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2章-3

第31話

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 すべてを聞き終えたあと地下室は重苦しい空気に包まれた。
 
 ウェルミィはふたたび泣きじゃくり、おっさんは頭を抱え、ブライのじいさんは俯いたままだ。
 みんなそれぞれ思うところがあるのかもしれない。
 
 もちろん俺も大きく混乱してた。
 ぶっちゃけ今聞いた話を自分の中でどう整理すればいいか分からない。
 
「ティムさま……」

 いつもは冷静なマキマもどこか不安そうに声をかけてくる。
 帝国に対する忠義が揺らいでしまってるのかもしれない。

「少し考えさせてくれないか」

 そう言うとマキマは弱々しく頷く。
 誰も俺の言葉に反対しようとしなかった。


 このあと。

 俺たちはオーブだけを入手するとほとんど無言のまま帰路につく。
 今回の件をほかのみんなに伝えると新たな混乱を生む可能性があったから、これは五人だけの秘密ってことになった。



 ◇◇◇



 その夜。
 俺は自室のベッドに入りながらいろいろと考えていた。

 父さんの言葉はどれも衝撃的だった。
 考えるなってのがムリな話だ。 

「ニズゼルファを倒すには半神になる必要がある……か」

 すべてのオーブを集めるとなると世界中をまわる必要が出てくる。
 魔王たちの標的にされたこの状態でそれはかなり困難を極める道に違いない。 

 けど。

 〝これは半神の血を引く人族にしかできないことだ。そして、勇者であるお前がそのいちばん近い場所にいる〟

 ふと父さんの言葉が甦る。

(そうだよな。やっぱり俺がやるべきなんだ)

 このままこの国に留まってても状況はなにも変わらない。
 ニズゼルファを倒さない限り、俺たち種族に未来はないんだ。

 蒼狼王族サファイアウルフズ、オーガ族、刀鎧始祖族エルダードワーフのみんなとも分かり合うことができたわけで。

 なら、ほかの異種族とも手を取り合うのが不可能ってわけじゃない。

 魔族に苦しめられてるのはみんな同じ。
 その共通した思いがあればきっと協力だってし合えるはず。

(それに種族の協力を得られたらオーラ値だって上がるかもしれないんだし)

 俺の中ではジャイオーンを倒せたのはたまたまだって思いが強かった。

 あのクラスの魔王があと八人もいるわけで。
 たとえ【全能再現パーフェクトコピー】があって極意エゴイズムをコピーできるからといって、集団で攻めて来られたらどうなるか分からないってのが正直なところだ。

 唯一の心残りは、街の仲間たちを置いて出て行かなくちゃならないってことだけど。
 
(でも俺がいたからジャイオーンは襲ってきたわけだし。むしろ俺がここを離れることはみんなのためにもなるんだ)


 残る問題はウェルミィたちのことだな。
 四人にひとりでオーブを集める旅に出るなんて言えば間違いなく止められる。

 だけどなにも言わずに旅立てば、またきっと俺の行方を探すに違いない。

 マキマのことも気になっていた。

 本当は彼女にそばにいてほしいんじゃないのか?

(いや……ダメだ。俺のそばにいれば危険なんだ)

 やっぱりひとりで出て行こう。


 そう決心したらあとの行動は早かった。
 
 こういう決断は早ければ早いほどいい。
 時間が経てば未練を感じてしまうから。

 ベッドから抜け出してささっと身支度を整えてしまうと、俺は領主館バロンコートをあとにした。










 夜明け前。

 俺はまだ薄暗い街の中を歩いてた。
 目に飛び込んでくるのは破壊され尽くした街の姿だ。

「……」

 放り出して自分だけが街から出て行こうとしてることにちょっとだけ罪悪感が芽生える。
 でも俺は心を鬼にした。

(早く外に出よう)

 早足で街を通りすぎる。
 この時間なら誰かと会うこともないはず。

 あと少しで街の出口だ。

 そんな思いで水路の小さな橋にさしかかると。

(あっ)

 そこに人影があることに気づく。
 相手が誰か俺にはすぐ分かってしまった。

 こんな時間、こんな場所で待っているのはひとりしかいない。


「……マキマ……。なんでここに……」

「ティムさまのことです。わたしたちに迷惑をかけないよう、おひとりで出て行かれると分かっておりました」

「……」

「わたしもご一緒させてください。少しはお力になれると思います」

「いやダメだ。俺と一緒にいたらまたいつ魔王に襲われるか分からないんだ」

「問題ありません。わたしは神聖騎士隊隊長です。ティムさまの盾となってお護りするのが使命なんです」

「マキマがそんなことする必要ないって」

「ではなぜ、ティムさまはおひとりで出て行こうとされてるのでしょうか?」

「それは……」

 一瞬言葉を詰まらせてしまう。

 もちろん、みんなに迷惑をかけたくないっていう理由もあるけど。
 いちばんの理由はやっぱりこれだ。

「エアリアル帝国が滅んでしまったのは俺のせいだから。父さんや母さん、マキマの親父さんや犠牲となったほかの多くの人たちのためにもニズゼルファを倒してかたきを討つ。これは俺がひとりでやるべきことなんだよ」

 父さんは俺が敗れたのは自分の責任だなんて言ってたけど、それは違う。
 
 ニズゼルファに負けたのは俺が弱かったから。
 ただそれだけの理由だ。

 責任って言うならそれを負ってるのは俺だ。

 それを果たさなくちゃいけない。

 だけど。
 マキマは俺とはまったく違うことを考えていた。


「ティムさま。どうかそんな風にご自分を責めないでください」

「え」

「あのときルーデウスさまがニズゼルファに立ち向かっていなければ、帝国はもっと早い段階で滅んでいたはずです。当然、ウェルミィさまやわたくしどもはこのように生きていなかったことでしょう。わたしは感謝してるんです。帝国のためにおひとりで戦われたルーデウスさまのことを。見える部分にだけ目を向けて責任を感じないでください。救われた命もあるんですよ」

「マキマ……」

「諸悪の根源はニズゼルファです。このような世界となったのもすべて魔族のせいなんですから。ティムさまのせいではありません」

 そう口にするマキマの表情は真剣そのものだった。

「それに……わたしは誓ったんです」

「誓った?」

「5年前、わたしはティムさまをお護りすることができませんでした。そのころのわたしにはなんの力もありませんでした。それがずっと悔しくて心残りだったんです。ですから今度こそあなたさまのそばでお護りしたいって。それがわたしの誓いでもあり、願いなんです」

「!」

 そんなマキマの言葉にハッとする。
 以前の自分はこうした独りよがりの思いを抱えたまま、ニズゼルファにひとりで挑んで敗れたんじゃないかって。

(それはつまり仲間を頼らなかったから負けたってことじゃないのか?)

 それこそ独善的な考えだ。
 俺ひとりの力でぜんぶ解決できるなんて……間違ってる。

 それが理解できると、自分の中で凝り固まってた思いが自然と崩れていくのが分かった。

(そっか。簡単なことだったんだ)

 仲間を頼る。
 ただそれだけをすればよかったんだ。


「……マキマには気づかされてばっかだな」

「?」

「ありがとう。気持ちはしっかりと伝わったよ」

「え、ティムさま……じゃあ……」

「うん。でも、ニズゼルファを倒す責任が俺にあるって思いは変わらない。だからさ」

 そこで俺は頭を下げると手を差し出した。

「それを実現するためにも力を貸してくれないか? マキマが必要なんだ。俺のそばにいてほしい」

「はい……もちろんです。今度こそかならずルーデウスさまのお役に立ってみせます!」

 パッと顔を明るくさせると、マキマはしっかりと俺の手を握り返した。
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