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第十幕「銀の英雄」
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しおりを挟む「くっ! βに変更だ、かかれ!」
声と同時に前後の男たちがリウネから距離をとった。その瞬間、頭上からなにか物体が降ってくる。それは地面に落ちると霧散して白い煙を吐き出した。
(……これは、ただの煙幕か?)
毒ガスではないと判断した瞬間、視界が悪い中、上、横から細い光のようなものがリウネに当たる。その意図に気づいた時には男の拳が腹に食い込んでいた。
「グッ……!」
なんとか腹に力を込めて耐えるが、一瞬よろめいたところを背後から殴られた。多勢に無勢とはいえ、やはり不愉快だった。いつまでも調子に乗ってんじゃねぇの心である。空気を割って迫ってきた男の攻撃を避け、振り向きざまに一発食らわせる。そのまま裏路地を走り、脱出を試みる。
立ちふさがるやつらは当て身を食らわせて落とし込んでやった。広い道に出るとその光景にリウネは皮肉げに口角を上げた。
路地を背後に囲まれている。さっきよりも人数が圧倒的に多い。
「相手さんも相当必死ってわけだ」
流石のリウネでもこれは苦しい。先程のように退路は見込めず、逃げることもままならない。五体満足に帰るのは不可能に近いだろうが、帰らないという選択肢もない。
負けるなんて以ての外。はて、怪我を負うのは何年振りか。どこからいくか、と人の壁の柔い部分を見極めようとしたその時。
「な、なんだお前!」
「ぐあっ!」
殴るような音と人の転がる音。悲鳴。乱入者の存在を知らせるには充分だった。人の壁をその言葉の通り蹴り破って現れたのは、イズナ。
「ご無事ですか?」
イズナは自然体でリウネに近づいてくる。
敵意ある人間がこんなにいるにも関わらず、いつもと同じかのように。
「私が退路を作るので、逃げましょう」
気負った風でもなく、いっそ違和感があるほどイズナは手慣れていた。
「……はぁ、逃げねぇよ。自分に刃向かったやつは全員の叩きのめすのがここの常識だ」
「この人数ですよ?」
「関係ねぇなぁ」
そうは言いながらも最初から付き合うつもりでいたのか、自然とリウネと背中合わせになる。
「いくぞ」
「はい」
それが、二人がそこにいた何十人もの男たちをすべて倒すまでに最後に交わした言葉。戦っている最中二人は一度も言葉を交わさなかった。アイコンタクトのみで連携した。その中で、リウネは何度もパズルのピースがはまるような快感を味わっていた。
言わなくても、伝えなくてもイズナが望む動きと補佐をしてくれる。ここまで他人と戦って心地がいいと感じたのは初めてのことだった。
リウネはその強さ故に孤高だったから。
『こいつが、欲しい』
着慣れた衣のように自分の肌に馴染むこの女を、心底ほしいと思った。
「これで、全部ですね」
イズナは最後の一人に足技をめり込ませそう言った。
「お前、随分慣れてるな?」
「そうですか?」
イズナは淡々としていた。しかしその格闘術は一朝一夕ではできないほどのものだ。
「お前一体、」
「そんなことより早く帰りませんか。今日は珍しいお菓子を手に入れたんですよ」
にこやかにイズナは今日も買ってきたお茶とお菓子を見せる。そのことは話したくないとばかりにイズナは歩き出した。
イズナは、どんなことを話しても決して自分の身の上に関わることは徹底的に言わなかった。聞こうとすればさりげなくはぐらかし、そういう話題や足がつきそうな情報はなに一つ口にしなかったのだ。リウネにはそれが悔しく思えた。
「行きましょう?」
何より、踏み込みたいと思いつつそうできない自分が歯がゆかった。それを隠すようにそのまま部屋に入ろうとしたイズナの首根っこをリウネはひっつかむ。
「まさかそのまま入るわけじゃねえだろうな」
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