夜の声

神崎

文字の大きさ
上 下
190 / 355
二年目

189

しおりを挟む
 次の週の日曜日。私は柊さんが運転するバイクに乗り、彼の腰回りに捕まっていた。行き先はわからない。だけど去年行った海とは違うようだ。
 山の方へ向かうらしい。暑い日差しは変わらないけれど、風が涼しくなっている気がする。
 やがて山の上の方にある展望所にたどり着き、バイクを止めた。バイクから降りると、山の風が涼しい。
「気持ちいい。」
「あぁ。涼しいな。」
 ほかにも車なんかで来ているカップルが二、三組。家族連れもいる。
「この先は何があるの?」
「……臭いがしないか。」
「臭い?」
 そういえばなんか硫黄のような臭いがする。でもほんのりだったからよくわからなかったな。
「温泉がでる。」
「あぁ。そうなんだ。」
「観光地化されてはいたが、それは昔の話だ。だがまだ結構人は多いようだな。」
 自動販売機が近くにあって、彼はそれに近づくとコーヒーを買った。そして私にも促す。
「ありがとう。」
 カップルが横を通り過ぎる。手を繋いで去っていくのを見て、私は柊さんを見上げる。彼はそんなことも気にしないで、コーヒーの缶を開けた。
「甘いな。まぁいいか。ジュースと思って飲めば。」
 相変わらず鈍感な人だ。まぁ、それがいいと思っているんだけど。

 少し休憩をしてまたバイクを走らせる。するとフルフェイスのヘルメットからでも硫黄の臭いが、わかるようになってきた。と、同時に、街が開けてくる。最初は別荘かコテージのような建物。そしてぽつりぽつりと店が多くなっていく。
 駅前までやってくれば、街が華やかになっていった。コンビニもあるし、大きなドラッグストアもある。温泉がでているということくらいで、街の規模は私たちが住んでいるところとあまり変わらない感じがした。
「変わったな。」
「住んでいたの?この街に。」
「あぁ。昔な。蓬さんをかばって撃たれたとき、静養した方がいいと葵から連れてこられた。葵はこの街の出身らしい。」
「葵さんの?」
「俺が居たのは一ヶ月もなかったかもしれないが、人は悪くない。それに、この辺は坂本組の傘下ではないしな。」
 蓬さんから離れたければ、違う組の傘下の街にいるのが一番いいかもしれない。
 彼は手を私にさしのべると、街の中に足を踏み出した。

 タイムスリップしたのではないのかというレトロな商店街が広がる。スーパーではなく八百屋、肉屋、魚屋なんかがひしめいている商店街があり、その中には若い人が移住してきているカフェやレストランもある。中にはこの国の人ではない人の店もあった。
「いいところね。」
「あぁ。」
 すると柊さんに声をかける人が居た。それは八百屋の人だった。
「柊か?」
「あぁ。西野さん。お久しぶりです。」
「懐かしいな。お前あんまりここ来ないから、顔を忘れるところだったよ。」
「大げさですよ。」
「お、彼女か?」
「はい。」
「女っ気がないと思ってたけど、しっかり女を連れてやってくるとはな。」
 豪快におじさんは笑い、彼の体を叩いた。
「お、そう言えば相馬さん、今日は開店してたぞ。」
「えぇ。頼んでおきましたから。」
「なんだよ。そう言うことか。じゃあ、後で行くんだな。」
「えぇ。」
「じゃあ、これ持って行ってくれよ。」
 そう言って彼は柊さんに、奥から取り出したビニール袋を渡した。
「わかりました。確かに。」
「じゃあな。また。」
 彼らの会話を聞きながら、私はその隣にある雑貨屋の猫の置物を見ていた。黒猫と白猫がじゃれ合っている陶器の置物だった。可愛い。
「桜。」
 その置物から目を離し、柊さんを見る。
「ん?」
「どうした。それがいいのか?」
「可愛いね。」
「買うか?」
「ううん。大丈夫。」
「別に荷物にならないと思うけど。」
「即決はしないの。あとからまた心に残っていたら買うことにするわ。」
「そうか。」
 私はそう言って、彼の手をまた握る。
「この食堂はまだあったのか。」
「ずっとあるの?」
「あぁ。よく食べに来ていた。撃たれたのが右だったからな。箸も持てないとわかったら、スプーンを出してくれていた。」
 その一つ一つを懐かしそうに彼は話してくれる。ここでの出来事は、多分体も、心も彼を癒してくれたのだろう。
 その商店街を抜けて、少し道路を歩く。コンビニや道の駅があり、そしてその奥にあるのが池だった。どうやら魚が居るらしく、釣りをしている人も多い。
 池の奥。そこにいっそう古い建物があった。看板が一つ。どうやら街が経営している図書館らしい。
「図書館?」
「あぁ。建物自体は古いけどな。」
 古い洋館のような建物だった。だけど手入れはさすがに行き届いている。
「ここによく通っていた。」
 だけど何となく怖いと思った。古い洋館って、なんか出てきそうじゃない?人形とかあって、気がついたらこっち見てた。なんていうホラー映画を見ているようだ。
「どうした。桜。」
「ううん。なんでもない。」
 私はそう誤魔化して、彼のあとをついて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...