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一年目
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柊さんは五分もしないうちにやってきた。息を切らせて、私と葵さんを見つけ、葵さんを引っ張るように表に連れ出す。
「柊さん。」
「病院はどこだ。」
「救急指定の……医大病院。」
「わかった。お前はさっさと帰れ。あとで行くから。」
セックスはしなかった。だけど柊さんの前では私に出した条件を言えないのか、葵さんは引きずられるように表通りにでる。
そしてバイクに彼を乗せてヘルメットを被せる。柊さんもバイクにまたがると、派手なエンジン音をたてて二人はいってしまった。
良かった。これでいい。あの無茶な条件を私は飲むことなんか出来ないのだから。でも支社長を見殺しにも出来ないし、それを見守る蓮さんも見殺しなんかに出来ない。
私は家に帰る途中で自動販売機で水を買った。そうすれば、「水を買いに来ていた」と理由が出来る。補導をされないですむのだ。
家に帰ってきて時計をみる。深夜一時三十分。もうこんな時間だったのか。普段ならとっくに寝ている時間だ。
でも眠れるわけがない。いろんなことがあった。柊さんとデートをして、愛し合い、そして……葵さんに襲われた。彼にそれを言うことは勇気が必要だ。だけど、言わないといけないだろう。
Tシャツを脱いで、露わになる私の首元。そこには二つの跡。一つは柊さんのもの。そしてもう一つは葵さんのもの。正直にならないといけない。隠すと関係に歪みが出来る。それが歪な関係になってしまうから。
ラジオをつける。全国版のラジオ番組は、有名なアーティストがDJをしている。椿さんのように気の利いたことを言うわけではないけれど、淡々と語る口調はこの夜の雰囲気にぴったりだと思った。
ジャンルはロックのアーティストだけど、次に流れた曲はジャズの王道だった。空気にとけ込むような音楽に、私は身をゆだねる。
「渋い曲が流れているな。」
ふっと気がつくと、柊さんがやってきていた。ベッドに座っていた私の横に彼も座る。そして私の方をみた。その視線は怒っているような、そんな顔だった。もしかしたらもう葵さんの方から何か言われたのかもしれない。無理矢理だったもんな。私に非があることを言ってもおかしくはないもの。
「何か聞いたんですか。」
「……少しな。」
「……ごめんなさい。私に隙があったから。」
彼はため息をつき、私に近づいてきた。
「見せろ。」
「……え?」
「奴が一言言ったのは、お前の体に奴の痕跡を残したって言うことだ。」
「でも何もされてません。」
「奴もそんなことを言っていた。だからそれは事実なんだろう。でも悔しい。俺のものだと思ってたのにな。」
そう言って彼は私のシャツをまくり上げた。下着一枚になった私の体を見て、すぐに彼は気がついたらしい。そこに指を這わせる。
「んっ……。」
「これか。」
そう言って彼はそこに口付ける。そしてそこを離すと、私の首筋に今度は口付けた。唇が離れると、彼は耳元で囁いた。
「やはりあいつはバリスタとしては尊敬できるかもしれないが、人間としては破綻しているように思えてきた。」
「……。」
「やはり辞めることを視野にいれたらどうだろう。」
「……。」
答えられない。柊さんまで言われたら、やはりそうなのかもしれないけれど。だけど……。心のどこかでまだ学べることがあるのではないかとか、恩があるのではないかとか、そんなことが浮かんで消える。
「無理だな。」
そう言って彼は私を離す。
「俺が蓬に心酔していたように、お前は葵のあのコーヒーをいれる姿勢に心酔しているんだろう。」
少しうなづくと、彼はぽんと頭をなでた。
「はい。どんなことをされても、コーヒーの味だけは変わらない。ごめんなさい。柊さん。私……人間として葵さんを好きにはなれないけれど……。」
「そうだな。正直、お前のいれるコーヒーも悪くはないが、葵の方が美味い。」
「正直すぎ。」
「そうだろうか。あそこに入って一年そこらで、葵の味にたどり着いていたら、高校生なんか辞めてしまえ。」
少し笑う。そして私は彼を見つめた。
「でも心はずっとあなたのものですから。」
「俺もだ。葵がお前に手を出したと聞いたときに、何度あいつを殴ろうかと思ったが、相打ちになるのは目に見えているしな。」
「葵さんが?」
「そうだ。あいつ喧嘩は強いからな。」
細くて折れそうな人なのに、こんなガタイのいい柊さんと相打ちに出来るなんて思っても見なかった。
「葵には言ってきた。もしお前に手を今後出すことがあれば、何があってもお前から桜を引き離すと。」
「……そんな約束を守りますか。」
「わからない。だが、あいつ……。」
「何か言いました?」
「……悪びれなく言った。「桜をシェアしないか」とな。」
は?何それ。意味わかんない。
「桜。流されるなよ。お前は俺の……。」
次の言葉は言わせなかった。私は彼の首に手を回して、体を抱きしめていた。
「好き。」
すると彼も私の体を包み込むように腕を回してきた。お互いに見つめ合い、唇を寄せる。
「今夜は一緒にいてもいいか。」
「えぇ。そうして欲しいと思ってました。」
彼の匂い。彼の体温。そして体を抱きしめながら、私たちは眠りについた。
このまま朝が来なければいいとさえ思う。
「柊さん。」
「病院はどこだ。」
「救急指定の……医大病院。」
「わかった。お前はさっさと帰れ。あとで行くから。」
セックスはしなかった。だけど柊さんの前では私に出した条件を言えないのか、葵さんは引きずられるように表通りにでる。
そしてバイクに彼を乗せてヘルメットを被せる。柊さんもバイクにまたがると、派手なエンジン音をたてて二人はいってしまった。
良かった。これでいい。あの無茶な条件を私は飲むことなんか出来ないのだから。でも支社長を見殺しにも出来ないし、それを見守る蓮さんも見殺しなんかに出来ない。
私は家に帰る途中で自動販売機で水を買った。そうすれば、「水を買いに来ていた」と理由が出来る。補導をされないですむのだ。
家に帰ってきて時計をみる。深夜一時三十分。もうこんな時間だったのか。普段ならとっくに寝ている時間だ。
でも眠れるわけがない。いろんなことがあった。柊さんとデートをして、愛し合い、そして……葵さんに襲われた。彼にそれを言うことは勇気が必要だ。だけど、言わないといけないだろう。
Tシャツを脱いで、露わになる私の首元。そこには二つの跡。一つは柊さんのもの。そしてもう一つは葵さんのもの。正直にならないといけない。隠すと関係に歪みが出来る。それが歪な関係になってしまうから。
ラジオをつける。全国版のラジオ番組は、有名なアーティストがDJをしている。椿さんのように気の利いたことを言うわけではないけれど、淡々と語る口調はこの夜の雰囲気にぴったりだと思った。
ジャンルはロックのアーティストだけど、次に流れた曲はジャズの王道だった。空気にとけ込むような音楽に、私は身をゆだねる。
「渋い曲が流れているな。」
ふっと気がつくと、柊さんがやってきていた。ベッドに座っていた私の横に彼も座る。そして私の方をみた。その視線は怒っているような、そんな顔だった。もしかしたらもう葵さんの方から何か言われたのかもしれない。無理矢理だったもんな。私に非があることを言ってもおかしくはないもの。
「何か聞いたんですか。」
「……少しな。」
「……ごめんなさい。私に隙があったから。」
彼はため息をつき、私に近づいてきた。
「見せろ。」
「……え?」
「奴が一言言ったのは、お前の体に奴の痕跡を残したって言うことだ。」
「でも何もされてません。」
「奴もそんなことを言っていた。だからそれは事実なんだろう。でも悔しい。俺のものだと思ってたのにな。」
そう言って彼は私のシャツをまくり上げた。下着一枚になった私の体を見て、すぐに彼は気がついたらしい。そこに指を這わせる。
「んっ……。」
「これか。」
そう言って彼はそこに口付ける。そしてそこを離すと、私の首筋に今度は口付けた。唇が離れると、彼は耳元で囁いた。
「やはりあいつはバリスタとしては尊敬できるかもしれないが、人間としては破綻しているように思えてきた。」
「……。」
「やはり辞めることを視野にいれたらどうだろう。」
「……。」
答えられない。柊さんまで言われたら、やはりそうなのかもしれないけれど。だけど……。心のどこかでまだ学べることがあるのではないかとか、恩があるのではないかとか、そんなことが浮かんで消える。
「無理だな。」
そう言って彼は私を離す。
「俺が蓬に心酔していたように、お前は葵のあのコーヒーをいれる姿勢に心酔しているんだろう。」
少しうなづくと、彼はぽんと頭をなでた。
「はい。どんなことをされても、コーヒーの味だけは変わらない。ごめんなさい。柊さん。私……人間として葵さんを好きにはなれないけれど……。」
「そうだな。正直、お前のいれるコーヒーも悪くはないが、葵の方が美味い。」
「正直すぎ。」
「そうだろうか。あそこに入って一年そこらで、葵の味にたどり着いていたら、高校生なんか辞めてしまえ。」
少し笑う。そして私は彼を見つめた。
「でも心はずっとあなたのものですから。」
「俺もだ。葵がお前に手を出したと聞いたときに、何度あいつを殴ろうかと思ったが、相打ちになるのは目に見えているしな。」
「葵さんが?」
「そうだ。あいつ喧嘩は強いからな。」
細くて折れそうな人なのに、こんなガタイのいい柊さんと相打ちに出来るなんて思っても見なかった。
「葵には言ってきた。もしお前に手を今後出すことがあれば、何があってもお前から桜を引き離すと。」
「……そんな約束を守りますか。」
「わからない。だが、あいつ……。」
「何か言いました?」
「……悪びれなく言った。「桜をシェアしないか」とな。」
は?何それ。意味わかんない。
「桜。流されるなよ。お前は俺の……。」
次の言葉は言わせなかった。私は彼の首に手を回して、体を抱きしめていた。
「好き。」
すると彼も私の体を包み込むように腕を回してきた。お互いに見つめ合い、唇を寄せる。
「今夜は一緒にいてもいいか。」
「えぇ。そうして欲しいと思ってました。」
彼の匂い。彼の体温。そして体を抱きしめながら、私たちは眠りについた。
このまま朝が来なければいいとさえ思う。
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