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第一章

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さて、俺の処女喪失の危機やらルニー激おこ案件やら色々とありましたけれど…無事に辿り着きました、目的地メソーゼ!
メソーゼに辿り着くや否やそそくさと俺達と盗賊達を置いて街の中に入って行ってしまった小太りのおっさん達(俺に対しては名残惜しげにしていたけれどガン無視した)をよそに俺達は現在、街の入り口にて門の役人に身分証の提示を求められたが、異世界の住人である俺にそんな物がある筈がなく。
ルニーに確認してみるも奴隷であり、殺されかけていたルニーがそんな物を持っている筈がない。
普通ならば文字通りの門前払いになるのだが、どうやらルニーが退治した盗賊達が手配書が出ていた盗賊らしく、その盗賊達を連れてきているという事から門前払いする訳にもいかず、一先ず詰所に移動して話し合いをする事になった。

「…これさ、無理な感じかな?」
「…すまない、俺が役に立たないばかりに…」
「いやいやいやルニーのせいじゃないから! むしろルニーには感謝しかしてないから!」

詰所の応接室にあたる部屋に通され、来客用の長椅子に二人並んで(最初ルニーは渋っていたが無理矢理座らせた)ルニーに話し掛けるとルニーは申し訳なさそうに謝ってきたので慌てて訂正する。
しかし、これはどうしたものだろうか。
冒険者ギルドがあるからワンチャン入れるかな?と思ったけれど存外警備システムはちゃんとしているらしい。…住人にとっては有難い事か。
しばらく応接室で待っていると部屋の外が何やら騒がしくなった事に気付く。
そしてそれと同時に隣に座っていたルニーががた、と立ち上がると俺の前に立ち塞がるように扉に体を向け、警戒の体勢を取る。

「る、ルニー?」

突然どうしたんだ、とルニーに声を掛けた瞬間、俺は全身の産毛が逆立つような感覚に襲われる。
それはまるで蛇に睨まれた蛙になったような気分だった。
いつまでこの得体の知れない恐怖が続くのだろう、と思った矢先、ふと全身を包んでいた謎の感覚が消えた。

「───ハッ! あの盗賊達を倒したっていうのはホラじゃなかったみてぇだな」

男らしい、粗暴ながらも何処か色気のある低音が聞こえたと共に乱雑にバァン、と扉が開かれる。
そこには誰が見ても鍛え上げられている事が分かる筋骨隆々な右目を黒い眼帯で隠している妙齢の男が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
男の顔には顔の右側に大きな古傷があり、それはとても痛そうだが、若い頃は麗しい色男(俺目線)であった事が窺える整った容姿をしていた。
…まあ、つまりはこの世界では敬遠されがちな容姿であるという事だ。
男は片方しかない左目で警戒心を露わにするルニーとそんなルニーの後ろから顔だけ出して様子を伺っている俺を順に見て、すう、と目を細めた。
あ、その仕草とても好みです。

「ひ、ヒライス様、この者達が先程お話した…」
「盗賊倒したのに身分証がねぇっつう間抜けだろ、わかってらぁ」

男の後ろから俺達を詰所に案内してくれた役人が慌ててそう説明するとヒライス、と呼ばれたイケオジはヒラヒラと手を振りながら、俺が座る椅子の向かい側に腰掛けた。

「んで? なんで身分証がねえんだ?」

ヒライスは片眉を上げて、俺とルニーを見ながらそう言った。
そんなヒライスの様子に役人の男が慌てる素振りを見せるがヒライスは全く動じず。
さて、なんて言ったものか、と考えていると布で顔を隠した状態のルニーが静かに口を開いた。

「…俺は奴隷だった」
「…ああ、なるほど。で? そっちの色男は? 見た所、イイ所の坊ちゃんみてぇだが」

色…ああ、美醜逆転世界でしたね、そういえば…。
慣れない褒め言葉にドギマギしながらも俺はなんて伝えるべきか、と考える。
俺が身分証を持っていないのは、俺が異世界から来た人間だから…なのだが、それを知っているのは俺しかいない訳で。
ルニーにも話していない事を幾らダンディーイケオジの前だからって言うのはちょっとどうなのか、と悩んだ結果。

「…実は、俺、記憶がなくて」
「「「は?」」」

俺は自分が記憶喪失だった、という事に仕立て上げました。
俺の言葉にルニーは勿論、ヒライスと役人が目を丸くして、俺に視線を向けた。
元の世界でノンケに擬態して、やり過ごした日々を思い出して、騙し切れ!!!!
あ、ルニーには後でちゃんと説明します。

「自分の名前は思い出せるんですけど、その他の事が全く思い出せなくて困ってたんです」
「そ、それは本当なのかヒカル…!」

布で顔のほとんどが隠れているが声音からして心配そうなルニーの言葉に俺の良心が痛む。
ごめん、ルニー…本当、後でちゃんと説明するから…。

「…記憶がない事に気付いたのはいつからだ?」

一方、ヒライスはすぐに平静を取り戻し、真剣な表情で俺を見つめながら、そう問い掛ける。
う、もしや見抜かれてる…?

「…目が覚めたら、森の中にいて、今自分が何処にいるのか、ここが何処なのか分からないまま彷徨い歩いていたらルニーと出会って、色々あって二人でこのメソーゼに来る事になった道中、盗賊に襲われた所をルニーに助けてもらって、今ここにいる感じです」

…嘘は言っていないぞ。色々と詳細をぼかしてはいるが、ルニーが非人道的な扱いを受けていた事を話す必要性もないからな。
ヒライスは俺の話を聞いた後、ルニーに視線を向ける。
ルニーは「その通りだ」と頷く。

「…ふぅん? なるほどねぇ…」
「あの…だから、俺はそもそもこの街に入るのに身分証が必要だったのも知らなくて…」
「…ヒカル、ていったか? そこの奴隷男を見て、どう思う」
「ルニーを奴隷扱いするのやめてください」

右手の親指を立ててルニーを指差してヒライスがそう聞いた瞬間、俺は間髪入れずにそう答えていた。
親指でルニーを指差したまま、橙色の左目を丸くしてヒライスは固まる。
が、こればかりは俺も意見を変えるつもりはない。それ以上何も言わずにヒライスをじっと見つめる。
数秒の沈黙。

「…っく、はははは! なるほどなぁ、アンタにして見れば、そいつは奴隷じゃなくて命の恩人な訳だ。いや、悪い。侮辱するつもりはなかった。すまん」

そう言うとヒライスは両膝に手をついて、俺達に向かって頭を下げる。
ヒライスの行動に後ろの役人が慌てふためいていたが、ヒライスはそれを全く気にせず頭を下げ続けるので俺とルニーは互いに視線を合わせるとヒライスに頭を上げるよう促す。

「アンタが記憶喪失ってのが嘘なんじゃないかと疑った。だが、その様子を見るにほとんど間違っちゃいないようだ」
「…と、言いますと?」
「…あー…」

ヒライスはちら、とルニーに視線を向ける。
ルニーはヒライスが言わんとしている事を察したのか黙ったまま、小さく頷いて、それを見たヒライスがコホン、と咳払いをしてから口を開いた。

「この国では奴隷と呼ばれる身分の者は少なくない。生まれた家が貧しく口減らしの為、奴隷商人に売られた者、借金が返せなかった者、盗賊や人買いに攫われた者、罪を犯した者、そして…容姿が醜く、働き口が見つからなかった者…そういった奴らがほとんどだ」
「…最後のは、どうして」
「この国では容姿によって受ける待遇に差が出る。例え、貧しくても顔が整っていれば人並みの生活は送れるし、運が良ければそれ以上の立場になる事だってある。…だが、その逆は地獄のようなもんだ。顔を隠し、視線に怯え、ひたすら耐え忍ぶだけの日々」

ヒライスの言葉にルニーは何も言わない。言わないけれど、否定もしない事から、それが間違っていないのだと思い知らされる。

「容姿の醜い者は滅多に施しなんか受けられない。仕事が見つからなければ、待つのは犯罪者になるか死に絶えるか…そのどちらかだ。だが、奴隷になれば最低限の衣食住が提供される。買われた先がそれなりに人道的なら食うのに困る事はないだろう。…人間以下の仕打ちを受けたとしても死ぬよりはマシ、と思う者だっている」
「で、でもここには冒険者ギルドがあるって聞きました」
「ああ、ある。確かにこの街には冒険者ギルドが存在する。だが、冒険者として生き延びられるのは、ほんの一握りだ。冒険者の仕事は常に死と共にあると言ってもいい。ろくに鍛えてもいなく、なんの技術もない、武器や防具をろくに買う事すら出来ない人間がどうやって危険な任務を遂行できる? 任務は受けたが誰一人生きて帰ってこなかった、なんて事は日常茶飯事だ。それにギルド側も仕事を受けて、冒険者に紹介している場だ。依頼を満足にこなせないギルドに仕事を頼む者がいると思うか?」
「…詳しいんですね」

まるで見てきたかのような口振りのヒライスに思わずそう言えばヒライスはニヤリ、口角を上げた。
あ、今の顔、好みです。

「そりゃそうだ。俺がこのメソーゼの冒険者ギルドのギルド長なんだからな」

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