英雄の書

出雲

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第十幕「銀の英雄」

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「あの子は、とんだ男に片棒担がされることになるわけか」
「酷いな。結構懐いてくれていると思うんだが」

 すると、噂の新兵が訓練を終わらせて帰ってきた。新兵であるイズナは目を丸くする。こんなところで会うとは思ってもいなかったので。ついでハッとして敬礼した。

「お初にお目にかかります、ルカ少佐」
「君が噂のイズナちゃんだね。良い目をしてる」
「……恐縮です」
「でも大丈夫? エルにいじめられたり脅されて怪しいことさせられてない? 怖くなったら私に言うんだよ? なんならうちに来てもいい」
「お気遣い感謝いたします。しかし、ヴィンセント大尉にはとてもよくして頂いておりますので」
「へー、尊敬してる?」
「勿論。ゆくゆくはヴィンセント大尉の助けとなれるよう精進するつもりです」
「なるほどねぇ。確かに懐かれてはいるか」
「はい……?」
「……いやこちらの話だから気にしないで。世界調査も近いけど頑張ってね」

 その時のルカはイズナを比較的軽く見ていた。いくら実力があっても死ぬ時は死ぬ。そういう人間をいくらでも見てきた。黒の軍が必要とするのは高い技術だけではない。真に必要とするのは生き残る力だ。それがなければここにはいられない。技術があってもそれがなかったせいで戻らなかった者を何人も知っている。
 けれど、
 イズナ・アンクロードは違った。
 初陣であるはずなのにアルベイルに臆することはなく冷静だった。予想外の変異種に襲われた時も先輩の士官が助けにいく暇もなく単独で討伐してしまった。
 あまりにも手慣れた様子に一部で「化物」と呼ばれたりもしたようだった。



「なんでイズナはそんなに頑張るの?」
「アルベイルを殲滅して自由を得る為です」
「ほんとにそれだけ?」
「……そうですね。ルカさんにはお話しますけど、秘密にしてくださいね」

 イズナは照れたように言った。

「ヴィンセント大尉の隣に立てるようになりたいんです」

 それは、さながら夢見る少女のように純粋で。その実届かないほどどこか遠くを見つめているようでもあった。それはいつものアルベイル殲滅を望む底冷えした殺気のこもる瞳とは別人のようで。

「イズナは、エルのことが好きなんだね」
「尊敬しています。だからこそ、隣に立てるほど強く在りたい。理想が高くとも、少しでも近づきたい。その先に私の求める未来があると今は信じているから」

 独り言のようで、言い聞かせているような言葉だった。


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