21 / 22
5.キミと踏み出す、はじめの一歩。
(一)
しおりを挟む
「えっと。じゃあ、俺の苗字が、その『井高』って奴に似てたから、イヤな顔したっていうんですか?」
「そう……なるな」
オレに手を握られたまま、オレの話を聴いてくれた氷鷹。
氷鷹の苗字が、大嫌いな幼馴染〝井高〟に似てたこと。
正確には、苗字だけじゃない。そのガタイのデカさも、人懐こさも。顔立ちは違うけど、端々に〝井高〟味を感じていた。
「呆れたか?」
お前の慕う先輩が、そんな些細なことで初対面の人を嫌うような奴で。
「――先輩」
低い氷鷹の声。
そして、追いすがるようなオレの手を振り払って、氷鷹が立ち上がる。
そう、そうだよな。
名前が似てるだけで、相手を嫌うだなんて。そんな奴、ムカつくよな。腹立つよな。
「俺、ちょっと大阪まで行ってきます」
「え? 大阪?」
「その井高って奴、大阪にいるんですよね?」
「え、ああ。そうだけど……」
井高は、大阪にある大学に進学してる。
「俺、今から大阪に行って、ソイツをぶん殴ってきます」
「え、あ、ちょっ……!」
大股で公園を出ていこうとする氷鷹。あわててオレも立ち上がり、氷鷹を追いかける。
「おまっ、大阪に行っても、井高を知らねえだろ!」
ツッコむところはそこじゃない。わかっているけど、言わずにいられなかった。
大阪にいってどうする? 井高の顔も、アイツの大学も知らない氷鷹が、どうやって井高をぶん殴るっていうんだ。
「知らなくてもいいんです! 俺、捜しますから!」
「捜すって……」
それで井高にたどり着けるのか?
「一発、いや百発ぐらい殴ってやらなきゃ気がすまないんですよ! 先輩を、そんなふうに傷つけた奴! 殴っても、絶対許せねえけど、でも、でも……!」
「氷鷹……」
声だけじゃない。体も小刻みに震えてる。
寒いんじゃない。これは、怒りに震えてるんだ。
「殴るのがダメってのなら……。俺、ちょっと役所行ってきます」
「役所?」
「俺の苗字変えてきます。そうですね。母方の姓にでも変えてきますよ」
「え? ちょっ、ちょっと待て!」
慌ててオレも立ち上がる。立ち上がって、走り出しかけてた氷鷹の腕を掴む。
「なんですか、先輩。母方なら、〝緒方〟ですから、問題ないですよね」
「いや、だから待てって!」
苗字を変えるってなんだよ!
「そこまでしてもらわなくても、大丈夫だから!」
「でも!」
「いいって! 氷鷹!」
「先輩……」
掴まえたオレの手を振り切りそうだった氷鷹が、そこでようやく動きを止める。
「ありがとな、オレのためにそこまで考えてくれて」
「せ、先輩っ!?」
言いながら、氷鷹の体をギュッと抱きしめると、オレを見下ろす氷鷹が何度もまばたきをくり返した。
普通に苗字を呼んだこと。ギュッと抱きしめたこと。どっちに驚いてるんだろうな。
「オレ、もうそこまでしてもらわなくても大丈夫だから」
これは本当。
オレ、もう井高のことなんて、もう平気だ。だから。
「氷鷹。オレのこと、〝志弦〟って呼んでくれないか?」
「先輩?」
「『女みたいな名前』って言われたこと、忘れたいんだ。だから」
うまく説明できないけど。
氷鷹に名前を呼ばれたい。そうしたら、昔みたいに、亡き曾祖母譲りの名前を誇らしく思えるようになるから。
井高のこと。「女みたいな名前」って言われたこと。
そのすべてを、「過去のこと」にできるような気がするから。
「し、志弦……先輩」
「うん」
それでいい。それがいい。
ちょっとこそばゆい感じがするけど、でも、そうやって呼んでほしい。
「ちゃんと〝先輩〟つけたな。えらいぞ、陽翔」
抱きついてることが少しだけ恥ずかしくて、見当違いな部分を褒めて誤魔化す。その誤魔化しに、「下の名前を呼ぶ」っていう、ちょっと大胆なことも紛れ込ませた。
「先輩、今、オレの名前……」
気づくなよ、そこに。
気づかれたら、抱きついてることと相乗効果で、オレ、メチャクチャ恥ずかしいじゃん。
「先輩っ!」
「うわっ! ひ、氷鷹っ!?」
グイッと持ち上げられた体。そのまま、グルングルンと振り回される。
抱きついてたオレを、氷鷹が持ち上げて、振り回したのだ。
「俺、メッチャうれしいです! 先輩! もっと名前、呼んでください!」
散々振り回した後、トスっと、オレを地面に下ろして、氷鷹が顔を寄せてくる。
なんていうのかな。
名前を呼ばれるのを、今か今かと待ってる犬。そのケツにはフリフリ尻尾がついてんじゃねえかって思えるぐらい。
(これ、名前を呼んだら、「ワォン!」って突進してくるんじゃないか?)
うれしさのあまり、相手を押し倒しちゃう大型犬。でも。
「陽翔――」
おあずけのままにしておくのも、なんか違う気がして、恐るおそる、身構えつつ、名前を呼ぶ。
「はい! 志弦先輩!」
元気のいい、元気よすぎる返事。
「陽翔、陽翔、陽翔――」
「はい! 志弦先輩、志弦先輩、志弦先輩!」
こんなところ、誰かに見られたら、「なにやってんだ、コイツら」だろう。
男二人、名前を呼び合って、見つめ合って。
ドン引き案件。
それだけじゃない。
「…………あれ? ヘンだな。なんで、俺、泣いてるんすかね」
ゴシゴシと、手の甲で涙を拭く陽翔。
「知るか」
突き放すように言いながら、オレも同じように涙があふれてくる。
おかしいな。悲しいわけでもないのに。
お互いの名前を呼びあっただけで泣くなんて。
でも、今のオレ、はたから見たらヘンな奴だけど、不思議と気分はいいんだ。
もしかしたらそれは、陽翔に名前を呼んでもらったからかもしれない。
井高を殴り飛ばそうと、大阪に行くとまで行ってくれた陽翔。
オレのために、苗字を変えようとしてくれた陽翔。
実際に行動してないけど、そう言ってくれる。それだけでオレ、うれしいんだ。
(ありがとな、陽翔)
お前のおかげで、この名前、好きだった頃の自分に戻れる。
「そう……なるな」
オレに手を握られたまま、オレの話を聴いてくれた氷鷹。
氷鷹の苗字が、大嫌いな幼馴染〝井高〟に似てたこと。
正確には、苗字だけじゃない。そのガタイのデカさも、人懐こさも。顔立ちは違うけど、端々に〝井高〟味を感じていた。
「呆れたか?」
お前の慕う先輩が、そんな些細なことで初対面の人を嫌うような奴で。
「――先輩」
低い氷鷹の声。
そして、追いすがるようなオレの手を振り払って、氷鷹が立ち上がる。
そう、そうだよな。
名前が似てるだけで、相手を嫌うだなんて。そんな奴、ムカつくよな。腹立つよな。
「俺、ちょっと大阪まで行ってきます」
「え? 大阪?」
「その井高って奴、大阪にいるんですよね?」
「え、ああ。そうだけど……」
井高は、大阪にある大学に進学してる。
「俺、今から大阪に行って、ソイツをぶん殴ってきます」
「え、あ、ちょっ……!」
大股で公園を出ていこうとする氷鷹。あわててオレも立ち上がり、氷鷹を追いかける。
「おまっ、大阪に行っても、井高を知らねえだろ!」
ツッコむところはそこじゃない。わかっているけど、言わずにいられなかった。
大阪にいってどうする? 井高の顔も、アイツの大学も知らない氷鷹が、どうやって井高をぶん殴るっていうんだ。
「知らなくてもいいんです! 俺、捜しますから!」
「捜すって……」
それで井高にたどり着けるのか?
「一発、いや百発ぐらい殴ってやらなきゃ気がすまないんですよ! 先輩を、そんなふうに傷つけた奴! 殴っても、絶対許せねえけど、でも、でも……!」
「氷鷹……」
声だけじゃない。体も小刻みに震えてる。
寒いんじゃない。これは、怒りに震えてるんだ。
「殴るのがダメってのなら……。俺、ちょっと役所行ってきます」
「役所?」
「俺の苗字変えてきます。そうですね。母方の姓にでも変えてきますよ」
「え? ちょっ、ちょっと待て!」
慌ててオレも立ち上がる。立ち上がって、走り出しかけてた氷鷹の腕を掴む。
「なんですか、先輩。母方なら、〝緒方〟ですから、問題ないですよね」
「いや、だから待てって!」
苗字を変えるってなんだよ!
「そこまでしてもらわなくても、大丈夫だから!」
「でも!」
「いいって! 氷鷹!」
「先輩……」
掴まえたオレの手を振り切りそうだった氷鷹が、そこでようやく動きを止める。
「ありがとな、オレのためにそこまで考えてくれて」
「せ、先輩っ!?」
言いながら、氷鷹の体をギュッと抱きしめると、オレを見下ろす氷鷹が何度もまばたきをくり返した。
普通に苗字を呼んだこと。ギュッと抱きしめたこと。どっちに驚いてるんだろうな。
「オレ、もうそこまでしてもらわなくても大丈夫だから」
これは本当。
オレ、もう井高のことなんて、もう平気だ。だから。
「氷鷹。オレのこと、〝志弦〟って呼んでくれないか?」
「先輩?」
「『女みたいな名前』って言われたこと、忘れたいんだ。だから」
うまく説明できないけど。
氷鷹に名前を呼ばれたい。そうしたら、昔みたいに、亡き曾祖母譲りの名前を誇らしく思えるようになるから。
井高のこと。「女みたいな名前」って言われたこと。
そのすべてを、「過去のこと」にできるような気がするから。
「し、志弦……先輩」
「うん」
それでいい。それがいい。
ちょっとこそばゆい感じがするけど、でも、そうやって呼んでほしい。
「ちゃんと〝先輩〟つけたな。えらいぞ、陽翔」
抱きついてることが少しだけ恥ずかしくて、見当違いな部分を褒めて誤魔化す。その誤魔化しに、「下の名前を呼ぶ」っていう、ちょっと大胆なことも紛れ込ませた。
「先輩、今、オレの名前……」
気づくなよ、そこに。
気づかれたら、抱きついてることと相乗効果で、オレ、メチャクチャ恥ずかしいじゃん。
「先輩っ!」
「うわっ! ひ、氷鷹っ!?」
グイッと持ち上げられた体。そのまま、グルングルンと振り回される。
抱きついてたオレを、氷鷹が持ち上げて、振り回したのだ。
「俺、メッチャうれしいです! 先輩! もっと名前、呼んでください!」
散々振り回した後、トスっと、オレを地面に下ろして、氷鷹が顔を寄せてくる。
なんていうのかな。
名前を呼ばれるのを、今か今かと待ってる犬。そのケツにはフリフリ尻尾がついてんじゃねえかって思えるぐらい。
(これ、名前を呼んだら、「ワォン!」って突進してくるんじゃないか?)
うれしさのあまり、相手を押し倒しちゃう大型犬。でも。
「陽翔――」
おあずけのままにしておくのも、なんか違う気がして、恐るおそる、身構えつつ、名前を呼ぶ。
「はい! 志弦先輩!」
元気のいい、元気よすぎる返事。
「陽翔、陽翔、陽翔――」
「はい! 志弦先輩、志弦先輩、志弦先輩!」
こんなところ、誰かに見られたら、「なにやってんだ、コイツら」だろう。
男二人、名前を呼び合って、見つめ合って。
ドン引き案件。
それだけじゃない。
「…………あれ? ヘンだな。なんで、俺、泣いてるんすかね」
ゴシゴシと、手の甲で涙を拭く陽翔。
「知るか」
突き放すように言いながら、オレも同じように涙があふれてくる。
おかしいな。悲しいわけでもないのに。
お互いの名前を呼びあっただけで泣くなんて。
でも、今のオレ、はたから見たらヘンな奴だけど、不思議と気分はいいんだ。
もしかしたらそれは、陽翔に名前を呼んでもらったからかもしれない。
井高を殴り飛ばそうと、大阪に行くとまで行ってくれた陽翔。
オレのために、苗字を変えようとしてくれた陽翔。
実際に行動してないけど、そう言ってくれる。それだけでオレ、うれしいんだ。
(ありがとな、陽翔)
お前のおかげで、この名前、好きだった頃の自分に戻れる。
10
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる