15 / 52
第一章
1-12 呼び方
しおりを挟む空を飛ぶ事が可能なほどの規格外な力を持った大鍋コルは、この館にある衣装部屋へ連れて行ってくれた。
変に揺れることもなく、歩く程度の速度で移動してくれる。
王太子殿下が人払いをしてくれていたので、部屋の前や屋敷の内部は誰もいないのか、とても静かであった。
さすがにこの移動方法を見られたら大騒ぎになってしまう。
家に帰って両親にどう説明をするべきか――そう考えるだけで頭痛がした。
これから、どうしよう……
わずかな不安が胸を占めるが、一人で考えても仕方が無い。
一応、王太子殿下がホーエンベルク卿の遺物が覚醒したことを国王陛下に知らせに行ったようなので、その反応待ちである。
突っ込んで聞かれなければ良いのだが、おそらく難しいのではないかというのがホーエンベルク卿の見解であった。
それほど、コルの力は異質だし強大だ。
使いどころを間違えたら、あっという間に国が滅びそうで恐ろしくもある。
私の力と杖、それにコルがいれば、ある程度のことが可能になってしまうのだ。
一応、マニュアルに『基本の錬金術』という項目は閲覧できたのだが、普段使いに良い物ばかり揃っていた。
例を挙げるなら、ロープや蝋燭や石けんなどの日用品から、野菜スープや簡単の焼き菓子やドリンクに至るまで、本当に多種多様である。
本来作る時に必要な細々した材料や、作る本人に必要な技術は関係無い。
だが……やはり、作ってみないとわからないことも多いだろうから、着替え終わったら何か簡単な物を作成するつもりである。
「さあ、殿下が報告に行っている間に着替えを済ませて戻りましょう」
「お嬢様、私にお任せください」
妙に気合いの入っている二人に気圧されて、何度も頷き返す。
何故こんなに気合いが入っているのだろうか……
そんな事を考えている間にも、力持ちのコルも手伝ってくれたので、私の着替えはあっという間に終わってしまった。
変なところがないかチェックしていたのだが、二人はまるで姿を見てあつらえられたように栄えるデザインだと称賛してくれる。
「ククルーシュ様の髪色に、とても似合う色味とデザインですわ」
社交界でもセンスが良いと言われる王太子妃殿下にそう言われたら気恥ずかしいが、これならホーエンベルク卿に見せても大丈夫ではないかという自信が湧いてくるから不思議だ。
王太子妃殿下に手放しで褒められ、ロレーナも満足げに笑っているのだから、大丈夫!
コルも手を叩いて私の周りをクルクル回っていた。
緊張していても、この子がいてくれると和やかな気持ちになれるから助かる。
もしかしたら、初代国王陛下もこんな気持ちだったのかも知れない。
着替えが終わった私たちは再びコルに乗って元の部屋へ戻る。
来たときよりも速度が出ているのは、コルの喜びがにじみ出ているせいなのか――
他愛ない話をしながら部屋に辿り着き扉を開いて中へ入ると、神妙な面持ちをしていたホーエンベルク卿が此方を見て……固まった。
それは見事な彫像のように固まってしまった彼を、王太子殿下が笑い飛ばす。
ランスも呆れた様子で主を見ていたが、私の姿を上から下まで見て「可愛らしいですねぇ」と笑ってくれる。
「うむ、さすがは神々が手がけた装備……こうして一式を身に纏うことで感じる神気があるな」
「そ、そうでしょうか……」
「他の者たちも、ただならぬ何かを感じるだろう」
「ええ、凄まじいプレッシャーっていうか……いや、悪い感じの物じゃなく、いいプレッシャーっていうんですかねぇ……そばに居てくれたら何でも上手くいきそうな感じがします」
「うむ、ランスは言葉の選び方が的確で良いな」
そういうものだろうかと自分の姿を見ていたのだが、ホーエンベルク卿は全く動かない。
あまりにも動かないので心配になってきたところで、王太子妃殿下――いや、アニュス様が持っていた扇でホーエンベルク卿の額をペシリと叩く。
「いつまで石像になっているつもりなのです? 可愛いククルーシュが困っているではありませんか」
「……呼び捨て……だと」
「あら、羨ましくて? 先ほど呼び捨てにする許可を得ましたの。親友ですもの」
「え? く、ククルーシュ嬢?」
「あ、はい。アニュス様とお友達になりました」
「な……名前呼びっ!?」
ガーンッとショックを受けて再び固まるホーエンベルク卿に、コルが近づいて元気を出せよというようにポンポンと叩く。
それに勇気づけられたのか、彼は私を真っ直ぐ見て深呼吸をしてから口を開く。
「その……息をするのも忘れてしまうほど……魅入ってしまいました。とてもお似合いです。まるで……女神が舞い降りたのかと……」
「ひょぁっ!?」
イケメンがはにかんだ笑みを浮かべるだけでも破壊力が凄まじいのに、この方は何を言い出すのだろうかと驚き過ぎて変な声が出てしまったが、精一杯褒めてくれているのだと気づいた。
たどたどしく、自分の感じたままを言葉にしたという感じが、更に羞恥心をくすぐる。
本心から……そう思っているということ?
私の婚約者は、私を喜ばせる天才だろうか……
「お前、そんな歯の浮くような台詞が言えたんだな……」
「うちの主も、やるときはやるんだなぁ……意外でしたねぇ」
「あら、こういうことに疎いと思っておりましたのに、成長なさいましたわね」
ホーエンベルク卿の褒め言葉にそれぞれが反応を示す中、コルは私を降ろしてから「よくやったー!」というように、彼の周りをクルクル回る。
なんだか可愛い……!
「あの……ところでククルーシュ嬢……アニュス様だけに呼び捨てを認めるのは、順序が違うのではないでしょうか」
「え? 順序……ですか? やはり、王族の方を名前呼びにするのは……」
「そうではありません。えーと……つまりですね……夫となるはずの私は、いつまで『ホーエンベルク卿』なのかと……」
「あっ!」
確かに彼の指摘通りだ。
彼は最初から私を名前で呼んでくれているのに、私は家名で呼んでいた。
一応婚約者……しかも、近いうちに妻になる身であるというのに、あまりにも他人行儀である。
「できれば私も名前呼びにしてください。そして、貴女のことを敬称抜きでお呼びしてもよろしいでしょうか」
「あの、えっと……は、はい。ぜ、是非……あ、でも……ククルーシュではなく、ククルと……親しい人にはそう呼ばれたいです」
彼は私の返答を聞くやいなや、私を抱き上げた。
「わかりました! では、これからもよろしくお願いしますね。ククル」
柔らかく微笑み、喜びを一杯に表現してくれる彼に照れ笑いを返す。
少し照れくさいが、ようやく婚約者らしい感じになったのではないかと嬉しくなってしまった。
そんな私たちの周りをバンザーイしながらふよふよ浮いているコルを見て、みんなが笑う。
この部屋に入る前の緊張が嘘のように、優しくあたたかい空間に居心地の良さを感じ、私を抱き上げる力強い腕に安堵感を覚えた。
40
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる