22 / 22
5.キミと踏み出す、はじめの一歩。
(二)
しおりを挟む
「それ、美味しいの?」
いつものように、オレのところで飯を食べた陽翔。
使った食器とか、陽翔が洗ってくれてる間、オレは買い置きしておいたプリンを、一人、ベッドにもたれながら、先に食べ始めてたんだけど。
それ、美味しいの?
洗い物を終え、陽翔が近づいてくる。
「旨いよ。――食う?」
まだ半分ほどしか食べてないプリン。持ってたスプーンで、一口分すくう。
「――え?」
ニコニコと近づいてきた陽翔が、その動きを止め、表情も固まった。
(しまった。いくらなんでも「食う?」はなかったか)
今日の夕飯は、「キムチ鍋」。
陽翔の希望でなったメニューだが、実はオレ、辛いのは苦手。
でも、陽翔が食べたがってたしと、キムチ鍋につき合った。けど、やっぱオレの口にキムチはキツすぎて。辛いものを食べたら、次は甘いもので中和する――という、太りそうな理由を引っ付けて、プリンも買っておいたのだ。
多分、普段の自分ならきっとやらなかっただろう「食う?」。食べてる最中のものを一口あげなくても、冷蔵庫には、まだ、陽翔用とかって置いたプリンもある。
(気が緩んでるな、オレ)
浮かれてるというのか。
陽翔がこうしてアパートに、飯食いに来てくれてるのが、たまらなくうれしいんだろう。
「食う?」で、それを自覚した。自分の食べかけを誰かに分けるだなんて――
「すまん。別のプリンをや――」
新しいプリンを持ってこよう。立ち上がろう。そう思ってたのに。
パクッ。
「ホントだ。旨いっすね、コレ」
「は、陽翔っ!?」
プリンのカップごと、テーブルに置こうとしてたスプーン。それに、かぶりついてきた陽翔。しっかりとプリンの味を堪能する。
「いいのかよ、お前」
「なにがです?」
「いや、その……」
今のって、オレとお前の「間接キス」だぞ?
言いたいけど言えない。
陽翔がそれに気づいてなかったのだとしたら。オレだけそれに気づいて、アタフタしてるなんて、オレだけがエロい思考してるみたいで、なんかイヤだ。
「――志弦先輩」
顔を赤くしたらいいのか、それとも青くしたほうがいいのか。
逡巡するオレの顎を、クイッと持ち上げた陽翔の指。
顎を持ち上げられたことで、視線も上方修正。目の前に陽翔の顔。
――って。え?
チュッ。
自分の唇から、ありえない音がした。
「先輩の唇、プリンと同じ味だ。すっごく甘い」
なっ? えっ? はあっ!?
ペロッと、自分の唇を舐めた陽翔。その顔は、どこか不敵で、どこか満足したようで。どこか、とっても小生意気。
「ふざけんな!」
さっきのプリンは間接キスだけど、今のは、今のは、今のは……!
「風呂行ってくる!」
陽翔を押しのけ、大股で風呂場に行く。
(なんだよ、さっきのは!)
何に怒ってるのかわからない。けど、怒りに任せてゴシゴシと髪を洗う。髪だけじゃない、体も何もかも。でも……。
洗顔クリームをひねり出したところで手が止まる。
顔、洗っちゃっていいのか、オレ。
陽翔の触れた顎。陽翔とキスした唇。それを、それを……。
(うがあぁぁぁっ!)
一瞬よぎった躊躇。
何もかも、すべてを洗い流す!
なんでオレ、もったいないって思っちゃってるんだよ!
なんだよ、その乙女思考!
「彼と触れた手、絶対洗わないもんね!」って少女漫画かよ!
全部洗って、全部お湯で流す。
排水口にできた、クルクル泡。なんとなく。なんとなくだけど、もったいないような気分で、消えていくのを見送る。
*
――しまった。ちょっとやりすぎたか。
ドスドスと床を踏み鳴らして立ち去った志弦さん。
いつもなら、階下の人のことも考えて、静かに歩くのに。
精一杯大股で立ち去ったその背中に、「やっちまったな」って気分になる。
やっちまった。
思わず、やっちまった。
(だって、志弦さん、かわいいし)
――それ、美味しいの?
訊いたのは自分だ。
だって志弦さん、キムチ鍋よりも旨そうにプリンを食べてるから。
志弦さんは辛いの苦手。
それは、こうしていっしょに飯を食うようになって知った。学食でも家でも、志弦さんは辛いものを食べたがらない。
それなのに。
(俺が食べたいって言ったからか)
キムチ鍋を提案した俺に、反対しなかった志弦さん。
俺が食べたいのならってことで、反対しなかったんだと思う。そして、口直しを想定して、プリンを買っていた。
それも二つ。
辛いのを中和させるのに、甘いものを食べる。
それはわかるけど、二つはないだろう。どれだけ辛いもの苦手なんだ? そう思ってた。
けど、それは違った。
志弦さんが二つ買ったのは、俺の分も考えてのことだと、なんとなくわかった。
俺に「食う?」をした後、しまったって顔で、新しいプリンを持ってこようとしたから。
(かわいいなあ、やっぱ)
俺にプリンをすくったスプーンを差し出したのは、おそらく無意識。
俺が「美味しいの?」って訊いたから、「じゃあ食べてみるか?」ってなった。
素直で純粋な志弦さんらしい反応。
そして、スプーンを差し出してから、それが「間接キス」であることに気づいて慌てた。慌てて、俺の分のプリンを取りに行こうとした。
(ダメだ。やっぱり)
かわいすぎる。かわいすぎるんだよ、志弦さん。
最初は、兄を慕うような気持ちで、志弦さんを見ていた。一生懸命、俺に仕事を教えてくれるその姿に、会ったこともない兄を重ねていた。兄が生きていたら、こんなふうに俺に接してくれたのかなって。
けど、プライベートに戻ると志弦さんは、どこかぎこちなく俺の名前を呼んで。本人は上手く隠してるつもりだろうけど、俺にビビってるってのは直感的にわかった。
どうして? 俺、志弦さんに、ビビらせるようなことしたか?
その答えは、志弦さんから聞かされた。
――お前の苗字が、オレの幼馴染に似てるんだ。
志弦さんの幼馴染。井高翔太。
志弦さんを「女みたい」とバカにした奴。
それまでの志弦さんは、「志弦」って名前を誇らしく思っていた。亡き曾祖母さんの名前をもらったって、漢字こそ違うけど、悪い名前とは思ってなかった。
それなのに。
(あ~、ダメだ。考えると、ぶん殴りたくなる)
大阪にいるという井高翔太を、完膚なきまでに。
東京にいなくてよかったな。命拾いしたぞ、井高。
でなきゃ、俺は容赦なくお前を殴ってただろうからな。
俺は兄と同じように「ハルちゃん」と呼ばれるために、「陽翔」と名付けられた。
晴希と陽翔。
俺に「晴希」と名付けようとした母を止めたと、父が言っていた。「ハルちゃん」は、ギリギリの妥協ラインだったと。
父は申し訳無さそうにしてたけど、俺は「陽翔」でよかったと思ってる。
写真でしか見たことない、話でしか知らない兄だけど、「ハルちゃん」で、同じ「ハル」の音で、俺と兄はつながっている。つながってることで、ポッと胸に灯火がともるような、温かい幸せな感覚になるんだ。
名前ってのは、生まれた子に親が授ける最初のプレゼント。
その名前を誇れないって、結構辛いよな。
だからこそ、志弦さんの苦しみはよくわかるつもり。だからこそ、志弦さんを苦しめた、井高を殴りたくなるんだけど。
(でも、一応感謝もしてるんだよな、井高に)
奴がイジメなきゃ、志弦さんは東京に出てくることはなかっただろう。それこそ、幼馴染の腐れ縁で、井高といっしょに大阪の大学に進学していたかもしれない。
もし、そうだったら。
両親の元を離れることのできない俺は、一生志弦さんに会うことがなかっただろう。
こうして、いっしょに飯を食ったりすることも。
志弦さんが俺に「悪い」って思って、一生懸命、健気に気丈に、なんでもないように振る舞ってるのを、見ることもなかっただろう。
だから。だから、その一点だけは感謝しておく。でも多分、顔を合わすことがあったら、問答無用で殴りそうなんだよな、俺。
そして、そんな過去があったのに、頑張って俺に接してくれてた志弦さんをますます愛おしく感じる。
この気持ち、詩織ちゃんに相談なんかしたら、「ウッキャァ♡」って喜ばれそうだから、絶対言わないけど。でも、きっと、そういう感情なんだろうな。
(……ハア)
最初は、兄の幻影を志弦さんに重ねていたのかもしれない。兄なら、こんなふうに俺に教えてくれたのだろうかとか。
でも、今は違う。
志弦さんは兄じゃない。志弦さんは志弦さんだ。
かわいいし、楽しいし、幸せだし。そして、なにより愛しい。
俺、志弦さんが好きだ。
でも、この「好き」を出しちゃうと、きっと志弦さんは困るから。困らせるだけなら、ちょっと俺のS気が刺激されて、それはそれで面白いんだけど、俺のことをイヤだと思われたり、避けられたりしたら。
詩織ちゃんの提案に乗って、少し距離を置いた時、俺、どうしようもなく辛くて。「志弦さん欠乏症」っての? 会いたくて、会いたくて。なんでもいいから話したくて仕方なかった。だから、我慢できずに詩織ちゃんの作戦をカミングアウトしてしまった。
詩織ちゃんとカップルに見られることよりも、志弦さんを盗み見るしかできない状況が我慢できなかった。
(志弦さん……)
お風呂に、逃げるように入っていった志弦さん。
戻ってきた時、彼はいったいどんな顔してるんだろう。さっきのキスはノーカン、なんでもなかったこと扱い? それとも、風呂が熱かったみたいなフリして、顔真っ赤とか。
(ちょっとそれはマズいかも)
これ以上手を出したら、きっと志弦さんはビックリして逃げちゃうだろうから。
だから、この想いは封印して、バイト先の、大学の後輩として接する。兄のように先輩を慕う後輩。それなら、志弦さんは許容してくれる。
でも。
(あんなカワイイ志弦さん見て我慢とか。拷問だな)
いつかきっと爆発するな、自分。
志弦さんを怖がらせても、自分の「好き」を伝えたい。
さっきのキスはフライング。志弦さんのなかでノーカン、なかったことにされてもいいから。
(そのいつかが来たら。その時は、受け入れてくださいね、志弦。なるべく。なるべく怖がらせないように優しくしますから)
こらえきれなかった笑いが、フフッと漏れた。
いつものように、オレのところで飯を食べた陽翔。
使った食器とか、陽翔が洗ってくれてる間、オレは買い置きしておいたプリンを、一人、ベッドにもたれながら、先に食べ始めてたんだけど。
それ、美味しいの?
洗い物を終え、陽翔が近づいてくる。
「旨いよ。――食う?」
まだ半分ほどしか食べてないプリン。持ってたスプーンで、一口分すくう。
「――え?」
ニコニコと近づいてきた陽翔が、その動きを止め、表情も固まった。
(しまった。いくらなんでも「食う?」はなかったか)
今日の夕飯は、「キムチ鍋」。
陽翔の希望でなったメニューだが、実はオレ、辛いのは苦手。
でも、陽翔が食べたがってたしと、キムチ鍋につき合った。けど、やっぱオレの口にキムチはキツすぎて。辛いものを食べたら、次は甘いもので中和する――という、太りそうな理由を引っ付けて、プリンも買っておいたのだ。
多分、普段の自分ならきっとやらなかっただろう「食う?」。食べてる最中のものを一口あげなくても、冷蔵庫には、まだ、陽翔用とかって置いたプリンもある。
(気が緩んでるな、オレ)
浮かれてるというのか。
陽翔がこうしてアパートに、飯食いに来てくれてるのが、たまらなくうれしいんだろう。
「食う?」で、それを自覚した。自分の食べかけを誰かに分けるだなんて――
「すまん。別のプリンをや――」
新しいプリンを持ってこよう。立ち上がろう。そう思ってたのに。
パクッ。
「ホントだ。旨いっすね、コレ」
「は、陽翔っ!?」
プリンのカップごと、テーブルに置こうとしてたスプーン。それに、かぶりついてきた陽翔。しっかりとプリンの味を堪能する。
「いいのかよ、お前」
「なにがです?」
「いや、その……」
今のって、オレとお前の「間接キス」だぞ?
言いたいけど言えない。
陽翔がそれに気づいてなかったのだとしたら。オレだけそれに気づいて、アタフタしてるなんて、オレだけがエロい思考してるみたいで、なんかイヤだ。
「――志弦先輩」
顔を赤くしたらいいのか、それとも青くしたほうがいいのか。
逡巡するオレの顎を、クイッと持ち上げた陽翔の指。
顎を持ち上げられたことで、視線も上方修正。目の前に陽翔の顔。
――って。え?
チュッ。
自分の唇から、ありえない音がした。
「先輩の唇、プリンと同じ味だ。すっごく甘い」
なっ? えっ? はあっ!?
ペロッと、自分の唇を舐めた陽翔。その顔は、どこか不敵で、どこか満足したようで。どこか、とっても小生意気。
「ふざけんな!」
さっきのプリンは間接キスだけど、今のは、今のは、今のは……!
「風呂行ってくる!」
陽翔を押しのけ、大股で風呂場に行く。
(なんだよ、さっきのは!)
何に怒ってるのかわからない。けど、怒りに任せてゴシゴシと髪を洗う。髪だけじゃない、体も何もかも。でも……。
洗顔クリームをひねり出したところで手が止まる。
顔、洗っちゃっていいのか、オレ。
陽翔の触れた顎。陽翔とキスした唇。それを、それを……。
(うがあぁぁぁっ!)
一瞬よぎった躊躇。
何もかも、すべてを洗い流す!
なんでオレ、もったいないって思っちゃってるんだよ!
なんだよ、その乙女思考!
「彼と触れた手、絶対洗わないもんね!」って少女漫画かよ!
全部洗って、全部お湯で流す。
排水口にできた、クルクル泡。なんとなく。なんとなくだけど、もったいないような気分で、消えていくのを見送る。
*
――しまった。ちょっとやりすぎたか。
ドスドスと床を踏み鳴らして立ち去った志弦さん。
いつもなら、階下の人のことも考えて、静かに歩くのに。
精一杯大股で立ち去ったその背中に、「やっちまったな」って気分になる。
やっちまった。
思わず、やっちまった。
(だって、志弦さん、かわいいし)
――それ、美味しいの?
訊いたのは自分だ。
だって志弦さん、キムチ鍋よりも旨そうにプリンを食べてるから。
志弦さんは辛いの苦手。
それは、こうしていっしょに飯を食うようになって知った。学食でも家でも、志弦さんは辛いものを食べたがらない。
それなのに。
(俺が食べたいって言ったからか)
キムチ鍋を提案した俺に、反対しなかった志弦さん。
俺が食べたいのならってことで、反対しなかったんだと思う。そして、口直しを想定して、プリンを買っていた。
それも二つ。
辛いのを中和させるのに、甘いものを食べる。
それはわかるけど、二つはないだろう。どれだけ辛いもの苦手なんだ? そう思ってた。
けど、それは違った。
志弦さんが二つ買ったのは、俺の分も考えてのことだと、なんとなくわかった。
俺に「食う?」をした後、しまったって顔で、新しいプリンを持ってこようとしたから。
(かわいいなあ、やっぱ)
俺にプリンをすくったスプーンを差し出したのは、おそらく無意識。
俺が「美味しいの?」って訊いたから、「じゃあ食べてみるか?」ってなった。
素直で純粋な志弦さんらしい反応。
そして、スプーンを差し出してから、それが「間接キス」であることに気づいて慌てた。慌てて、俺の分のプリンを取りに行こうとした。
(ダメだ。やっぱり)
かわいすぎる。かわいすぎるんだよ、志弦さん。
最初は、兄を慕うような気持ちで、志弦さんを見ていた。一生懸命、俺に仕事を教えてくれるその姿に、会ったこともない兄を重ねていた。兄が生きていたら、こんなふうに俺に接してくれたのかなって。
けど、プライベートに戻ると志弦さんは、どこかぎこちなく俺の名前を呼んで。本人は上手く隠してるつもりだろうけど、俺にビビってるってのは直感的にわかった。
どうして? 俺、志弦さんに、ビビらせるようなことしたか?
その答えは、志弦さんから聞かされた。
――お前の苗字が、オレの幼馴染に似てるんだ。
志弦さんの幼馴染。井高翔太。
志弦さんを「女みたい」とバカにした奴。
それまでの志弦さんは、「志弦」って名前を誇らしく思っていた。亡き曾祖母さんの名前をもらったって、漢字こそ違うけど、悪い名前とは思ってなかった。
それなのに。
(あ~、ダメだ。考えると、ぶん殴りたくなる)
大阪にいるという井高翔太を、完膚なきまでに。
東京にいなくてよかったな。命拾いしたぞ、井高。
でなきゃ、俺は容赦なくお前を殴ってただろうからな。
俺は兄と同じように「ハルちゃん」と呼ばれるために、「陽翔」と名付けられた。
晴希と陽翔。
俺に「晴希」と名付けようとした母を止めたと、父が言っていた。「ハルちゃん」は、ギリギリの妥協ラインだったと。
父は申し訳無さそうにしてたけど、俺は「陽翔」でよかったと思ってる。
写真でしか見たことない、話でしか知らない兄だけど、「ハルちゃん」で、同じ「ハル」の音で、俺と兄はつながっている。つながってることで、ポッと胸に灯火がともるような、温かい幸せな感覚になるんだ。
名前ってのは、生まれた子に親が授ける最初のプレゼント。
その名前を誇れないって、結構辛いよな。
だからこそ、志弦さんの苦しみはよくわかるつもり。だからこそ、志弦さんを苦しめた、井高を殴りたくなるんだけど。
(でも、一応感謝もしてるんだよな、井高に)
奴がイジメなきゃ、志弦さんは東京に出てくることはなかっただろう。それこそ、幼馴染の腐れ縁で、井高といっしょに大阪の大学に進学していたかもしれない。
もし、そうだったら。
両親の元を離れることのできない俺は、一生志弦さんに会うことがなかっただろう。
こうして、いっしょに飯を食ったりすることも。
志弦さんが俺に「悪い」って思って、一生懸命、健気に気丈に、なんでもないように振る舞ってるのを、見ることもなかっただろう。
だから。だから、その一点だけは感謝しておく。でも多分、顔を合わすことがあったら、問答無用で殴りそうなんだよな、俺。
そして、そんな過去があったのに、頑張って俺に接してくれてた志弦さんをますます愛おしく感じる。
この気持ち、詩織ちゃんに相談なんかしたら、「ウッキャァ♡」って喜ばれそうだから、絶対言わないけど。でも、きっと、そういう感情なんだろうな。
(……ハア)
最初は、兄の幻影を志弦さんに重ねていたのかもしれない。兄なら、こんなふうに俺に教えてくれたのだろうかとか。
でも、今は違う。
志弦さんは兄じゃない。志弦さんは志弦さんだ。
かわいいし、楽しいし、幸せだし。そして、なにより愛しい。
俺、志弦さんが好きだ。
でも、この「好き」を出しちゃうと、きっと志弦さんは困るから。困らせるだけなら、ちょっと俺のS気が刺激されて、それはそれで面白いんだけど、俺のことをイヤだと思われたり、避けられたりしたら。
詩織ちゃんの提案に乗って、少し距離を置いた時、俺、どうしようもなく辛くて。「志弦さん欠乏症」っての? 会いたくて、会いたくて。なんでもいいから話したくて仕方なかった。だから、我慢できずに詩織ちゃんの作戦をカミングアウトしてしまった。
詩織ちゃんとカップルに見られることよりも、志弦さんを盗み見るしかできない状況が我慢できなかった。
(志弦さん……)
お風呂に、逃げるように入っていった志弦さん。
戻ってきた時、彼はいったいどんな顔してるんだろう。さっきのキスはノーカン、なんでもなかったこと扱い? それとも、風呂が熱かったみたいなフリして、顔真っ赤とか。
(ちょっとそれはマズいかも)
これ以上手を出したら、きっと志弦さんはビックリして逃げちゃうだろうから。
だから、この想いは封印して、バイト先の、大学の後輩として接する。兄のように先輩を慕う後輩。それなら、志弦さんは許容してくれる。
でも。
(あんなカワイイ志弦さん見て我慢とか。拷問だな)
いつかきっと爆発するな、自分。
志弦さんを怖がらせても、自分の「好き」を伝えたい。
さっきのキスはフライング。志弦さんのなかでノーカン、なかったことにされてもいいから。
(そのいつかが来たら。その時は、受け入れてくださいね、志弦。なるべく。なるべく怖がらせないように優しくしますから)
こらえきれなかった笑いが、フフッと漏れた。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる