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嫉妬
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ビールから日本酒に変える。熱燗で出された日本酒は、甘口ではないので美味しくてお湯のようだと思う。だがその匂いはしっかりアルコールの匂いで、べとべとした感覚はない。良いお酒なのだろう。史がこの居酒屋の日本酒が美味しいといっていた理由がわかる。
筑前煮を摘みながら、史の方を見る。史は冷酒を飲んでいるがまだそれほど減っていない。東二との関係はまだ何かあるのだろう。
どちらにしてもあまり肩を持つ気はない。肩を持てばつけ込んでくるのが男なのだから。
「お酒、あまり進んでいないですね。」
清子がそう言うと、史は少し笑う。
「日本酒は美味しいけど、回るのが早いからね。君は違うようだ。日本酒の方が水みたいに飲んでいるみたいに見えるよ。」
「人を酒豪みたいに言わないでくださいよ。」
「それだけ飲んだら酒豪だと思うね。」
そう言って史は煙草に火をつける。
「仕事の話をそろそろしましょうよ。」
「……そうだね。そのために呼んだんだった。」
じゃあ何のために来たんだ。清子はそう思いながら、バッグから封筒を取り出す史を見ていた。
「人事部から依頼が来てる。徳成さんを春で正社員にしたい。その際には、IT部門へ来て欲しいとね。」
ITとなれば、「pink倶楽部」だけではなく、他の課のモノや会社全体のネットワークについて、すべてを管轄しないといけない。そうなれば、今までよりも仕事はハードになるだろう。
清子はその封筒を受け取り、中の資料を見る。そこには正社員になるための契約書や、必要事項の書いた紙が出てきた。
「派遣を辞めろと。」
「そう言うことだね。君はとりあえず試しでうちの課に来ていた。その仕事の姿勢や、人間関係を見て報告した。確かに人間関係には難があるけれど、あっちの課はそう言う人が多い。今よりもやりやすいと思うけど。」
しかし清子は首を横に振り封筒を史に返した。
「お断りします。」
「徳成さん。」
「安定しているかもしれませんが、こちらにはこちらの事情がありますから。」
「それって、うちの会社が信用できないって事?」
「そうですね。」
素直に清子はそう言うと、目の前のお猪口に酒を注いだ。もう半分ほど減っている。
「社員になれば、今自腹で行っている講習や勉強会の費用もすべて会社が負担するし、保険も適応できる。今よりも条件は良いはずだと思うけど。」
煙を吐き出して、史は少し笑う。
「あまり会社を転々としていると、噂も立つと思う。そのとき、徳成さんを雇おうって言うところは限られてくると思わないか。」
それは確かにそうかもしれない。派遣はある程度になれば、正社員になるのが前提で、だいたいの人がそうしているのだ。だが清子のように毎年派遣先が変わると、他の会社の情報を持って行くのではないかという疑いがかけられることもある。そうなれば苦しいのは清子だ。次の派遣先が見つからない場合、どんなに良い人材でも煙たがられれば切られることもあるのだ。
「……私には私の考えがありますから。」
「どんな?」
「言う必要はありませんよ。」
「結婚でもする?」
「しません。」
史は煙草を消して、少し笑う。
「俺が貰おうか?」
「いいえ。別の人を見た方が有益です。」
「結構本気だったんだけどな。」
目の前の酒に口を付ける。熱燗の酒はあまり甘く無い。清子の好みだと思う。
「少なくとも……。」
「何?」
「隠していることがある人と結婚すれば、いろんな顔が見えてくる。そうなれば結婚してもすぐ別れることになりますから。」
その言葉に史はまた少し笑う。
「俺が隠していることがあるの?」
「えぇ。例えば……東二さんの話とか。」
東二の名前に史は少し表情を曇らせた。そして冷静に酒に口を付けている清子を見た。
「さっき言ったよね。嫌われている理由があるって。」
「それだけじゃないと思うから。」
「どうして?」
「東二さんは「甘い言葉を平気で口にするような男」とおっしゃっていました。それで泣いている女性がいるとか。」
「……。」
「でもさっきの話では、編集長と東二さんは仕事が原因で仲違いをしている。「言葉」の話は何も出てきていない。」
「探偵みたいだね。」
「そんなこともするので。」
すると史は酒を一口飲んで、清子を見る。
「久住はずっと君を忘れられないと言っていたね。俺にもね、忘れられない人がいるんだ。」
やはり女関係か。清子は煙草をくわえて、その話を聞く。
「ずっと支えてくれた人が居てね。汁男優だったから、収入も微々たるモノだった。バーでバイトをしていたけど、結局撮影があればそっちを優先させないといけない。その生活を支えてくれた人。」
「……女性ですよね。」
「あぁ。俺より少し年上でね。普通のOLをしていた。けどね……。」
九年前、女性向けのAVに出て少し評判が良かった史は、その後の作品の打ち合わせをしていた。その間中、携帯電話がずっと鳴っていたが取ることは出来なかったのを今でも後悔している。
そしてやっと打ち合わせが終わり、携帯を見るとそこには見覚えのない電話番号があった。何度も何度もかかっている。
かけ直してみると、出たのは東二だった。
「彼女は、夕さんの子供だったんだよ。」
「でも……東二さんには結婚歴はないって……。」
「籍に入ってないだけ。事実婚をずっとしていた女性が居てね、その一人娘だった。」
AV男優というのは安定した仕事ではない。東二もそれはわかっていて、籍をいれることはなかった。
「慌てて病院へ行くと、彼女はもう白い布をかけられていた。」
彼女は職場近くの公園のトイレの中で首を吊っていた。そして彼女の持ち物の中に、史が出演した女性向けのAVソフトが入っていたのだ。
その中の史はずっと甘い言葉を女性に話しかけている。きっと彼女にとっては耐えられないことだったのだ。
今までずっと自分だけに言われていた言葉だったのに、他の女性に言っていた。その事実を認めたくなかったのだ。その心情を理解してやれなかった。だから彼女は死を選んだのだ。それを支えてあげれなかった自分も悪いと思う。
一年間、契約でAVの出演をしてそこそこ人気は出たがいつまでたっても彼女の顔がちらついていた。
普段自信満々のように見える史だが、こういうときは弱く見える。清子はそう思いながら、煙を吐き出した。
「だから夕さんは言ったんだよ。「甘い言葉を平気で言う。」って。誰にでも言っているわけがない。演技なんだから、その辺はわかっていると思ってたんだけど。」
女性向けのAVと男性向けのAVとでは、まるでやっていることがまるで違う。だから東二には理解が出来なかったのだろう。
「編集長……まだ忘れられませんか?」
すると史は少し笑っていった。
「知ってると思うけど、明神とも付き合ったことがある。」
「……そうでしたね。」
香子は、清子が入ってきたときあたりまで史を忘れられないようだった。だが今は別の恋人がいる。何もかもわかっていて、すべてを受け入れられている懐の広い人間だ。
「でもやっぱり忘れられなかった。失礼な話だけど、「違う」って思った。でも……君と会って変わった。」
清子は眉一つ動かすことなく、煙草を消す。
「忘れられて良かったですね。それで……他の人を見れればいいんじゃないんですか?」
「いいや。駄目だ。」
「編集長。」
「誰にも渡す気はない。」
ぐっと酒を飲むと、清子を正面にして言う。
「明日、一緒に出社をしよう。」
それはどういう意味なのか、清子でもすぐにわかった。首を横に振り、清子は史の方を見る。
「帰ります。」
「清子。」
「人事部には私から言います。契約通り、来年の春までですね。」
「清子。」
「……別にそれがきっかけではない。私はずっと一人だと思ってた。それだけですから。」
情で流されはしない。
「君は……さっきも言ったよね。ずっと派遣をするって事は不可能だ。定職に着いた方がずっと条件も良くなるのに……どうして?」
「……とりあえず今はお金を貯めます。」
「お金?」
「それ以上のことは言いません。」
清子はそう言って、またお猪口に酒を注ぐ。誰にも口外していないことだ。それを史に言うほど、史をまだ信用できない。
筑前煮を摘みながら、史の方を見る。史は冷酒を飲んでいるがまだそれほど減っていない。東二との関係はまだ何かあるのだろう。
どちらにしてもあまり肩を持つ気はない。肩を持てばつけ込んでくるのが男なのだから。
「お酒、あまり進んでいないですね。」
清子がそう言うと、史は少し笑う。
「日本酒は美味しいけど、回るのが早いからね。君は違うようだ。日本酒の方が水みたいに飲んでいるみたいに見えるよ。」
「人を酒豪みたいに言わないでくださいよ。」
「それだけ飲んだら酒豪だと思うね。」
そう言って史は煙草に火をつける。
「仕事の話をそろそろしましょうよ。」
「……そうだね。そのために呼んだんだった。」
じゃあ何のために来たんだ。清子はそう思いながら、バッグから封筒を取り出す史を見ていた。
「人事部から依頼が来てる。徳成さんを春で正社員にしたい。その際には、IT部門へ来て欲しいとね。」
ITとなれば、「pink倶楽部」だけではなく、他の課のモノや会社全体のネットワークについて、すべてを管轄しないといけない。そうなれば、今までよりも仕事はハードになるだろう。
清子はその封筒を受け取り、中の資料を見る。そこには正社員になるための契約書や、必要事項の書いた紙が出てきた。
「派遣を辞めろと。」
「そう言うことだね。君はとりあえず試しでうちの課に来ていた。その仕事の姿勢や、人間関係を見て報告した。確かに人間関係には難があるけれど、あっちの課はそう言う人が多い。今よりもやりやすいと思うけど。」
しかし清子は首を横に振り封筒を史に返した。
「お断りします。」
「徳成さん。」
「安定しているかもしれませんが、こちらにはこちらの事情がありますから。」
「それって、うちの会社が信用できないって事?」
「そうですね。」
素直に清子はそう言うと、目の前のお猪口に酒を注いだ。もう半分ほど減っている。
「社員になれば、今自腹で行っている講習や勉強会の費用もすべて会社が負担するし、保険も適応できる。今よりも条件は良いはずだと思うけど。」
煙を吐き出して、史は少し笑う。
「あまり会社を転々としていると、噂も立つと思う。そのとき、徳成さんを雇おうって言うところは限られてくると思わないか。」
それは確かにそうかもしれない。派遣はある程度になれば、正社員になるのが前提で、だいたいの人がそうしているのだ。だが清子のように毎年派遣先が変わると、他の会社の情報を持って行くのではないかという疑いがかけられることもある。そうなれば苦しいのは清子だ。次の派遣先が見つからない場合、どんなに良い人材でも煙たがられれば切られることもあるのだ。
「……私には私の考えがありますから。」
「どんな?」
「言う必要はありませんよ。」
「結婚でもする?」
「しません。」
史は煙草を消して、少し笑う。
「俺が貰おうか?」
「いいえ。別の人を見た方が有益です。」
「結構本気だったんだけどな。」
目の前の酒に口を付ける。熱燗の酒はあまり甘く無い。清子の好みだと思う。
「少なくとも……。」
「何?」
「隠していることがある人と結婚すれば、いろんな顔が見えてくる。そうなれば結婚してもすぐ別れることになりますから。」
その言葉に史はまた少し笑う。
「俺が隠していることがあるの?」
「えぇ。例えば……東二さんの話とか。」
東二の名前に史は少し表情を曇らせた。そして冷静に酒に口を付けている清子を見た。
「さっき言ったよね。嫌われている理由があるって。」
「それだけじゃないと思うから。」
「どうして?」
「東二さんは「甘い言葉を平気で口にするような男」とおっしゃっていました。それで泣いている女性がいるとか。」
「……。」
「でもさっきの話では、編集長と東二さんは仕事が原因で仲違いをしている。「言葉」の話は何も出てきていない。」
「探偵みたいだね。」
「そんなこともするので。」
すると史は酒を一口飲んで、清子を見る。
「久住はずっと君を忘れられないと言っていたね。俺にもね、忘れられない人がいるんだ。」
やはり女関係か。清子は煙草をくわえて、その話を聞く。
「ずっと支えてくれた人が居てね。汁男優だったから、収入も微々たるモノだった。バーでバイトをしていたけど、結局撮影があればそっちを優先させないといけない。その生活を支えてくれた人。」
「……女性ですよね。」
「あぁ。俺より少し年上でね。普通のOLをしていた。けどね……。」
九年前、女性向けのAVに出て少し評判が良かった史は、その後の作品の打ち合わせをしていた。その間中、携帯電話がずっと鳴っていたが取ることは出来なかったのを今でも後悔している。
そしてやっと打ち合わせが終わり、携帯を見るとそこには見覚えのない電話番号があった。何度も何度もかかっている。
かけ直してみると、出たのは東二だった。
「彼女は、夕さんの子供だったんだよ。」
「でも……東二さんには結婚歴はないって……。」
「籍に入ってないだけ。事実婚をずっとしていた女性が居てね、その一人娘だった。」
AV男優というのは安定した仕事ではない。東二もそれはわかっていて、籍をいれることはなかった。
「慌てて病院へ行くと、彼女はもう白い布をかけられていた。」
彼女は職場近くの公園のトイレの中で首を吊っていた。そして彼女の持ち物の中に、史が出演した女性向けのAVソフトが入っていたのだ。
その中の史はずっと甘い言葉を女性に話しかけている。きっと彼女にとっては耐えられないことだったのだ。
今までずっと自分だけに言われていた言葉だったのに、他の女性に言っていた。その事実を認めたくなかったのだ。その心情を理解してやれなかった。だから彼女は死を選んだのだ。それを支えてあげれなかった自分も悪いと思う。
一年間、契約でAVの出演をしてそこそこ人気は出たがいつまでたっても彼女の顔がちらついていた。
普段自信満々のように見える史だが、こういうときは弱く見える。清子はそう思いながら、煙を吐き出した。
「だから夕さんは言ったんだよ。「甘い言葉を平気で言う。」って。誰にでも言っているわけがない。演技なんだから、その辺はわかっていると思ってたんだけど。」
女性向けのAVと男性向けのAVとでは、まるでやっていることがまるで違う。だから東二には理解が出来なかったのだろう。
「編集長……まだ忘れられませんか?」
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「……そうでしたね。」
香子は、清子が入ってきたときあたりまで史を忘れられないようだった。だが今は別の恋人がいる。何もかもわかっていて、すべてを受け入れられている懐の広い人間だ。
「でもやっぱり忘れられなかった。失礼な話だけど、「違う」って思った。でも……君と会って変わった。」
清子は眉一つ動かすことなく、煙草を消す。
「忘れられて良かったですね。それで……他の人を見れればいいんじゃないんですか?」
「いいや。駄目だ。」
「編集長。」
「誰にも渡す気はない。」
ぐっと酒を飲むと、清子を正面にして言う。
「明日、一緒に出社をしよう。」
それはどういう意味なのか、清子でもすぐにわかった。首を横に振り、清子は史の方を見る。
「帰ります。」
「清子。」
「人事部には私から言います。契約通り、来年の春までですね。」
「清子。」
「……別にそれがきっかけではない。私はずっと一人だと思ってた。それだけですから。」
情で流されはしない。
「君は……さっきも言ったよね。ずっと派遣をするって事は不可能だ。定職に着いた方がずっと条件も良くなるのに……どうして?」
「……とりあえず今はお金を貯めます。」
「お金?」
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