恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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5.キミと踏み出す、はじめの一歩。

(二)

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 「それ、美味しいの?」

 いつものように、オレのところで飯を食べた陽翔。
 使った食器とか、陽翔が洗ってくれてる間、オレは買い置きしておいたプリンを、一人、ベッドにもたれながら、先に食べ始めてたんだけど。
 それ、美味しいの?
 洗い物を終え、陽翔が近づいてくる。

 「旨いよ。――食う?」

 まだ半分ほどしか食べてないプリン。持ってたスプーンで、一口分すくう。

 「――え?」

 ニコニコと近づいてきた陽翔が、その動きを止め、表情も固まった。

 (しまった。いくらなんでも「食う?」はなかったか)

 今日の夕飯は、「キムチ鍋」。
 陽翔の希望でなったメニューだが、実はオレ、辛いのは苦手。
 でも、陽翔が食べたがってたしと、キムチ鍋につき合った。けど、やっぱオレの口にキムチはキツすぎて。辛いものを食べたら、次は甘いもので中和する――という、太りそうな理由を引っ付けて、プリンも買っておいたのだ。
 多分、普段の自分ならきっとやらなかっただろう「食う?」。食べてる最中のものを一口あげなくても、冷蔵庫には、まだ、陽翔用とかって置いたプリンもある。
 
 (気が緩んでるな、オレ)

 浮かれてるというのか。
 陽翔がこうしてアパートに、飯食いに来てくれてるのが、たまらなくうれしいんだろう。
 「食う?」で、それを自覚した。自分の食べかけを誰かに分けるだなんて――

 「すまん。別のプリンをや――」

 新しいプリンを持ってこよう。立ち上がろう。そう思ってたのに。

 パクッ。

 「ホントだ。旨いっすね、コレ」

 「は、陽翔っ!?」

 プリンのカップごと、テーブルに置こうとしてたスプーン。それに、かぶりついてきた陽翔。しっかりとプリンの味を堪能する。

 「いいのかよ、お前」

 「なにがです?」

 「いや、その……」

 今のって、オレとお前の「間接キス」だぞ?
 言いたいけど言えない。
 陽翔がそれに気づいてなかったのだとしたら。オレだけそれに気づいて、アタフタしてるなんて、オレだけがエロい思考してるみたいで、なんかイヤだ。

 「――志弦先輩」

 顔を赤くしたらいいのか、それとも青くしたほうがいいのか。
 逡巡するオレの顎を、クイッと持ち上げた陽翔の指。
 顎を持ち上げられたことで、視線も上方修正。目の前に陽翔の顔。
 ――って。え?

 チュッ。

 自分の唇から、ありえない音がした。

 「先輩の唇、プリンと同じ味だ。すっごく甘い」

 なっ? えっ? はあっ!?

 ペロッと、自分の唇を舐めた陽翔。その顔は、どこか不敵で、どこか満足したようで。どこか、とっても小生意気。

 「ふざけんな!」

 さっきのプリンは間接キスだけど、今のは、今のは、今のは……!

 「風呂行ってくる!」

 陽翔を押しのけ、大股で風呂場に行く。
 
 (なんだよ、さっきのは!)

 何に怒ってるのかわからない。けど、怒りに任せてゴシゴシと髪を洗う。髪だけじゃない、体も何もかも。でも……。
 洗顔クリームをひねり出したところで手が止まる。
 顔、洗っちゃっていいのか、オレ。

 陽翔の触れた顎。陽翔とキスした唇。それを、それを……。

 (うがあぁぁぁっ!)

 一瞬よぎった躊躇。
 何もかも、すべてを洗い流す!
 なんでオレ、もったいないって思っちゃってるんだよ!
 なんだよ、その乙女思考!
 「彼と触れた手、絶対洗わないもんね!」って少女漫画かよ!
 全部洗って、全部お湯で流す。
 排水口にできた、クルクル泡。なんとなく。なんとなくだけど、もったいないような気分で、消えていくのを見送る。

          *

 ――しまった。ちょっとやりすぎたか。

 ドスドスと床を踏み鳴らして立ち去った志弦さん。
 いつもなら、階下の人のことも考えて、静かに歩くのに。
 精一杯大股で立ち去ったその背中に、「やっちまったな」って気分になる。
 やっちまった。
 思わず、やっちまった。

 (だって、志弦さん、かわいいし)

 ――それ、美味しいの?

 訊いたのは自分だ。
 だって志弦さん、キムチ鍋よりも旨そうにプリンを食べてるから。
 志弦さんは辛いの苦手。
 それは、こうしていっしょに飯を食うようになって知った。学食でも家でも、志弦さんは辛いものを食べたがらない。
 それなのに。

 (俺が食べたいって言ったからか)

 キムチ鍋を提案した俺に、反対しなかった志弦さん。
 俺が食べたいのならってことで、反対しなかったんだと思う。そして、口直しを想定して、プリンを買っていた。
 それも二つ。
 辛いのを中和させるのに、甘いものを食べる。
 それはわかるけど、二つはないだろう。どれだけ辛いもの苦手なんだ? そう思ってた。
 けど、それは違った。
 志弦さんが二つ買ったのは、俺の分も考えてのことだと、なんとなくわかった。
 俺に「食う?」をした後、しまったって顔で、新しいプリンを持ってこようとしたから。

 (かわいいなあ、やっぱ)

 俺にプリンをすくったスプーンを差し出したのは、おそらく無意識。
 俺が「美味しいの?」って訊いたから、「じゃあ食べてみるか?」ってなった。
 素直で純粋な志弦さんらしい反応。
 そして、スプーンを差し出してから、それが「間接キス」であることに気づいて慌てた。慌てて、俺の分のプリンを取りに行こうとした。

 (ダメだ。やっぱり)

 かわいすぎる。かわいすぎるんだよ、志弦さん。
 最初は、兄を慕うような気持ちで、志弦さんを見ていた。一生懸命、俺に仕事を教えてくれるその姿に、会ったこともない兄を重ねていた。兄が生きていたら、こんなふうに俺に接してくれたのかなって。
 けど、プライベートに戻ると志弦さんは、どこかぎこちなく俺の名前を呼んで。本人は上手く隠してるつもりだろうけど、俺にビビってるってのは直感的にわかった。

 どうして? 俺、志弦さんに、ビビらせるようなことしたか?

 その答えは、志弦さんから聞かされた。
 
 ――お前の苗字が、オレの幼馴染に似てるんだ。

 志弦さんの幼馴染。井高翔太。
 志弦さんを「女みたい」とバカにした奴。
 それまでの志弦さんは、「志弦」って名前を誇らしく思っていた。亡き曾祖母さんの名前をもらったって、漢字こそ違うけど、悪い名前とは思ってなかった。
 それなのに。

 (あ~、ダメだ。考えると、ぶん殴りたくなる)

 大阪にいるという井高翔太を、完膚なきまでに。
 東京にいなくてよかったな。命拾いしたぞ、井高。
 でなきゃ、俺は容赦なくお前を殴ってただろうからな。

 俺は兄と同じように「ハルちゃん」と呼ばれるために、「陽翔」と名付けられた。
 晴希と陽翔。
 俺に「晴希」と名付けようとした母を止めたと、父が言っていた。「ハルちゃん」は、ギリギリの妥協ラインだったと。
 父は申し訳無さそうにしてたけど、俺は「陽翔」でよかったと思ってる。
 写真でしか見たことない、話でしか知らない兄だけど、「ハルちゃん」で、同じ「ハル」の音で、俺と兄はつながっている。つながってることで、ポッと胸に灯火がともるような、温かい幸せな感覚になるんだ。
 名前ってのは、生まれた子に親が授ける最初のプレゼント。
 その名前を誇れないって、結構辛いよな。
 だからこそ、志弦さんの苦しみはよくわかるつもり。だからこそ、志弦さんを苦しめた、井高を殴りたくなるんだけど。

 (でも、一応感謝もしてるんだよな、井高に)

 奴がイジメなきゃ、志弦さんは東京に出てくることはなかっただろう。それこそ、幼馴染の腐れ縁で、井高といっしょに大阪の大学に進学していたかもしれない。
 もし、そうだったら。
 両親の元を離れることのできない俺は、一生志弦さんに会うことがなかっただろう。
 こうして、いっしょに飯を食ったりすることも。
 志弦さんが俺に「悪い」って思って、一生懸命、健気に気丈に、なんでもないように振る舞ってるのを、見ることもなかっただろう。
 だから。だから、その一点だけは感謝しておく。でも多分、顔を合わすことがあったら、問答無用で殴りそうなんだよな、俺。
 そして、そんな過去があったのに、頑張って俺に接してくれてた志弦さんをますます愛おしく感じる。
 この気持ち、詩織ちゃんに相談なんかしたら、「ウッキャァ♡」って喜ばれそうだから、絶対言わないけど。でも、きっと、そういう感情なんだろうな。

 (……ハア)

 最初は、兄の幻影を志弦さんに重ねていたのかもしれない。兄なら、こんなふうに俺に教えてくれたのだろうかとか。
 でも、今は違う。
 志弦さんは兄じゃない。志弦さんは志弦さんだ。
 かわいいし、楽しいし、幸せだし。そして、なにより愛しい。

 俺、志弦さんが好きだ。

 でも、この「好き」を出しちゃうと、きっと志弦さんは困るから。困らせるだけなら、ちょっと俺のS気が刺激されて、それはそれで面白いんだけど、俺のことをイヤだと思われたり、避けられたりしたら。
 詩織ちゃんの提案に乗って、少し距離を置いた時、俺、どうしようもなく辛くて。「志弦さん欠乏症」っての? 会いたくて、会いたくて。なんでもいいから話したくて仕方なかった。だから、我慢できずに詩織ちゃんの作戦をカミングアウトしてしまった。
 詩織ちゃんとカップルに見られることよりも、志弦さんを盗み見るしかできない状況が我慢できなかった。

 (志弦さん……)

 お風呂に、逃げるように入っていった志弦さん。
 戻ってきた時、彼はいったいどんな顔してるんだろう。さっきのキスはノーカン、なんでもなかったこと扱い? それとも、風呂が熱かったみたいなフリして、顔真っ赤とか。
 
 (ちょっとそれはマズいかも)

 これ以上手を出したら、きっと志弦さんはビックリして逃げちゃうだろうから。
 だから、この想いは封印して、バイト先の、大学の後輩として接する。兄のように先輩を慕う後輩。それなら、志弦さんは許容してくれる。
 でも。

 (あんなカワイイ志弦さん見て我慢とか。拷問だな)

 いつかきっと爆発するな、自分。
 志弦さんを怖がらせても、自分の「好き」を伝えたい。
 さっきのキスはフライング。志弦さんのなかでノーカン、なかったことにされてもいいから。

 (そのいつかが来たら。その時は、受け入れてくださいね、志弦。なるべく。なるべく怖がらせないように優しくしますから)

 こらえきれなかった笑いが、フフッと漏れた。
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