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4.別離②
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『死んだ』というその事実を周囲に証明するために葬儀前日までは本物のクレアが死体のフリをする。
最終的には秘密裏にクレアそっくりに作った人形にポジションを変更する運びである。最後に人形にその場所を渡すというのならば、最初から人形でも良いではないかと思われるかもしれない。しかし魔力を込めただけの作り物だとまじまじと観察された場合、バレる可能性が高いのだ。
所詮無機物は無機物であり、元々魔力を持つ人間の身体とは全く違う。後から魔力を込めて注いだだけのものだと一瞬しか騙すことが出来ないのである。
ある程度親交があった貴族や王宮関係者などと言った一部のクレアの遺体を確認しに来るであろう、他人の魔力が自然と測れる優れた魔導士達を騙すにはこの方法しかなかった。
葬儀に関しては今現在のクロシュテインの主流が火葬になっていることが幸いした。
この国では以前は土葬が基本だったが、喰花病が流行してからは火葬が主流になったのだ。死体に接触したことによる喰花病の感染もあり得たからだ。それ故に今回もクレアの葬儀でも火葬が選ばれることはなんら違和感がなかった。
偽装死体が残る心配はない。なにせ今回は灰になるまで焼いてもらうつもりなのだ。炎は全てを焼き尽くす神聖なものだ。
燃えてしまえば、魔力すらも浄化され、遺灰に魔力の残滓が少しこびりついている程度になる。肉体を完全に失ったヒトの一部は、一部のこびりついた残滓を残して徐々に魔力を失っていく。作り物の骨や灰に長期間魔力を込めれば、近いものを作れるということは既に実証済みだった。
既に式は家族だけで見送るという形になっている故に、家族以外の人間もクレアの身体と対面することが出来る前日までで『死の偽装』が誰にもバレなければクレアの勝ちである。
レンドーレ公爵家の第三地下倉庫。本来であれば他の倉庫に収まりきらないような対災害時のための食料などを保管しておく場所だが、現在その空間に存在しているのはクレアだけだった。部屋からそのまま運び出された少し硬めのベッドの上に横たえられている。
肌が少しひりつくほどの寒さを持つこの場所。けれど今のクレアにとっては丁度良い場所だった。最低限の照明のみが灯されたこの空間。この静寂と包み込むような闇は思考すらも飲み込む。
他人の目を全て欺くのだ。本来であれば偽装をする緊張やら万が一バレるかもしれないという不安感や恐怖心などで心が休まることはないだろう。それに加えて今は既に薬を飲み、ほんの少しも動くことが出来ない。それらがもたらす負の感情は底知れない。
しかしクレアは自分でも驚くほどに落ち着いていた。
家族以外で自分に対して関心を向ける人間などいないだろうという思い込みもあったのかもしれない。ここに安置されてから数時間が経過した辺り。何も深く考えることはなく、出所不明の謎の安心感から完全に気を緩めていた。
しかしそんな平穏は長くは続かない。前触れはなかった。
壊れたかと思う程の勢いで開かれた扉。体内の時間操作の関係上、動いていないはずの心臓が驚きで跳ねた様な気すらした。
何かと思い、意識を向けてみるとエストが息を切らしてクレアが安置されている場所に部屋に入ってきたのだということが分かった。
「ックレ、ア……?」
クレアの身体の前で繋がれていた手を取られる。自身の体温がないせいか妙に熱く感じてしまう。
「っなんでだよ、なんでお前が――」
彼の表情は当然目視することが出来ない。しかしその弱弱しい声音からエストはもしかしたら泣いているのかもしれないと直感的に思った。
彼は優しい人だ。元々婚約を解消する予定であり且つ一緒に居た時も呆れるくらいにダメダメな婚約者だったと言えど、過ごす内に少しは情が湧いていたのかもしれない。恋情ではないことは分かっている。友情、同情、憐みか心配か……どんな感情でも良かった。彼の感情が動くほどに少しでも何かしらの気持ちを向けてもらえていたのならば――。
(だとしたら……嬉しい、な)
その後も呆然と彼女の名前を呟き続けるエストの声を聞いて、自分は少しくらいはこの人の心に入れていたのかなと漠然と感じる。
クレアは満足していた。なにせ彼女の元々の予想では忙しい彼は、運が良かったとしても葬式の前日辺りまでは会いに来てなどくれないと思っていたから。自分が死んだという事実で余計な重荷が下りたと喜びはしても、本当の意味で悲しんでなどくれないと思っていたから……。
予想外の彼の反応に対して、不謹慎だが嬉しいと思ってしまった。
(これできっと私の中でも思い出として完全に昇華できる……これ以上ない美しい思い出として――)
今の身体では涙を流すことも叶わないが、クレアは涙が出そうな程に嬉しかった。
最終的には秘密裏にクレアそっくりに作った人形にポジションを変更する運びである。最後に人形にその場所を渡すというのならば、最初から人形でも良いではないかと思われるかもしれない。しかし魔力を込めただけの作り物だとまじまじと観察された場合、バレる可能性が高いのだ。
所詮無機物は無機物であり、元々魔力を持つ人間の身体とは全く違う。後から魔力を込めて注いだだけのものだと一瞬しか騙すことが出来ないのである。
ある程度親交があった貴族や王宮関係者などと言った一部のクレアの遺体を確認しに来るであろう、他人の魔力が自然と測れる優れた魔導士達を騙すにはこの方法しかなかった。
葬儀に関しては今現在のクロシュテインの主流が火葬になっていることが幸いした。
この国では以前は土葬が基本だったが、喰花病が流行してからは火葬が主流になったのだ。死体に接触したことによる喰花病の感染もあり得たからだ。それ故に今回もクレアの葬儀でも火葬が選ばれることはなんら違和感がなかった。
偽装死体が残る心配はない。なにせ今回は灰になるまで焼いてもらうつもりなのだ。炎は全てを焼き尽くす神聖なものだ。
燃えてしまえば、魔力すらも浄化され、遺灰に魔力の残滓が少しこびりついている程度になる。肉体を完全に失ったヒトの一部は、一部のこびりついた残滓を残して徐々に魔力を失っていく。作り物の骨や灰に長期間魔力を込めれば、近いものを作れるということは既に実証済みだった。
既に式は家族だけで見送るという形になっている故に、家族以外の人間もクレアの身体と対面することが出来る前日までで『死の偽装』が誰にもバレなければクレアの勝ちである。
レンドーレ公爵家の第三地下倉庫。本来であれば他の倉庫に収まりきらないような対災害時のための食料などを保管しておく場所だが、現在その空間に存在しているのはクレアだけだった。部屋からそのまま運び出された少し硬めのベッドの上に横たえられている。
肌が少しひりつくほどの寒さを持つこの場所。けれど今のクレアにとっては丁度良い場所だった。最低限の照明のみが灯されたこの空間。この静寂と包み込むような闇は思考すらも飲み込む。
他人の目を全て欺くのだ。本来であれば偽装をする緊張やら万が一バレるかもしれないという不安感や恐怖心などで心が休まることはないだろう。それに加えて今は既に薬を飲み、ほんの少しも動くことが出来ない。それらがもたらす負の感情は底知れない。
しかしクレアは自分でも驚くほどに落ち着いていた。
家族以外で自分に対して関心を向ける人間などいないだろうという思い込みもあったのかもしれない。ここに安置されてから数時間が経過した辺り。何も深く考えることはなく、出所不明の謎の安心感から完全に気を緩めていた。
しかしそんな平穏は長くは続かない。前触れはなかった。
壊れたかと思う程の勢いで開かれた扉。体内の時間操作の関係上、動いていないはずの心臓が驚きで跳ねた様な気すらした。
何かと思い、意識を向けてみるとエストが息を切らしてクレアが安置されている場所に部屋に入ってきたのだということが分かった。
「ックレ、ア……?」
クレアの身体の前で繋がれていた手を取られる。自身の体温がないせいか妙に熱く感じてしまう。
「っなんでだよ、なんでお前が――」
彼の表情は当然目視することが出来ない。しかしその弱弱しい声音からエストはもしかしたら泣いているのかもしれないと直感的に思った。
彼は優しい人だ。元々婚約を解消する予定であり且つ一緒に居た時も呆れるくらいにダメダメな婚約者だったと言えど、過ごす内に少しは情が湧いていたのかもしれない。恋情ではないことは分かっている。友情、同情、憐みか心配か……どんな感情でも良かった。彼の感情が動くほどに少しでも何かしらの気持ちを向けてもらえていたのならば――。
(だとしたら……嬉しい、な)
その後も呆然と彼女の名前を呟き続けるエストの声を聞いて、自分は少しくらいはこの人の心に入れていたのかなと漠然と感じる。
クレアは満足していた。なにせ彼女の元々の予想では忙しい彼は、運が良かったとしても葬式の前日辺りまでは会いに来てなどくれないと思っていたから。自分が死んだという事実で余計な重荷が下りたと喜びはしても、本当の意味で悲しんでなどくれないと思っていたから……。
予想外の彼の反応に対して、不謹慎だが嬉しいと思ってしまった。
(これできっと私の中でも思い出として完全に昇華できる……これ以上ない美しい思い出として――)
今の身体では涙を流すことも叶わないが、クレアは涙が出そうな程に嬉しかった。
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