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第32話 華麗なる大脱走?

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 ――我が乙女を『魔女』呼ばわりとは。覚悟は出来ておるのだろうな。『偽りの聖女』よ。

 (誰……!?)

 聞き覚えのある声。
 もうもうと立ち込める土煙のむこう。ぼんやりと見える人影が二つ。

 「待たせたな、乙女よ」

 瓦礫と化した扉と壁。それをものともせずに乗り越えて現れた姿。
 
 「セルヴェスティ……」

 神官さまたちの怒声が飛び交う中、聞こえたミサキさまの声が震えていた。

 「軽々しく我の名を呼ぶでない。偽りの聖女よ」

 床に座りこんだ(爆風で転がった)あたしのすぐそばに立った男性――セルヴェスティが、ミサキさまを睨みつける。

 「我を呼んでもいいのは、この乙女だけだ。――ケガはないか、乙女よ」

 厳しい声が、一転、とても優しくなる。
 あたしの身を助け起こし、はめられた手枷に右の手のひらをかざす。
 と、同時に、左手を突き出す。

 「まったく、乙女を守るべき剣がこのような術に捕らわれるとは。情けないな」

 伸ばされた手のむこうには、剣を振り上げたまま動かなくなったアウリウスさま。
 この人に動きを封じられたのだろうか。動けない身体に焦り、必死に身体に力を込めている。
 その間に、男性の手が軽く光を発する。

 「きゃっ……!!」

 眩しかったのは、一瞬。目を開けたときには、手枷はサラサラと砂となって膝の上にこぼれ落ちてきた。

 (これ、どういう……魔法?)

 魔法なのだとしたら、とんでもないレベルのものだと思う。魔法を封じる手枷を、こんな風に粉にしちゃうなんて。
 さっきの爆破もこの人がやったんだろうか。
 白く光るような長い髪。真紅のルビーを思わせるような瞳。
 この人が、まさか……。

 「守護獣、セルヴェスティ……」

 「そうだ、乙女よ。やっと我を呼んだな」

 呆然と名前を呼ぶと、うれしそうに笑顔を向けられた。

 「え、でも、ちょっと、まさか……」

 呼んだって言っても、確信があったわけじゃない。どっちかというと、信じられない、驚きでいっぱいだ。

 「さあ、乙女よ。このような不浄な場所はお前に相応しくない」

 「ひゃああっ!!」

 ヒョイッと軽く、横抱きに持ち上げられる。間近に見える、整いすぎて人間離れしたその顔。心臓、どうにかなりそうなほど、バクバクしてます。

 「後のことは頼んだぞ、竪琴の」

 スタスタと歩き出したセルヴェスティが、そばに控えていたもう一人に声をかける。

 「オーウェンさま……!?」

 その青銀色の髪には見覚えがある。以前、神殿の庭園で竪琴を奏でてくださった、オーウェンさまだ。いつの間にここに来てたのか、まったくわかんなかったけど。守護獣さまの登場が派手すぎて見えてなかった。

 「それが、あなたの真のお姿なのですね」

 オーウェンさまが、ニッコリと優しく微笑まれた。
 あ、そうか。元のリュリに戻って会うのは初めてだっけ。

 「待てっ!!」

 殿下の声に、セルヴェスティがその足を止める。

 「その魔女をどうするつもりだっ!!」

 壇上からズカズカと降りてくる殿下。一緒に降りてきたルッカさまも、厳しいお顔をしている。

 「はあ……。これが乙女を守るべき高貴なる者か」

 守護獣様が軽くため息を漏らし、肩を落とす。それから、クルリと向きを変える。

 「乙女、少しの間、耳をふさいでおけ」

 えっ!?

 訳もわからずに、言うことに従う。
 
 「ウオオオオオオォォン……!!」

 その顔、その容姿に相応しくないような、獣の咆哮が辺り一面に鳴り響く。
 ううん。その言い方は正確じゃないかも。
 セルヴェスティは、口を大きく開けただけで、音を発していない。
 発したのは、音じゃなく、振動。
 ビリビリと見えない波のようなものが、空気を震わせ、辺りを歪ませながら波紋を描いていく。
 叩きつけられるようなその衝撃に、殿下たちが一歩後ずさる。キレイな殿下の白金の髪が、風なぶられたように、大きく揺さぶられていた。

 「ではな。頭を冷やすがよいぞ、乙女の御楯みたてたちよ」

 そう言い残すと、軽く飛び上がる……って。

 「ひゃあああっ!!」

 人間技じゃないっ!!
 そのピョーンで、一気に天井すらぶち破り、空へと舞いあがった。音も立てずに隣の建物、おそらく聖堂の屋根の上に優雅に降り立つ。
 気づけば、あたしはその白いたてがみに顔も身体も埋めた状態で背中に乗せられていた。
 いつの間に変身したっ!? 目をつむっていたからわからない。
 純白の聖獣、セルヴェスティ。獅子のようなその姿は、どこまでも神々しく、威厳に満ちている。背中からじゃ、ちょっとわかりにくいけど。
 この人、人間じゃなかったんだわ。
 モフッとした毛に、あらためて驚く。

 「さて、どこか一度落ち着けるところに向かいたいが……」

 あ、獣姿でもお話し出来るのね。何でもないことかもしれないけど、ちょっとビックリ。

 「ふむ。あそこにするか」

 え!? あそこって!?

 「しっかりつかまっていろ」

 言うなり、またまたピョーンッと飛び立つ。

 「ぎぃやああぁぁぁっっ!!」

 つかまるも何も。振り落とされないようにしがみつくだけで精一杯だ、聖獣さまは、獅子並みの巨体を猫のようにしなやかに動かして、ドンドンと空を、屋根の上を駆けていく。
 全身に伝わるその躍動。上ったり下りたりする浮遊感。
 風が唸りをあげ、景色が飛ぶように後ろへと流れていく。

 「しゃべると、舌を噛むぞっ!!」

 あたしの悲鳴が不快なのか、聖獣さまの声が少し苛立っていた。

 (ひぃいいいいいっ!!)

 でも、叫ばないなんて、ムリッ!!
 
*     *     *     *

 今のはいったい、何だったんだ。
 アウリウスは、クラクラする頭を押さえながら立ち上がった。
 状況が把握出来ない。思考がハッキリしない。

 「殿下っ!!」

 騎士としての使命に弾かれるように、殿下のそばに駆け寄る。

 「大丈夫、だ。問題ない」

 ナディアードが軽く頭を振りながら、アウリウスの問いかけに答えた。その脇ではルッカもなんとか身を起こす。大きなケガはなさそうだ。ただ、誰もが身の上に起きたこと、周囲の状況を理解出来ていなかった。

 「おケガはございませんか、殿下」

 自分たちを見下ろすように、立つ男の姿。

 「……オーウェン」

 少し驚く。
 神殿にいたのだから、この異母兄に会う可能性がなかったわけではない。ただ、この崩れ瓦礫と化した壁の転がる部屋に、その姿が似つかわしくなかっただけだ。

 「何が、あったんだ!?」

 ふらつきながらも、ナディアードが立ち上がる。支えるようにルッカも。

 「すべてお話しいたします。ですが、その前に……」

 オーウェンが、壇上に倒れたままの人物に視線をやる。つられて自分たちも顔を上げる。
 そこに横たわるのは、白い法衣を着たミサキ。意識を失っているのか、身じろぎ一つしない。
 そして。
 その傍らに神官長。彼は、小さく呪文を唱えると、黒い魔法陣だけを残して聖女共々姿を消した。
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