彷徨いたどり着いた先

神崎

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修羅場

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 一馬と二人でK町へ戻ってきた。クリスマスイブと言うことで、客引きをしている男たちもサンタのコスプレをして客引きをしているようだが、クリスマスイブに居酒屋へ来たり風俗へ行く人というのは少ない。その分、やはり特別なサービスをしないと客は来てくれないのだ。
 そんな人たちを後目に、二人は繁華街を歩いていく。本来響子も一馬もこの辺の人はみんな知っている。なので、声をかける人も居ないのだ。
「あ……。」
 響子が足を止めた。その視線の先には、ケーキの箱が置かれている。一応、この辺にも洋菓子店はあり安さが売りのチェーン店だけだが、普段はサラリーマンたちが家に帰る際に家へのお土産として買ったり、風俗嬢が子供のためと言って買うのが主だ。
 もちろん、こんなケーキよりも真二郎が作るモノの方が、レベルが違う。生クリームもフルーツも一手間をかけているのだ。
「ケーキか。もう半額になっているな。」
 一馬もまた足を止めてケーキを見ている。葉子からのメッセージでは、ケーキは満足したらしい。近所との付き合いもあって、ここのケーキを買っていたがあくまでそれは店で出すものだ。家族で食べるモノは「clover」で買ったもの。美味しくて、全部子供たちで食べられそうだったが、一馬の分も残してあると言っている。
「売れなかったんですかね。」
「そうじゃないさ。家族のために買って帰る人たち用だろう。」
「そう……。」
 響子の家は冷え切ったモノだった。特に響子が拉致されてからは、ケーキの一つも用意してもらったことはない。
「一馬さんの所ではケーキを用意してありますよね。」
「あると思う。子供たちが居るからイチゴの方だったと思うが。個人的にはあのチョコレートの方が気になっていたんだがな。」
「アルコールが入っているから、子供には勧めていないんですよ。」
「気にするかな。」
「は?」
「上の子は、梅酒の時期になったら中に入っている梅を食べるのが好きでな。」
「酔わないんですか?」
「けろっとしている。」
 酒が強い方なのだろう。響子にも身に覚えがないわけではないが、そのたびに祖父から怒られていたような気もする。
「将来有望ですね。」
「そうだと思う。来年中学生だというのに。そうだ……。響子さん。」
 一馬はそういって洋菓子店から少し入ったところの小道を指さした。
「そこの道の奥に居酒屋があるだろう。」
「えぇ。一度功太郎と行ったことがあって。創作和食みたいな店でしたね。」
「あぁ。その二階からは住居になっている。そこに春から住もうと思ってな。」
「え?家を出るんですか?」
 すると一馬は肩をすくませて言った。
「来年中学生の子供が居るんだ。個人の部屋が欲しいだろうと思って、少し前から探していた。」
「だったらもっと静かなところの方がいいんじゃないんですか。」
「いいや。この辺が良い。多少ボロでも。」
 近くにいたかった。だから少しでも響子の家に近いところを選んだのだ。まだ候補の一つだが、おそらくそこに住むことになるだろう。
「行ってみても良いですか?外観だけでも見たい。」
「大丈夫か?さっきから少しふらふらしているようだが。」
「大丈夫。少し遠回りになるだけでしょう?」
 響子はそういってその小道へ足を向ける。すると一馬もその後を追っていった。
「こっちだ。」
 いつか功太郎と行った創作和食の居酒屋は、結構夜遅くまでしている。若い夫婦が二人でしているところでカウンター席はなくテーブル席だけだが、案外はやっているようだ。
 だが今日は早く閉めるらしい。のれんがもうしまわれていて、中からはサラリーマンが三人赤ら顔で出てきた。それを若い女性が見送ると、また店内に入っていく。
 その上は四階建てになっていて、脇にある鉄の階段から上がるらしい。
「二階はこの夫婦の家になっていて、三階からは貸しているらしい。その四階の一室が空いている。」
 四部屋しかないが、三階の一室からは光が漏れている。人が住んでいるのだろう。
「あまり広くは無さそうですね。」
「一部屋しかない。まぁ、たぶん寝に帰るだけの部屋になりそうだ。」
「料理とかするんですか?」
「たまにな。今はあまりしないが。」
 すると響子は一馬を見上げる。すると一馬は咳払いをして響子に言う。
「……買って帰ったり、スタジオの飯だけでは栄養は偏るな。」
「だと思いますよ。たまには作った方が良いです。」
「来てくれるか?」
「それでも良いですし、うちも真二郎が食べないときもあるから。余ることもあるんですよね。」
 あくまで自然にお互いが誘い合っている。顔を見合わせると少し笑う。
「まだ候補の域を出てない。正式に決まればまた知らせる。」
「えぇ。」
 そういって一馬はまた来た道を戻ろうとした。すると響子が一馬のジャンパーの裾を引く。
「どうした。」
「こっちの方が近いから。」
「そうだったか。」
「あまり道を知らないんですね。」
「……特殊だろう。こういう所に住むというのは。」
「そうですね。」
「両親から行ってはいけないところとかはずっと教えられていた。今になったらその意味はわかるが。お前はどうしてこの町に?」
 拉致されたというのだったら、こういう所は怖いはずだ。なのにあえてこういう所を選んでいる。それは一馬にとって不思議だと思うことだった。
「なるべくにぎやかなところに住みたかったんです。」
「にぎやか?」
「静かな道は、未だに怖いんですよ。」
 静かな通学路で日が落ちれば人一人通らないような田舎道で、響子は拉致された。だからそういう道をいつも避けていたのだ。
「そうか。こればかりは自分の問題だな。」
「……だと思います。」
 細い路地で、車も通らない道だ。それでも店があるらしく、看板が立てかけられている。その入り口には柄の悪そうな男が立っているが響子のことも一馬のことも良く知っている男で、二人を見て軽く声をかけるくらいの付き合いはある。だがあえて二人を誘うことはしない。
「最近仲が良いな。お前等。」
 そういって男は煙草に火をつける。
「そう見えますか?」
「良いご身分だよな。男に送ってもらうなんて。」
 それは嫌みのようにも聞こえた。だが響子は首を振って男に言う。
「そうですか?優しい人は皆こうしていると思ってましたが。」
「お前はあれだ。恵まれてるんだよ。」
 男が勤めるその店はソープランドで、こんなに大事にされている女は居ない。男が迎えに来たと思ったら借金取りだったり、紐だったりするのだから。
「感謝をしなければいけませんね。」
 響子の答えに男は頭をかく。嫌みを言ったつもりなのに、響子はまるでそうとらえていない。お嬢様なのか世間知らずなのかわからないところがあるのだ。
 男と別れて道を行くと、響子のアパートはすぐそこにあった。
「ここで良いか。」
「はい。ありがとうございました。」
 すると響子は礼をして、アパートの方へ向かおうとした。だがその足が止まる。そしてこちらを見ている一馬の方を振り返る。
「一馬さん。」
 すると響子は再び一馬の側へやってくると、バッグから白い包みを取り出した。そしてそれを一馬に手渡す。
「どうした。」
「クリスマスだから。」
 すると一馬も少し笑って響子に、用意していた包みを手渡した。
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