不完全な人達

神崎

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嫉妬

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 思えば清子の部屋へ行ったとき奇妙だと思った。備え付けの家具や家電。清子の私物は大きめのキャリーバッグ一つ。洋服や下着は最低限。お気に入りの音楽はダウンロードですませ、お気に入りの本を数冊持っていて、それもダウンロードですませる。
 清子の私物はパソコン周りとノートパソコンだけ。化粧品も何もない。美容室も秋に髪をまとめるので少し切っただけで美容室にも足を向けない。
 休みの日は勉強会や講習だけ。物欲がないのかと思っていた。
 居酒屋を出て、清子は携帯電話を取り出す。電車の時間をチェックしているのだろう。
「まだ最終がありますね。それで帰ります。」
 せっかくこの街にきたのだ。誘いたい。夏頃に体を合わせたきり何もしていないのだ。
 やりたい。
 いつか感情がなければ、壁の穴に突っ込んでいるのと同じだと言った。でも清子は壁の穴ではない。清子に求められたい。名前を呼んで欲しい。
「清子。このまま帰るの?」
 史はそう言うと、清子は振り返った。
「えぇ。明日も仕事ですし。」
「一緒に出社しよう。」
「嫌です。ブラウスだけでも着替えたいし。」
「だったら途中で買えばいい。ほら。」
 指さした先には量販店がある。いつか史と行った量販店と同じ系列のモノだ。当然ブラウスも、下着も置いてある。
「嫌です。荷物になるから。」
「だったら今日来ていた物はうちに置いていって。洗ってあげるから。次に来たときにはそれを身につければいいと思わないか。」
「……春までですよね。なのに何で……。」
「春までじゃない。君がどこにいても俺は駆けつけるよ。君に会いに行く。」
 甘い言葉だ。そう言って女性の心を掴んできたのだろう。普通の女性なら離れられないかもしれない。
「仕事をしてください。」
「……。」
「祖母が言っていました。男は稼いでなんぼだって。将来、家庭を持ったりすることもあるでしょうから、そのときのために……。」
「君が居てくれればいい。」
 史はそう言って清子の手を握る。
「来て。」
 目を見れなかった。目を見たら転んでしまう。優しい言葉などかけられたことはなかった。ただ孤独に耐えて、自分の力を身につけていた。だからこの目に流されてはいけない。
「やです。」
「来て。」
 力を込める。すると清子は足を取られるように、史の体に倒れ込んできた。
「あ……。」
 それを抱き寄せると、耳元で囁いた。
「来て。」

 部屋に着くなり、史は清子の体を抱きしめた。電気をつけないまま清子を壁に押しつけると、そのままキスをする。
「ちょっ……。」
「駄目。どれだけ我慢してきたんだと思ってる?上を向いて。……そう。俺だけ見て。」
 たどたどしい舌の感触。どんな女優でもこんな気持ちにならなかった。胸の奥が熱い。
 唇を離すと、清子の結んでいる髪に手をかけた。
「あの……編集長……ここで?」
「史。ここでは名前を呼ぶんだ。」
 髪を結んでいるゴムを取られると、ばさっと頬に髪が落ちた。
「せめて……あの……ベッドで……。」
「君といると十代に戻ったみたいだ。何度でもしたい。」
 話を聞いてくれない。清子はそう思いながら、ジャケットのボタンを脱がされる。そして史も自分のネクタイに手をかけた。
「や……。ここでなんて……。」
 まだ玄関先だ。一番奥の部屋だから、人が来ることはないのかもしれないが、どんな拍子で来るかわからないのだから。
「だったら名前を呼んで。ほら。早く。」
 ブラウスのボタンに手をかけてきた。清子はぐっと唇をかみしめると、史の方を向いて言った。
「お願い。ここは嫌です。せめてベッドに連れて行ってください。史……。お願いです。」
 すると史の手が止まり、清子を抱き抱えた。互いのバッグをソファーの上に置くと、隣の部屋にあるベッドに清子を寝かせる。
「ここなら、文句言わない?」
 ベッドサイドにある明かりをつけて、その脇にあったリモコンに手を伸ばす。エアコンをつけたらしい。
 ベッドが少しきしんだ。史が乗ってきたのだろう。
「清子……。」
 ここで女性と暮らしていた。だからベッドが一人暮らしにしては広いと思ったのだ。女をすぐ連れ込めるようにしていたのかもしれないと思っていたが、そんな理由もあったのだ。
「ここで……一緒に暮らしていた人がいるんですね。」
 清子の言葉に史の手が少し止まった。
「そうだね。でも君が一気に忘れさせてくれた。」
「……。」
「愛してるよ。」
 そんな立派なことをしていない。史はすぐに好きだとか愛しているとか言うが、清子はそんなことを一言も言ったことはないのだから。
「どんな人だったんですか?」
 ブラウスのボタンをはずそうとして、史の手が止まった。忘れかけていたのにどうして清子はそんなことを聞きたがるのだろう。
「……今は言いたくないな。今は君を抱きたい。」
「忘れるために抱くんですか?」
 その言葉に史は首を横に振る。
「違うよ。君のことが好きだから。だから抱きたい。」
 すると清子はその手を止める。
「思い出してしまったから、抱きたい。そんな風に聞こえます。」
「清子。」
 だから言いたくなかった。清子の気をきっと悪くしたのだろうから。そもそも愛情以前に人間としても信用されていないのだ。
「清子。」
 清子は起きあがると、史の体に体を寄せた。
「……。」
 今までにない行動だった。驚いたように、史は清子を見下ろす。
「どうしたの?」
「……何でもないです。」
 清子はすっと体を離れると、ベッドから降りようとした。
「どこへ?」
「……寒いから……シャワーを借りても良いですか?」
「そうだね。俺も焦りすぎた。まずは湯船を溜めようか。」
 史もベッドから降りると、リビングへ向かう。そして電気をつけた。
 バスルームで湯船にお湯を溜める。ついでに入浴剤をいれた。たまに暖まるようにと、入れている入浴剤は体の芯まで温かくなるようだと思う。
 そしてバスルームを出ると、清子は棚にあるソフトを手に取っていた。
「何をしているの?」
「……。」
 それは史が出演しているソフトだった。シチュエーションモノで、恋人同士が絡み合うような女性用のAVだった。裏表紙を見て、清子はため息をつく。
「確かに……これは複雑でしょうね。」
「清子。」
「恋人だったら耐えれないかもしれない。東二さんも、史に捨てられたと思っても勘違いではないでしょうね。」
 すると史はそのソフトを手にする。そして清子を見下ろした。
「だから、AV男優は結婚していない人が多い。結婚してもうまくいかない人もいる。仕事はセックスをすること。それは自分以外の人を抱いてお金にしているって事だからね。異性には理解し辛いと思う。」
「……。」
「でも仕事セックスなんだ。演技だし、普通はそんなセックスをしないよ。」
「そんな?」
「例えば、見せるセックスというのは確かにある。接合部をよくカメラに見えるようにするための体位とかもある。でもそれで女優が気持ちいいとは限らないし、男も気持ちいいこととはほど遠い。ただ……。」
「……。」
「言葉で言うことはどちらも同じだ。人間だからね。言葉が通じない相手ではないんだ。言葉を使わなければ、愛情があるのかもわからない。だから、俺は君がどれだけ呆れても「好きだ」って言い続けるから。」
「……答えられませんよ。」
「知ってる。でも諦めないから。」
 史はそう言って、そのソフトを棚にしまう。
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