8 / 29
7.ギルド
しおりを挟む
が醒めた時、一番最初に目に入ったのは白い天井だった。
背中には少し硬めのクッション――もといベッドの感覚がある。何気なく右側を向くと、少し離れたところに木製のドアがあった。どうやらどこかの一室らしい。
しかしこんなところまで来て眠ったなんて記憶が私にはなかった。
自分が今どこにいるのか、記憶に焼き付いているあの魔物はどうなったのか……。
状況が分からず頭が混乱する。身体を起こそうとしたその時、四肢に力を入れても重しが纏わりついたかのように起き上がることが出来ないことに気づいた。私を押さえるのものの正体は、左側から毛布越しに腹と肩に柔らかく、でも確実に巻き付いた腕――レオンのものだった。
一番気掛かりだったレオンが生きて隣にいるという事実に安心する。兄達がいなくなってからはずっと、『唯一の味方』であり、両親に勘当されて縁を切った今は『唯一の肉親』と言っても過言ではない存在。
私を信じてあそこから一緒に出て行きたいと言ってくれた存在を今まで力不足で守ってあげられなかった分まで守ってあげたい。心の底からの気持ちだった。
レオンは私を真横から抱きしめ、目を閉じて眠りに落ちている。昔よりも大人びた顔立ち、そして大きくなった身体。しかし目元は赤く、若干の腫れが目立ち、子供の様に泣いた跡がうかがえた。
「心配、かけちゃったかな?ごめんね」
左の手を伸ばして、指通りの良い漆黒の髪の毛を軽く撫でる。
今日は今までの事を全て覆すような……とにかく色々な事があった。きっと疲れているのだろう。レオンは触れられても起きる気配すらない。けれど少し寝顔が穏やかになったような気がして微笑が溢れた。
ここは何処だろうという気持ちはあったが、私もかなり疲れており、レオンも暫くは起こしたくない。
そうして少し微睡んでいると扉が開く気配があった。意識が一気に覚醒し、そちらに目線を向ける。
「あー、起こしちまったかい?」
「貴女、は……」
「待て待て。倒れたんだから、まだ寝てな。大体の事情はソコで寝てるアンタの弟から聞いた。だからアタシの話は寝ながら、無理のない程度で聞くんでいい」
話を聞こうと、思わず身体を一気に起こそうとした私を諫めて、女性は声を潜めながら話を続けた。
「アンタらはね、森で魔物に襲われてたんだよ。んでそれはアタシが討伐依頼を受けて探してたやつだった。それで丁度魔物の気配を感じて、追っていった先にアンタらがいたんだ。遅くなってすまなかった……本当に間に合って良かったよ」
最後は優しい声音で安心したように言われる。女性は遅くなったことをかなり気にしているようだったが、私達はむしろ助けてもらった側だ。感謝はすれども怒る道理などない。
「そんな、遅くなっただなんて――むしろ助けて頂いたようで感謝しています。私なんて二度も助けられて……」
そう。一度目は舞踏会から逃げ出してきた私の話を聞いてくれた時、そして魔物からも救ってくれた。この女性には感謝してもしきれない。
「アタシは大したことはしてないさ」
「それでもお礼を言わせてください。本当に有難うございました」
女性は柔らかく微笑んで、本当に大したことはしていないというような言い方で話す。それでも私は助けてもらった恩を感じずにはいられなかった。
けれど今日明日の宿もご飯も確保できるか否か分からない程に先が見えない私には、何をすればそれを返せるかなど分からない。礼を言ったはいいが、視線を彷徨わせて無言になってしまう。
「……それで話は変わるんだが、アンタらはこの後、行く場所に宛てはあるのかい?」
「――っ!」
丁度今考えていたことを良い当てられ、身体がビクリと反応してしまう。心を読まれたのかと錯覚するほどのタイミングだった。
「そこのアンタの弟から聞いたが、勘当……されちまったんだろう?貴族で、しかもアンタらは若い。だから宛てがあるのか気になったんだ」
「正直に言うと、ありません。親戚も殆ど交流はないですし、元の領地にも助けてくれるような人はいませんので」
こんなところで嘘を吐いても仕方がない故に、素直に事実を伝える。
本当に私達には何もないのだなと、自分の言葉に虚しさすら感じてしまう。でも今回の選択に後悔はなかった。
気まずい雰囲気が漂い、女性はバツが悪そうに後頭部を掻く。
そして少し何かを考えた後『決めた!』とそう言って、寝た体制のままの私に視線を合わせて来た。
「アンタ、アタシのギルドに入る気はないかい?丁度今、辞めるってやつがいてね。人手が足りないんだ。雑用でも何でもいい。今ならなんと、衣食住の保証付き!……アタシの事を助けると思ってうちに入ってくれないか?」
パンと顔の間で手を合わせながら、悪戯をこっそりと教えてくれる子供の様な無邪気さで女性は笑みを浮かべる。
今まで私の近くにいたどんな人間とも違う。
初めて出会った人間にすら無償の施しと応援の言葉を与えてしまえる人間だ。信じられないわけがない。
彼女はほぼ確実に私達を助けるために助けを求めている風に装っているのだろう。しかしこれから頑張れば、私がそんな彼女の役に立てるかもしれない……否、絶対に役に立ってみせると思えた。
だから返事は既に決まっている。
「はい。是非ギルドに加入させてください……!!」
これが公爵令嬢としての私の完全なる終焉であり、私という一人の人間の始まりだった――。
背中には少し硬めのクッション――もといベッドの感覚がある。何気なく右側を向くと、少し離れたところに木製のドアがあった。どうやらどこかの一室らしい。
しかしこんなところまで来て眠ったなんて記憶が私にはなかった。
自分が今どこにいるのか、記憶に焼き付いているあの魔物はどうなったのか……。
状況が分からず頭が混乱する。身体を起こそうとしたその時、四肢に力を入れても重しが纏わりついたかのように起き上がることが出来ないことに気づいた。私を押さえるのものの正体は、左側から毛布越しに腹と肩に柔らかく、でも確実に巻き付いた腕――レオンのものだった。
一番気掛かりだったレオンが生きて隣にいるという事実に安心する。兄達がいなくなってからはずっと、『唯一の味方』であり、両親に勘当されて縁を切った今は『唯一の肉親』と言っても過言ではない存在。
私を信じてあそこから一緒に出て行きたいと言ってくれた存在を今まで力不足で守ってあげられなかった分まで守ってあげたい。心の底からの気持ちだった。
レオンは私を真横から抱きしめ、目を閉じて眠りに落ちている。昔よりも大人びた顔立ち、そして大きくなった身体。しかし目元は赤く、若干の腫れが目立ち、子供の様に泣いた跡がうかがえた。
「心配、かけちゃったかな?ごめんね」
左の手を伸ばして、指通りの良い漆黒の髪の毛を軽く撫でる。
今日は今までの事を全て覆すような……とにかく色々な事があった。きっと疲れているのだろう。レオンは触れられても起きる気配すらない。けれど少し寝顔が穏やかになったような気がして微笑が溢れた。
ここは何処だろうという気持ちはあったが、私もかなり疲れており、レオンも暫くは起こしたくない。
そうして少し微睡んでいると扉が開く気配があった。意識が一気に覚醒し、そちらに目線を向ける。
「あー、起こしちまったかい?」
「貴女、は……」
「待て待て。倒れたんだから、まだ寝てな。大体の事情はソコで寝てるアンタの弟から聞いた。だからアタシの話は寝ながら、無理のない程度で聞くんでいい」
話を聞こうと、思わず身体を一気に起こそうとした私を諫めて、女性は声を潜めながら話を続けた。
「アンタらはね、森で魔物に襲われてたんだよ。んでそれはアタシが討伐依頼を受けて探してたやつだった。それで丁度魔物の気配を感じて、追っていった先にアンタらがいたんだ。遅くなってすまなかった……本当に間に合って良かったよ」
最後は優しい声音で安心したように言われる。女性は遅くなったことをかなり気にしているようだったが、私達はむしろ助けてもらった側だ。感謝はすれども怒る道理などない。
「そんな、遅くなっただなんて――むしろ助けて頂いたようで感謝しています。私なんて二度も助けられて……」
そう。一度目は舞踏会から逃げ出してきた私の話を聞いてくれた時、そして魔物からも救ってくれた。この女性には感謝してもしきれない。
「アタシは大したことはしてないさ」
「それでもお礼を言わせてください。本当に有難うございました」
女性は柔らかく微笑んで、本当に大したことはしていないというような言い方で話す。それでも私は助けてもらった恩を感じずにはいられなかった。
けれど今日明日の宿もご飯も確保できるか否か分からない程に先が見えない私には、何をすればそれを返せるかなど分からない。礼を言ったはいいが、視線を彷徨わせて無言になってしまう。
「……それで話は変わるんだが、アンタらはこの後、行く場所に宛てはあるのかい?」
「――っ!」
丁度今考えていたことを良い当てられ、身体がビクリと反応してしまう。心を読まれたのかと錯覚するほどのタイミングだった。
「そこのアンタの弟から聞いたが、勘当……されちまったんだろう?貴族で、しかもアンタらは若い。だから宛てがあるのか気になったんだ」
「正直に言うと、ありません。親戚も殆ど交流はないですし、元の領地にも助けてくれるような人はいませんので」
こんなところで嘘を吐いても仕方がない故に、素直に事実を伝える。
本当に私達には何もないのだなと、自分の言葉に虚しさすら感じてしまう。でも今回の選択に後悔はなかった。
気まずい雰囲気が漂い、女性はバツが悪そうに後頭部を掻く。
そして少し何かを考えた後『決めた!』とそう言って、寝た体制のままの私に視線を合わせて来た。
「アンタ、アタシのギルドに入る気はないかい?丁度今、辞めるってやつがいてね。人手が足りないんだ。雑用でも何でもいい。今ならなんと、衣食住の保証付き!……アタシの事を助けると思ってうちに入ってくれないか?」
パンと顔の間で手を合わせながら、悪戯をこっそりと教えてくれる子供の様な無邪気さで女性は笑みを浮かべる。
今まで私の近くにいたどんな人間とも違う。
初めて出会った人間にすら無償の施しと応援の言葉を与えてしまえる人間だ。信じられないわけがない。
彼女はほぼ確実に私達を助けるために助けを求めている風に装っているのだろう。しかしこれから頑張れば、私がそんな彼女の役に立てるかもしれない……否、絶対に役に立ってみせると思えた。
だから返事は既に決まっている。
「はい。是非ギルドに加入させてください……!!」
これが公爵令嬢としての私の完全なる終焉であり、私という一人の人間の始まりだった――。
1,086
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。
雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。
今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。
私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
諦めていた自由を手に入れた令嬢
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。
これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。
実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。
自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。
最初からここに私の居場所はなかった
kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。
死なないために努力しても認められなかった。
死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。
死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯
だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう?
だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。
二度目は、自分らしく生きると決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。
私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~
これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m
これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる