夜の声

神崎

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二年目

189

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 次の週の日曜日。私は柊さんが運転するバイクに乗り、彼の腰回りに捕まっていた。行き先はわからない。だけど去年行った海とは違うようだ。
 山の方へ向かうらしい。暑い日差しは変わらないけれど、風が涼しくなっている気がする。
 やがて山の上の方にある展望所にたどり着き、バイクを止めた。バイクから降りると、山の風が涼しい。
「気持ちいい。」
「あぁ。涼しいな。」
 ほかにも車なんかで来ているカップルが二、三組。家族連れもいる。
「この先は何があるの?」
「……臭いがしないか。」
「臭い?」
 そういえばなんか硫黄のような臭いがする。でもほんのりだったからよくわからなかったな。
「温泉がでる。」
「あぁ。そうなんだ。」
「観光地化されてはいたが、それは昔の話だ。だがまだ結構人は多いようだな。」
 自動販売機が近くにあって、彼はそれに近づくとコーヒーを買った。そして私にも促す。
「ありがとう。」
 カップルが横を通り過ぎる。手を繋いで去っていくのを見て、私は柊さんを見上げる。彼はそんなことも気にしないで、コーヒーの缶を開けた。
「甘いな。まぁいいか。ジュースと思って飲めば。」
 相変わらず鈍感な人だ。まぁ、それがいいと思っているんだけど。

 少し休憩をしてまたバイクを走らせる。するとフルフェイスのヘルメットからでも硫黄の臭いが、わかるようになってきた。と、同時に、街が開けてくる。最初は別荘かコテージのような建物。そしてぽつりぽつりと店が多くなっていく。
 駅前までやってくれば、街が華やかになっていった。コンビニもあるし、大きなドラッグストアもある。温泉がでているということくらいで、街の規模は私たちが住んでいるところとあまり変わらない感じがした。
「変わったな。」
「住んでいたの?この街に。」
「あぁ。昔な。蓬さんをかばって撃たれたとき、静養した方がいいと葵から連れてこられた。葵はこの街の出身らしい。」
「葵さんの?」
「俺が居たのは一ヶ月もなかったかもしれないが、人は悪くない。それに、この辺は坂本組の傘下ではないしな。」
 蓬さんから離れたければ、違う組の傘下の街にいるのが一番いいかもしれない。
 彼は手を私にさしのべると、街の中に足を踏み出した。

 タイムスリップしたのではないのかというレトロな商店街が広がる。スーパーではなく八百屋、肉屋、魚屋なんかがひしめいている商店街があり、その中には若い人が移住してきているカフェやレストランもある。中にはこの国の人ではない人の店もあった。
「いいところね。」
「あぁ。」
 すると柊さんに声をかける人が居た。それは八百屋の人だった。
「柊か?」
「あぁ。西野さん。お久しぶりです。」
「懐かしいな。お前あんまりここ来ないから、顔を忘れるところだったよ。」
「大げさですよ。」
「お、彼女か?」
「はい。」
「女っ気がないと思ってたけど、しっかり女を連れてやってくるとはな。」
 豪快におじさんは笑い、彼の体を叩いた。
「お、そう言えば相馬さん、今日は開店してたぞ。」
「えぇ。頼んでおきましたから。」
「なんだよ。そう言うことか。じゃあ、後で行くんだな。」
「えぇ。」
「じゃあ、これ持って行ってくれよ。」
 そう言って彼は柊さんに、奥から取り出したビニール袋を渡した。
「わかりました。確かに。」
「じゃあな。また。」
 彼らの会話を聞きながら、私はその隣にある雑貨屋の猫の置物を見ていた。黒猫と白猫がじゃれ合っている陶器の置物だった。可愛い。
「桜。」
 その置物から目を離し、柊さんを見る。
「ん?」
「どうした。それがいいのか?」
「可愛いね。」
「買うか?」
「ううん。大丈夫。」
「別に荷物にならないと思うけど。」
「即決はしないの。あとからまた心に残っていたら買うことにするわ。」
「そうか。」
 私はそう言って、彼の手をまた握る。
「この食堂はまだあったのか。」
「ずっとあるの?」
「あぁ。よく食べに来ていた。撃たれたのが右だったからな。箸も持てないとわかったら、スプーンを出してくれていた。」
 その一つ一つを懐かしそうに彼は話してくれる。ここでの出来事は、多分体も、心も彼を癒してくれたのだろう。
 その商店街を抜けて、少し道路を歩く。コンビニや道の駅があり、そしてその奥にあるのが池だった。どうやら魚が居るらしく、釣りをしている人も多い。
 池の奥。そこにいっそう古い建物があった。看板が一つ。どうやら街が経営している図書館らしい。
「図書館?」
「あぁ。建物自体は古いけどな。」
 古い洋館のような建物だった。だけど手入れはさすがに行き届いている。
「ここによく通っていた。」
 だけど何となく怖いと思った。古い洋館って、なんか出てきそうじゃない?人形とかあって、気がついたらこっち見てた。なんていうホラー映画を見ているようだ。
「どうした。桜。」
「ううん。なんでもない。」
 私はそう誤魔化して、彼のあとをついて行った。
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