恋をするなら、キミとがいい

若松だんご

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1.僕はキミと出会う

(三)

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 (うげ。暑っ!)

 校舎を出たところで、目を眇める。手廂つき。
 日差しはそこまで眩しくないけど、夏が忘れていったような暑さに、思わず「ザ☆暑い」ポージング。
 9月ももうすぐ終わり、そんな時期になっても気温はまだ「夏」。エアコンの効いた屋内にいたせいか、真昼の外の気温は、一気に体を汗で湿らせていく。

 (こんなことなら、食堂に行こうなんて、やめときゃよかった)
 
 今までいた、文学部棟。
 涼しいエアコンの効いた廊下の先にも、購買もある。けど、なんとなくナポリタンが食べたくて、文学部棟から外れた場所に建つ食堂を目指してしまった。

 (やっぱ、購買でパンでも買って……)

 「お~い! 佐波先パ~イ!」

 クルッと踵を返したオレにかかった声。

 「佐波先輩ってば~!」

 声の主は、暑苦しい空気のなか、グングンとこちらに近づいてくる。
 オレと同じように校舎を出ようとしてた連中が、「佐波? 佐波ってコイツか?」みたいな、視線をこちらに寄こしてくる。
 「お前、呼ばれてんぞ。なんで止まらないんだ」って。

 「氷鷹。もう少し声を落としてくれないか?」

 無視することを諦め、追いついてきた声の主に向き直る。
 オレを見つけ、追いかけてきてたのは、あの氷鷹。
 同じ大学なんだから、違う学部生でも会うことはあるだろうが。

 (だからって、なんで、オレを追いかけてくるんだよ!)

 そもそも、オレがいるのは文学部棟。コイツの工学部棟からは、かなり離れているはずだが。

 「すんません。でも、佐波先輩を見つけて、うれしくて」

 エヘヘと、頭を掻きながらの謝罪。
 オレを見つけたからって。なんで、それが「うれしくて」につながるんだ?
 オレとお前は、ただのバイト先の先輩後輩なだけだろ?

 「先輩、今から昼飯ですか?」

 「そうだけど」

 だからナニ? わざわざ、ここまで来て、ナニ?

 「じゃあ、俺といっしょに食べませんか?」

 は?

 「いや、ちょっと、おい!」

 オレの腕を引っ張り、あっつい外へと歩き出した氷鷹。

 「オレ、こっちにある喫茶に行ってみたかったんですよね~」

 はあ?
 そりゃあ、こっち、文学部棟の近くには、喫茶店が存在するけどっ!

 「せっかくだし、いっしょに行きましょうよ。オレ、あそこの限定ケーキ、食べたかったんですよね」

 なにが「せっかく」なのか、わからない。
 限定ケーキが食べたかったら、一人で行け。オレは、食堂のナポリタンが食べたかったんだ。
 言いたいけれど、強引に引っ張るこの手を振りほどきたいけれど。

 (ダメだ)

 なぜか上手くいかない。「離せ」とか「一人で食べてこい」って突き放せばいいだけなのに。

 (こういう強引なところ、似てる……)

 名前が似てるだけかと思ったけれど。グイグイ引っ張る手に、過去が蘇ってくる。
 翔太も、こんな感じで、オレを外に引っ張り出してた。オレは家で静かに本を読んでいたかったのに、アイツは、夏になると虫取りだなんだと、オレをこうして連れ出してたんだ。
 引っ張り出され、浴びた日差しが、思い出したくもない過去を呼び寄せる。
 強引にでも連れ出して、オレと遊びたがった翔太。人懐っこいというか、パーソナルスペースガン無視の、こっちの都合もガン無視だった翔太。
 その翔太の記憶が、今のオレを引っ張る氷鷹の手に重なる。

 「え? ちょっ、佐波先輩っ!?」

 オレが座り込んだせいで、引っ張る腕がグンッと動かなくなったからだろう。ようやく氷鷹が足を止め、オレをふり返る。

 「大丈夫ですかっ!?」

 大丈夫じゃねえよ。お前のせいで、イヤな過去を思い出しちまったじゃねえか。
 言いたいけど、気持ち悪いが先にあって、言葉が出せない。

 「そ、そこ、ベンチ、座りましょう!」

 オレを引っ張るのではなく、オレをいたわりながら、近くにあったベンチを勧める氷鷹。
 オレがドカッとベンチに座っても、まだ心配そうにこっちを見てくる。

 「お、俺、ちょっと飲み物買ってきます!」

 腕で、目を押さえてたら、氷鷹が立ち上がった。急いで近くの自販機に走っていったヤツの背中が、腕の下からチラッと見えた。
 自分が強引に引っ張ったせい――とか思ってるのか。思ってるなら、少しは反省しろ、この野郎。
 
 「すみません、佐波先輩」

 戻ってきた氷鷹が頭を下げて、買ってきたものをオレに差し出す。って。これ、清涼飲料水?

 「暑いなか走って。熱中症になっちゃいましたか?」

 ――は?
 いやいやいや。あんなぐらい走っただけで、この日差しだからって、熱中症はない。そこまで弱くはねえぞ?
 熱中症は否定したくて、もたれていた体を起こす。

 「すみません、佐波先輩」

 帰ってきた氷鷹から、青いペットボトルを受け取る。
 暑さで濡れたペットボトル。それを、キュッとひねって、キャップを開ける。

 「俺、先輩にお礼をしたかったんですが……」

 同じベンチ。隣に腰掛け、うなだれた氷鷹。
 ……なんか、怒られてシューンとした犬みたいだな。それも大型犬。

 「お礼って?」

 「俺、バイトで先輩にお世話になってるし、迷惑かけてるし。それで……!」

 「バァカ」

 その丸見えになってる後頭部を、コツンと小突く。

 「別に、あんなの業務範囲内だ。気にすることはねえ」

 「でもっ!」

 「あのスーパーは、先輩バイトが新人に仕事を教えるルールがあるんだよ。オレだって、前にいた先輩に仕事を教えてもらったし」

 だから、品出しのやり方を教えるぐらいで、「お世話になった」は仰々しいんだ。
 あんなぐらいで「お礼」しなくちゃいけないのなら、オレは、先にいた先輩にナニをどれだけ奢らなきゃいけなかったんだ?

 「そう……なんですね」

 「おう。それに、申し訳ねえって思うのなら、早く仕事を覚えて独り立ちしてくれたほうがうれしい」

 誰かの面倒を見ながら、問題ないか気を使いながら仕事するのは、効率的にも悪いし、なにより、こっちが疲れる。

 「わかりました! 俺、頑張って覚えます!」

 「おう」

 グッと、両握り拳を作ってみせた氷鷹。
 やっぱ、コイツ、大型犬だわ。
 実家で飼ってるラブラドールレトリバー、ハチベエを思い出す。アイツも、最初にフリスビーとか遊びを教えた時は、こんな感じだったな。

 「氷鷹。コレ、ありがとな」

 ベンチから立ち上がり、あらかた飲み終えたペットボトルを、彼の前にかざす。

 「お前、今日もバイトだろ?」

 「あ、えっと、はい」

 「なら、今日もオレが教えるから。今日は、多分、レジでの金銭の授受についてだ」

 「はい! よろしくお願いしまっす!」

 同じように立ち上がり、ペコっと直角に腰を折った氷鷹。立ち上がって、一瞬見えなくなった後頭部が、お辞儀をしたせいで、またオレの前に無防備に晒される。
 オレの投げたフリスビーを上手くキャッチして、「褒めて褒めて」「撫でて撫でて」と戻ってきたハチベエを彷彿とさせる、その後頭部。

 「じゃあまた。夕方に、な」

 それだけ言って、文学部棟に戻る。
 もらったペットボトルを飲んだせいか。
 建物に入るころには、戻ってきた記憶はどこか霧散し、気持ち悪いも消えて無くなっていた。
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