでもいかが?」
「はい。そのつもりで。」
「相変わらずねぇ。柊さんは。」
彼女は少し笑う。その笑顔はどこか葵さんに似ている気がした。
店内はあまり広くない。ゆったりしたジャズの音楽は、カウンターの奥にあるレコードから流れているようだった。カウンター席もあるけれど、テーブル席にはふかふかのソファが置いてあり、座り心地が良さそうだ。
そして日当たりがいい。図書館というのはあまり日を好まないために、喫茶店などの別の施設が自然に日当たりのいい場所に出来たのだろう。
カウンター席に座ると、柊さんは煙草に火をつけたのを見て瑠璃さんは、灰皿を彼の前に置いた。
「禁煙しなさいな。」
「無理。」
「まぁ、そうでしょうね。あれだけ入院してても禁煙できなかったんだから、出来ないのは目に見えてるわ。」
瑠璃さんはカウンターの奥にはいると、ケトルでお湯を沸かし出した。そしてコーヒー豆をミルに入れる。
「桜さんもコーヒーでいいかしら。」
「はい。」
「ふふ。お嬢さんだと思ったけれど、案外大人ね。」
「瑠璃さん。桜は、葵のところのバイトなんだ。」
「あら。そうなの。葵は元気なの?」
「えぇ。相変わらずです。」
「そう。バイトを入れたって何年か前に聞いたけど、あなたのことだったのね。」
「……知り合いですか。」
「えぇ。義理の息子だから。」
「え?」
驚いた。葵さんの母親に会うと思っていなかったから。でも何となく納得する。笑顔とか、そうコーヒーを入れる仕草とか、とても似ているから。
「父親の連れ子ね。そう弟の蓮君と一緒に来た子供。」
「……どおりで。」
「似てる?やだ。血は繋がってないのよ。」
「いいえ。あの……仕草とか、コーヒーを入れるところとかですね。」
「だってコーヒーの入れ方は、私が教えたのよ。焙煎の仕方から入れ方までね。ふふ。でも彼もきっとこの方が美味しいって、自分でアレンジしたでしょうけどね。研究熱心な子だから。」
お湯が沸いてケトルに移し替える。どうやらコーヒーはペーパードリップではなく、ネルドリップを使うらしい。確かにこの方が紙臭くなくて、純粋な味が楽しめるのだ。ただネルドリップは手間がかかる。
「入院はされていないんですか。」
「しても変わらないわ。抗ガン剤を打って、ぼろぼろになるよりこっちの方が性に合ってる。」
「……ガン?」
「えぇ。全身に転移しててね。もういつ死んでもおかしくないって言われてる。でも死なないのよねぇ。」
笑って言うけど、それって大事なことなんじゃ……。
「ガンが大きくもならないし。」
「精神的なところですかね。そう言うところが大きいみたいですよ。」
「フフ。それもお勉強したのね。柊さんは。熱心ねぇ。」
「ちゃかさないでください。」
カップにコーヒーを入れて、彼女は私たちの前に置いてくれた。あれ?このコーヒー。なんか嗅いだことあるような……。どこで?
「うまい。いいコーヒー豆を作りましたね。」
「えぇ。そうね。私もそう思うわ。あの人必死だったものね。」
「……。」
「商品化する話しも出てるの。ヒジカタコーヒーに卸す話しもあってね。」
「あぁ。やっぱり。」
「ん?」
柊さんは驚いたようにこちらを見る。
「支社長と蓮さんが祭りの会場で、この豆を試飲させてましたね。評判は上々でした。」
「あら。良かったわ。」
「カフェ事業で出したいとか……。」
「……一杯いくらのコーヒーになるんだそれは。」
柊さんは苦々しくコーヒーを飲んでいた。
「まだ稀少品だもの。高いコーヒーになりそうね。桜さん。葵からその話は聞いてる?」
私は首を横に振った。
「葵さんはあまり昔のことは話さないので。」
「そうね。あまり言いたくもないでしょうけど、私から見たら身から出た錆って言う感じに見えるわ。」
「毒舌ですね。」
「あら。そうよ。だって、ウチの旦那がコーヒー豆を作りたいって、周りの人間から投資させて、葵まで巻き込んで、結果成功したからいいけど、詐欺師って言ってる人はまだ居るのだから。」
そんな話だったのか。やっと納得した。
「それで葵がぐれたのは葵の責任よ。それで同じように葵が詐欺をして、捕まったんだから身から出た錆よ。」
「まぁ、あなたもあのときは体調が良くなかった。それで葵が蓮たちのために金を稼ぐため詐欺に手を染めたのは、仕方ないと言えば仕方ない。」
「でも詐欺なんかしなくても稼ぐ方法はいくらでもあったのに。」
どうだろう。そのときの葵さんがいくつなのかわからない。だけど、正攻法で兄弟たちを食べさせていく方法があったのだろうか。
その当事者じゃないとわからないだろう。
正面には広い階段と、二階が見える。この上は、どうやら会議室や視聴覚室があるようで、音楽を演奏したり練習したりも出来るらしい。右手には事務所。左手には喫茶店がある。そして奥には待ちかねたように図書室とある。
「ここは、個人の建物だったらしい。温泉で一山当てた奴が道楽で作ったようだ。今は街に委託しているらしい。」
多分図書館とはなっているけれど、カルチャーセンターのような建物だったのかもしれない。
図書館から老人が出てきた。手には本が握られている。その後ろからは妊婦さん。どうやら利用者は多いようだ。
そしてその左手にある喫茶店から、一人の女性が出てきた。白いシャツとギャルソンエプロンを身につけた、中年の女性だった。
「柊さん?」
「お久しぶりです。相馬さん。」
「あぁ。懐かしい。元気にしていた?」
「えぇ。あなたは体調はいかがですか。」
「良かったり悪かったりだけどね。何とかやってるわ。」
ほぼ白髪の髪は、ショートカットでがりがりに痩せている。どこか体が良くないのだろうか。
「恋人かしら。」
「えぇ。」
「可愛らしいお嬢さんだこと。初めまして。相馬瑠璃です。」
「沖田桜です。」
「遠くから来られたんでしょう?コーヒーでもいかが?」
「はい。そのつもりで。」
「相変わらずねぇ。柊さんは。」
彼女は少し笑う。その笑顔はどこか葵さんに似ている気がした。
店内はあまり広くない。ゆったりしたジャズの音楽は、カウンターの奥にあるレコードから流れているようだった。カウンター席もあるけれど、テーブル席にはふかふかのソファが置いてあり、座り心地が良さそうだ。
そして日当たりがいい。図書館というのはあまり日を好まないために、喫茶店などの別の施設が自然に日当たりのいい場所に出来たのだろう。
カウンター席に座ると、柊さんは煙草に火をつけたのを見て瑠璃さんは、灰皿を彼の前に置いた。
「禁煙しなさいな。」
「無理。」
「まぁ、そうでしょうね。あれだけ入院してても禁煙できなかったんだから、出来ないのは目に見えてるわ。」
瑠璃さんはカウンターの奥にはいると、ケトルでお湯を沸かし出した。そしてコーヒー豆をミルに入れる。
「桜さんもコーヒーでいいかしら。」
「はい。」
「ふふ。お嬢さんだと思ったけれど、案外大人ね。」
「瑠璃さん。桜は、葵のところのバイトなんだ。」
「あら。そうなの。葵は元気なの?」
「えぇ。相変わらずです。」
「そう。バイトを入れたって何年か前に聞いたけど、あなたのことだったのね。」
「……知り合いですか。」
「えぇ。義理の息子だから。」
「え?」
驚いた。葵さんの母親に会うと思っていなかったから。でも何となく納得する。笑顔とか、そうコーヒーを入れる仕草とか、とても似ているから。
「父親の連れ子ね。そう弟の蓮君と一緒に来た子供。」
「……どおりで。」
「似てる?やだ。血は繋がってないのよ。」
「いいえ。あの……仕草とか、コーヒーを入れるところとかですね。」
「だってコーヒーの入れ方は、私が教えたのよ。焙煎の仕方から入れ方までね。ふふ。でも彼もきっとこの方が美味しいって、自分でアレンジしたでしょうけどね。研究熱心な子だから。」
お湯が沸いてケトルに移し替える。どうやらコーヒーはペーパードリップではなく、ネルドリップを使うらしい。確かにこの方が紙臭くなくて、純粋な味が楽しめるのだ。ただネルドリップは手間がかかる。
「入院はされていないんですか。」
「しても変わらないわ。抗ガン剤を打って、ぼろぼろになるよりこっちの方が性に合ってる。」
「……ガン?」
「えぇ。全身に転移しててね。もういつ死んでもおかしくないって言われてる。でも死なないのよねぇ。」
笑って言うけど、それって大事なことなんじゃ……。
「ガンが大きくもならないし。」
「精神的なところですかね。そう言うところが大きいみたいですよ。」
「フフ。それもお勉強したのね。柊さんは。熱心ねぇ。」
「ちゃかさないでください。」
カップにコーヒーを入れて、彼女は私たちの前に置いてくれた。あれ?このコーヒー。なんか嗅いだことあるような……。どこで?
「うまい。いいコーヒー豆を作りましたね。」
「えぇ。そうね。私もそう思うわ。あの人必死だったものね。」
「……。」
「商品化する話しも出てるの。ヒジカタコーヒーに卸す話しもあってね。」
「あぁ。やっぱり。」
「ん?」
柊さんは驚いたようにこちらを見る。
「支社長と蓮さんが祭りの会場で、この豆を試飲させてましたね。評判は上々でした。」
「あら。良かったわ。」
「カフェ事業で出したいとか……。」
「……一杯いくらのコーヒーになるんだそれは。」
柊さんは苦々しくコーヒーを飲んでいた。
「まだ稀少品だもの。高いコーヒーになりそうね。桜さん。葵からその話は聞いてる?」
私は首を横に振った。
「葵さんはあまり昔のことは話さないので。」
「そうね。あまり言いたくもないでしょうけど、私から見たら身から出た錆って言う感じに見えるわ。」
「毒舌ですね。」
「あら。そうよ。だって、ウチの旦那がコーヒー豆を作りたいって、周りの人間から投資させて、葵まで巻き込んで、結果成功したからいいけど、詐欺師って言ってる人はまだ居るのだから。」
そんな話だったのか。やっと納得した。
「それで葵がぐれたのは葵の責任よ。それで同じように葵が詐欺をして、捕まったんだから身から出た錆よ。」
「まぁ、あなたもあのときは体調が良くなかった。それで葵が蓮たちのために金を稼ぐため詐欺に手を染めたのは、仕方ないと言えば仕方ない。」
「でも詐欺なんかしなくても稼ぐ方法はいくらでもあったのに。」
どうだろう。そのときの葵さんがいくつなのかわからない。だけど、正攻法で兄弟たちを食べさせていく方法があったのだろうか。
その当事者じゃないとわからないだろう。
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