あなたに逢うために。

若松だんご

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第四夜。

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 揺れるお豆腐プルプルと。
 上る湯気はユラユラと。
 白菜トロリと、味染みこんで。
 柔らかネギと肉を添えて。チョイチョイっとタレつけて。
 
 「あ~、美味しひ~」

 ハフハフと、お鍋テッパンな口の動かし方をしながら、その味を堪能する。

 「やっぱ、お鍋はぽん酢に限るねぇ」

 いや、これは意見の分かれるところかもしれない。キムチ鍋が好きな人もいるだろうし、ちゃんこがいい人もいるだろう。私は、サッパリした味が好きだけど、一緒に鍋を囲む瀬田は、ポン酢ではなくゴマダレを愛している。ポン酢派かゴマダレ派か。お鍋を囲むにあたって、再重要案件かもしれないけれど、今のところ互いに平和に共存しあってる。

 「ほら、もっと食えよ」

 冷めちまうぞ。
 瀬田が急かす。
 目の前の鍋は、火にかけていない。
 キッチンで十分に煮込んだあと、新聞を敷いたテーブルの上にドスンと置いただけ。
 だって。
 私の部屋、カセットコンロなんてないし。鍋なんて、一人じゃほとんどやらないから、そういう道具は持ってなかった。片付けも面倒だし、このやり方で構わなかったから。
 互いにテキトーに見繕った食器を使って、鍋の具を取り分ける。瀬田と同棲してるわけじゃないから、おそろいとか、おんなじ食器は持ち合わせていない。私の持っていた一人用の食器を使い分けるしかなかった。

 (これからこういう機会が増えるんなら、せめてカセットコンロぐらい用意しておこうかな)

 菜箸で、白菜、しいたけ、うどんをよそう。ちょっとポン酢が薄くなったので、追加投入。

 「ん~、たまらんっ‼」

 この酸味。適度な歯ごたえ。やっぱ鍋、最高っ!!
 片手にチューハイ。最近人気のレモンチューハイ。すりおろしレモン入り。なんだろ。私、こういう柑橘系が好きなのかな。

 「ほれ、いっぱい食え、食え」

 空になった小鉢に、瀬田が勝手にチョイスした野菜(と肉)を入れてくれる。私があんまり好きでない人参を避けて入れてくれるあたり、よくわかってるわ、この男。まあ、それだけこうして一緒に食べる機会が多いってことなんだけど。
 今日のこの鍋だって、瀬田が提案してくれたものだった。

 〈請求書、お疲れ様鍋〉

 残業仕事上がりに、先に帰ったはずの瀬田が待っていてくれた。
 どうやら、私と石山の請求書をめぐる攻防は、営業部でも話題になっていたらしい。まあ請求書のせいで、石山のところから支払われるべきリベートが減るのだから、話題にならないはずはないけどさ。
 「あっちがチャランポランなのが悪い、お前はよくやったよ」と、こうして鍋と酒で私を慰めてくれるのだ。

 ……やさしいな、ホントに。

 入れてもらったお肉(鶏肉)を頬張りながら思う。
 顔も悪くない。仕事だってソコソコ出来る。人が仕事で落ちこんでいそうなときは、こうやって気を使ってくれる。SEXだって……下手じゃない。満足するだけつき合ってくれるし、こっちが乗り気じゃない時は無理強いしてこない。
 これでカノジョ、いないんだからなあ。

 「ん? どうした、杏里」

 私の視線に、瀬田が気づいた。

 「いや~、世の中の女は見る目がないなあって思って」

 考えてたことをそのまま言葉にする。

 「どうしてアンタにカノジョがいないのかなあ、もったいないよなあって思ってさ」

 「なんだそりゃ」

 瀬田が鶏肉を頬張り、うどんをすする。心なしか頬が赤く見えるのは、熱々の鶏肉を食べたせいか。

 「そんなに言うなら……」

 ゴクリと口の中のものを飲み下すと、グイっとこっちに体を向けた。

 「お前が、オレのカノジョになるか? 杏里」

 ――ブホッ。

 思わず、むせた。

 「なっ、なんでそうなるのよ」

 ゴホゴホッ…。
 ちょっと本気で息が苦しい。気管支入りかけた。

 「いや、世の中の女に見る目がなくてもさ、お前はあったわけだろ? オレを見る目が」

 「ん、まあ、そうだけど……」

 「なら、その目を信じて、オレとつき合えばいいじゃんよ」

 う~ん。確かに。瀬田は、恋人として悪くない条件を兼ね備えているけど……。

 「杏里……」

 瀬田が近づく。
 目の前には瀬田の整った顔。
 そして……。

 「ンッ……」

 当たり前のようなキス。
 最初は軽く、少し口を開けてやればそのままディープキスに。

 (あ……ゴマダレ味)

 なんてバカなことを考えながら、キスを続ける。舌を絡めるようにキスしてたら、私の背中に瀬田の手が回る。
 これは、このままSEX案件か?
 なし崩し的にSEXして、そのまま瀬田をカレシにして。

 (好き……なのかな?)

 そのあたりがよくわかんない。
 瀬田だって、こうしてキスしてくるくせに、一度も私に好きだって言ってこないし。このままSEXになだれ込んでも、それは「友達と一緒に汗かくスポーツを楽しんだ」ぐらいの感覚で。「好きな相手と愛情を交歓した」ってことにはならなさそう。
 セフレで同僚というのと恋人は、どこがどう違うのだろう。
 「好き」って感情があるかどうか?

 (好き……、ねえ)
 
 ツキン……。

 胸が痛い。心臓……というより、心が痛い。
 何かが、心に引っかかる。

 「ゴメン……」

 キスをしながら抱きしめてきた瀬田を押し返す。

 「私、そういう関係になれない」

 瀬田の顔が見れなくてうつむく。

 「――オレのこと、嫌いか?」

 絞り出されたその質問に、首を横にふった。
 嫌い……なんかじゃない。知ってる男のなかで、一番いいヤツだと思ってる。
 このままズルズルと惰性で恋人に昇格したって、今までと変わらず大事にしてくれそうな気がする。つき合い続けていけば、そのうち「好き」という感情もわいてくるのかもしれない。
 けど……。

 「ゴメン……、今、そういうこと考えられない」
 
 ツキン、ツキン……。

 脈打つように、胸が痛い。
 何かが違う。瀬田が悪いわけじゃないけど。説明できない感情が、何かが私の邪魔をする。
 違う、違う。ちがうの。チガウ。
 
 「わかった」

 瀬田が、天井にむけて息を吐きだした。

 「今日は、帰るわ」

 うつむいたままの私を残して立ち上がる。
 鍋はまだ残ってる。けど、片付けだって手伝ってもらえないだろう。

 (傷つけた……)

 わかってる。わかってるんだけど、言い訳すら出てこない。

 「じゃあな。ちゃんと片づけて寝ろよ」

 そう言い残して瀬田が部屋から出ていく。
 バタンと、硬質なドアの閉まる音だけが大きく響く。
 遠ざかる足音。外の音に紛れて消えていく。
 残った部屋は、無音。テーブルの上には食べ残された鍋。
 動けなくなった私。
 動けなかった私。
 テーブルにあった、飲みかけのチューハイ缶を手にする。
 
 ガンッ……!!

 勢いにまかせて投げつけた。缶は、壁にぶつかってひしゃげ、中身を床にぶちまける。
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