恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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5.キミと踏み出す、はじめの一歩。

(一)

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 「えっと。じゃあ、俺の苗字が、その『井高』って奴に似てたから、イヤな顔したっていうんですか?」

 「そう……なるな」

 オレに手を握られたまま、オレの話を聴いてくれた氷鷹。
 氷鷹の苗字が、大嫌いな幼馴染〝井高〟に似てたこと。
 正確には、苗字だけじゃない。そのガタイのデカさも、人懐こさも。顔立ちは違うけど、端々に〝井高〟味を感じていた。

 「呆れたか?」

 お前の慕う先輩が、そんな些細なことで初対面の人を嫌うような奴で。

 「――先輩」

 低い氷鷹の声。
 そして、追いすがるようなオレの手を振り払って、氷鷹が立ち上がる。
 そう、そうだよな。
 名前が似てるだけで、相手を嫌うだなんて。そんな奴、ムカつくよな。腹立つよな。

 「俺、ちょっと大阪まで行ってきます」

 「え? 大阪?」

 「その井高って奴、大阪にいるんですよね?」

 「え、ああ。そうだけど……」

 井高は、大阪にある大学に進学してる。

 「俺、今から大阪に行って、ソイツをぶん殴ってきます」

 「え、あ、ちょっ……!」

 大股で公園を出ていこうとする氷鷹。あわててオレも立ち上がり、氷鷹を追いかける。

 「おまっ、大阪に行っても、井高を知らねえだろ!」

 ツッコむところはそこじゃない。わかっているけど、言わずにいられなかった。
 大阪にいってどうする? 井高の顔も、アイツの大学も知らない氷鷹が、どうやって井高をぶん殴るっていうんだ。

 「知らなくてもいいんです! 俺、捜しますから!」

 「捜すって……」

 それで井高にたどり着けるのか?

 「一発、いや百発ぐらい殴ってやらなきゃ気がすまないんですよ! 先輩を、そんなふうに傷つけた奴! 殴っても、絶対許せねえけど、でも、でも……!」

 「氷鷹……」

 声だけじゃない。体も小刻みに震えてる。
 寒いんじゃない。これは、怒りに震えてるんだ。

 「殴るのがダメってのなら……。俺、ちょっと役所行ってきます」

 「役所?」

 「俺の苗字変えてきます。そうですね。母方の姓にでも変えてきますよ」

 「え? ちょっ、ちょっと待て!」

 慌ててオレも立ち上がる。立ち上がって、走り出しかけてた氷鷹の腕を掴む。

 「なんですか、先輩。母方なら、〝緒方〟ですから、問題ないですよね」

 「いや、だから待てって!」

 苗字を変えるってなんだよ!

 「そこまでしてもらわなくても、大丈夫だから!」

 「でも!」

 「いいって! 氷鷹!」

 「先輩……」

 掴まえたオレの手を振り切りそうだった氷鷹が、そこでようやく動きを止める。

 「ありがとな、オレのためにそこまで考えてくれて」

 「せ、先輩っ!?」

 言いながら、氷鷹の体をギュッと抱きしめると、オレを見下ろす氷鷹が何度もまばたきをくり返した。
 普通に苗字を呼んだこと。ギュッと抱きしめたこと。どっちに驚いてるんだろうな。
 
 「オレ、もうそこまでしてもらわなくても大丈夫だから」

 これは本当。
 オレ、もう井高のことなんて、もう平気だ。だから。

 「氷鷹。オレのこと、〝志弦しずる〟って呼んでくれないか?」

 「先輩?」

 「『女みたいな名前』って言われたこと、忘れたいんだ。だから」

 うまく説明できないけど。
 氷鷹に名前を呼ばれたい。そうしたら、昔みたいに、亡き曾祖母譲りの名前を誇らしく思えるようになるから。
 井高のこと。「女みたいな名前」って言われたこと。
 そのすべてを、「過去のこと」にできるような気がするから。
 
 「し、志弦しずる……先輩」

 「うん」

 それでいい。それがいい。
 ちょっとこそばゆい感じがするけど、でも、そうやって呼んでほしい。

 「ちゃんと〝先輩〟つけたな。えらいぞ、陽翔はると

 抱きついてることが少しだけ恥ずかしくて、見当違いな部分を褒めて誤魔化す。その誤魔化しに、「下の名前を呼ぶ」っていう、ちょっと大胆なことも紛れ込ませた。

 「先輩、今、オレの名前……」

 気づくなよ、そこに。
 気づかれたら、抱きついてることと相乗効果で、オレ、メチャクチャ恥ずかしいじゃん。

 「先輩っ!」

 「うわっ! ひ、氷鷹っ!?」

 グイッと持ち上げられた体。そのまま、グルングルンと振り回される。
 抱きついてたオレを、氷鷹が持ち上げて、振り回したのだ。

 「俺、メッチャうれしいです! 先輩! もっと名前、呼んでください!」

 散々振り回した後、トスっと、オレを地面に下ろして、氷鷹が顔を寄せてくる。
 なんていうのかな。
 名前を呼ばれるのを、今か今かと待ってる犬。そのケツにはフリフリ尻尾がついてんじゃねえかって思えるぐらい。

 (これ、名前を呼んだら、「ワォン!」って突進してくるんじゃないか?)

 うれしさのあまり、相手を押し倒しちゃう大型犬。でも。

 「陽翔はると――」

 おあずけのままにしておくのも、なんか違う気がして、恐るおそる、身構えつつ、名前を呼ぶ。

 「はい! 志弦しずる先輩!」

 元気のいい、元気よすぎる返事。

 「陽翔はると陽翔はると陽翔はると――」

 「はい! 志弦しずる先輩、志弦しずる先輩、志弦しずる先輩!」

 こんなところ、誰かに見られたら、「なにやってんだ、コイツら」だろう。
 男二人、名前を呼び合って、見つめ合って。
 ドン引き案件。
 それだけじゃない。

 「…………あれ? ヘンだな。なんで、俺、泣いてるんすかね」

 ゴシゴシと、手の甲で涙を拭く陽翔はると

 「知るか」

 突き放すように言いながら、オレも同じように涙があふれてくる。
 おかしいな。悲しいわけでもないのに。
 お互いの名前を呼びあっただけで泣くなんて。
 でも、今のオレ、はたから見たらヘンな奴だけど、不思議と気分はいいんだ。
 もしかしたらそれは、陽翔はるとに名前を呼んでもらったからかもしれない。
 井高を殴り飛ばそうと、大阪に行くとまで行ってくれた陽翔。
 オレのために、苗字を変えようとしてくれた陽翔。
 実際に行動してないけど、そう言ってくれる。それだけでオレ、うれしいんだ。

 (ありがとな、陽翔)

 お前のおかげで、この名前、好きだった頃の自分に戻れる。
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